作品解説

2006年にフジテレビ系「ノイタミナ」枠で放送されたテレビアニメ「怪 ayakashi」内の人気エピソード「モノノ怪」から続く劇場版三部作の完結編。
シリーズの主人公である薬売りが、大奥に隠された最大の秘密と対峙しながら、シリーズ史上最恐ともいえるモノノ怪「蛇神」との壮絶な戦いに挑むことに。
第一章の「唐傘」、その続編で第二章「火鼠」で描かれてきた大奥の因習や権力構造、女性たちの悲劇が集約される物語となっており、劇場版三部作の集大成に位置付けられる作品です。
スタッフ
- 総監督:中村健治
- 監督:越田知明
- 脚本:新八角
- 企画プロデュース:山本幸治
- キャラクターデザイン:永田狐子
- アニメーションキャラクターデザイン・総作画監督:高橋裕一
- 音楽:岩崎琢
- 主題歌:アイナ・ジ・エンド
キャスト
- 薬売り / 声:神谷浩史
- 幸子 / 声:種﨑敦美
- 天子 / 声:入野自由
- 溝呂木北斗 / 声:津田健次郎
- 水光院 / 声:榊原良子
- アサ / 声:黒沢ともよ
- 時田フキ / 声:日笠陽子
- 大友ボタン / 声:戸松遥
モノノ怪シリーズもなんだかんだで劇場版を追い続け、毎年新作が公開となってついにシリーズ完結を迎えます。
とにかく一作目の時点から、大奥という舞台にはまだまだいろいろな裏がありそうで、思わせぶりな地下祭壇の三つの綱とか、伏線が張り巡らされていました。
だからこそこのフィナーレも楽しみにしていたものです。ただ上映時間は88分と結構短い形で、それは意外でした。さいしゅうまくだから長々やるのかと。
最終幕ということで期待もあり公開してすぐに週末観に行ってきました。映像が良い作品ですがIMAXとかやってるのかな。通常上映だけでしたが他の映画館であったら見てみたいものです。
お昼過ぎ時間に観に行きましたが人の色はそこそこ。若い女性ファンの方が多い感じでした。
~あらすじ~

薬売りとモノノ怪・唐傘との死闘、そして火鼠との決戦を経て、大奥にはようやく平穏が訪れたかのように見えていた。しかし薬売りは、なおも消えない不穏な気配を