作品解説

西洋文学の原点とも称される、古代ギリシャの詩人ホメロスによる叙事詩「オデュッセイア」を、「オッペンハイマー」、「インターステラー」のクリストファー・ノーラン監督が映画化した超大作。
トロイア戦争を終えた英雄オデュッセウスが、故郷イタケーへ帰るまでの10年におよぶ壮大な旅を描く。
ノーラン監督にとって20年越しの念願だった企画であり、長編映画として史上初となる全編IMAXフィルムカメラ撮影を実現したことでも大きな話題を集めています。
監督・スタッフ
- 監督・脚本:クリストファー・ノーラン
- 撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
- 音楽:ルドウィグ・ゴランソン
キャスト
- マット・デイモン:オデュッセウス
- アン・ハサウェイ:ペネロペ
- トム・ホランド:テレマコス
- ロバート・パティンソン:アンティノオス
- ゼンデイヤ:アテナ
- ルピタ・ニョンゴ
- シャーリーズ・セロン
非常に豪華な顔ぶれで、豪華すぎて早くすらドラマ主演や映画の主役級になっている大叙事詩的な映画。もちろん予告が昨年でてから楽しみでしたが、やっとこさの公開。
北米での公開が速く、そのさいにはすでに並々ならない興行収入を記録するなど、大注目の作品でした。昨今らしく、ポリコレ観点でか英語についてや配役についてがありましたが、そんなものをIMAXの迫力で黙れらせてくるノー論の新作は。。。
今回もさっそく公開週末にIMAXで観てきました。ちなみに油断していて、土曜日に行こうとしたらIMAXが満員という。
日曜日に予約開始後すぐ座席を押さえましたが、あっという間に満員に。IMAXで観るべき作品ということでやはり集中するみたいで、劇場予約はお早めに。
〜あらすじ〜

トロイア戦争を終えたイタケの王オデュッセウスは、愛する妻ペネロペと息子テレマコスが待つ故郷への帰還を目指し、長い航海へと旅立つ。
しかし、その行く手には神々の怒りによってもたらされた過酷な試練が待ち受けていた。一つ目の巨人キュクロプス、妖しき魔女、荒れ狂う海の怪物――数々の脅威を乗り越えながら、オデュッセウスは生還への道を切り開いていく。
一方、故郷イタケでは王の帰還を信じ続けるペネロペに、求婚者アンティノオスが迫り、父を知らずに育ったテレマコスも王国の危機に巻き込まれていた。
離れ離れになった家族は、それぞれの運命と向き合いながら再会を願う。
神々と人間の思惑が交錯する中、英雄オデュッセウスの10年におよぶ壮大な帰還の物語が幕を開ける。
感想レビュー/考察

全編IMAXだからこそ生まれた神話の迫力
今さら言うことではないですが、やはりIMAXで、できるだけ大きなスクリーンで観るべき映画です。
史上初めて全編通してIMAXカメラで撮影されているという奇抜な映画ですが、その迫力は大画面と、そして実は素晴らしい音響が必要です。
そもそも最近でこそ史劇というものは減ってしまったり、CGでの描き込みが多かったりするために忘れてしまっていますが、「スパルタカス」や「ベン・ハー」などを小さなスクリーンで観るわけがないですよね。
もちろんノーラン監督らしく、実写にこだわったスケールも、是非大スクリーンで観てほしいのです。
巨大なトロイの木馬とそれが打ち上げられたような浜辺のショットから、トロイの神殿と城下。
森の中や大海原、洞窟、広大な浅瀬。
画の力ってどんな映画にも必要ですが、神話というからにはまさに叙事詩の挿絵のような迫力と荘厳さが必要です。
それがまさに目の前に広がることで、おとぎ話には現実味が生まれ、その苦難の旅や冒険に観客がのめり込み同行していくことができる。
映像やその美しさ、凄さって言葉にしがたいものですが、時代考証とかの意味でのリアルではなく、魔法がまだあった頃の、神々と怪物がいた頃の世界を説得力持って作り上げていると言えます。
IMAXによる撮影で、画面は上下に大きく抜けています。
巨大なサイクロプスや巨人たち、断崖の怪物スキュラやそびえたつトロイの木馬など、今回かなり上下を意識することがあり、そこに圧倒的なスケール感を与えています。
ホイテ・ヴァン・ホイテマの撮影。名匠なので言うことはないですが、やはりすごいですね。

画面構図が語る、ペネロペとオデュッセウスの信頼
風景の荘厳さだけはなく、人間関係や呼応する作りもすごく良かったと思います。
王妃ペネロペに求婚者たちが押しかけているイタケ。中盤くらいか機織り機を手前に置いたアンティオノスとペネロペとの会話シーン。
例えばこのシーンでは、アンティオノスの顔がよく見えない。
話を聞くペネロペの顔は透けて見えるが、ロバート・パティンソンは見えなくて、それがこのアンティオノスの甘言に裏があることを示唆します。
そのとおり、彼はミア・ゴス演じる従者と繋がっていて、イタケを我が物としようとする策略家なのです。
さらにこの画面構図が呼応するのは、後半。物乞いに扮したオデュッセウスとペネロペの簾越しの会話では顔をクリアにとらえるわけですね。
そもそも2人の顔を遮るようなことはせずに、カットバックでしっかりとお互いの顔を見せている。こういった画面構成での人間関係の描き方なんかも良かったなと思います。

神々と怪物が本当に存在した世界
めぐるめく冒険の中で、自分はやはり神話の世界って好きだなと思います。
北欧神話も好きですが、子どものころからギリシャ神話が好きです。なのでサイクロプスやスキュラ、キルケやハデスの領土などが目の前に作り出されているのが嬉しいところ。
サイクロプスについては今回はゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」っぽいビジュアルが最高です。全身裸のヌルッとした同体で、単眼ながら鼻回りも奇形。オデュッセウスの部下を掴んで頭から喰らう。
音楽が派手ではないし、洞窟の暗がりに火の明りだけで浮かび上がるのが絵画的でかつ非常に不気味で良い。叫び声とかも地の底から響くようで、IMAXの音響で体に響き渡るのが最高。
キルケの館での魔法で人間が動物に変えられていくシーンも不気味で良かった。あれプラクティカルなパペット作ってやっているらしくて、さすがこだわってるなと思います。

戦争は女の顔をしていない
キルケのシーンや王妃ペネロペ、そしてアガメムノンの妻など、今作は長きにわたる戦争の話の中で、その渦中にいる女性多胎の物語も語られていきます。
ペネロペは王座への足掛かりであり、ゼウスの掟によって王の不在の城を好き放題にされている始末。待つだけで、自分自身は王妃であっても実際の権力がない。
アガメムノンの妻は、そのトロイア戦争の祈願のため、なんと自分の子どもを神のいけにえにされてしまいました。やはり戦いと男が中心で、犠牲を強いられているのです。
そして直接の被害者として出てくるのがサマンサ・モートン演じるキルケです。魔法を使える彼女は、食料や戦利品を求めてやってくる男たちを、部屋で食事させては魔法で動物に変えている。
魔法使いですが悪ではない。オデュッセウスたちがトロイから帰る際、さっそく見つけた陸地でしたこと。それは村を襲い火を放ち、食料など奪えるものをすべて奪うという略奪なのです。
酷い行為でもそれを当たり前として行う。それが戦争であり男たちなのですから、身を守るキルケの行為は当然です。
そして切ないのは、彼女が自分の姉妹をカラスにして飼っていること。これは加虐ではなく保護です。カラスであれば、凌辱されたり誘拐されたり、奴隷にされることはないから。
オデュッセウスに亡霊のごとくついて回るのは、ゼンデイヤ演じるアテナ。彼女もまた闘いの神ではありますが、オデュッセウスの罪を思い出させる存在であった。
彼はトロイの木馬作戦で国が燃やし尽くされ、皆殺しの様を見た。戦争のその剥きだしの暴力を。その際に首を落とした神官の女性が、ゼンデイヤだったのですね。なので彼の罪が付きまとうことになる。

トロイの木馬が壊した、人間の信頼
男たちの傲慢ですべての戦争が進む。
策略と軍と炎と血。オデュッセウスは傲慢だった。彼はサイクロプスの洞窟から逃げ出した際、巨人が吐き出した部下の兜をみて激昂し、余計な一投を行った。そのせいで一行は浜辺まで巨人に追いかけられることになる。
彼自身のエゴ、こだわり。しかしそれだけではない。彼が止めても男たちはヘリオスの牛を殺し食べてしまう。
アンティオノスの策略は、もはや闘うことすらしないものですし、そもそものアガメムノンの怒りも、そのために10年の戦争と、さらに10年の苦難の旅を生んでいます。旅の途中には略奪や虐殺があるのです。
最大のオデュッセウスの罪は、トロイの木馬作戦。
この作品には非常に重要な要素として”ゼウスの掟”が登場します。
それは客人は分け隔てなくもてなせというもの。それが悪用されて、イタケの国は求婚者たちに食い荒らされていますが、みなは祖の掟こそ人間の関係の最後の砦とみています。
これを破っては、もはや人間たちは何も信頼できず、他者と共存やコミュニケーションもできない。だから必死に守る。
しかしトロイの木馬を作った時点で、人間はそんなものを捨て去ってしまった。
平和の証といい、同じ神を称えた贈りもの。停戦の約束。
ーーーしかしその腹に刃を忍ばせた。
こんなことができるなら、もはやそこに約束も仁義も、礼節もない。人と人とが根本的にわかりあうことを破壊したのです。
ある行為で英雄視されつつ、人類を不可逆的に変えてしまうという男。そのまま前作の「オッペンハイマー」と同じテーマですね。

英雄譚を超えた、ノーランらしい帰還の物語
その罪に苛まれた末に、オデュッセウスは帰還しますが、その際に彼は自らを大将軍とはしない。物乞いです。
クライマックスの無双劇は楽しいものですし、まあほんとに憎たらしい間抜けクソ野郎を演じさせると輝きが100倍のロバート・パティンソンへのトドメも良い。終幕は暴れん坊将軍よろしい時代劇感があって最高。
ただ根底には、世界を変えうる英雄が、変えてしまったことで人類史に残る罪となり、罰を受けていく物語があります。
どこを眺めても有名な俳優ばかりの豪華さに負けず、私はトロイの木馬から、人間の信頼の崩壊をくみ取った話や神話の世界を現代にアップデートした力に感服です。
圧巻なのは間違いなく、劇場で観るべき物語ですが、ホメロスが記した英雄譚から新たな視点でノーラン監督らしい一人の男の物語が描かれたことが、なにより素晴らしいでしょう。
まだまだしばらく劇場でやっているでしょうけれど、とにかく大きなスクリーン、IMAXで観てほしい力作。非常にまんぞくでおすすめの作品でした。
今回の感想は以上。ではまた。


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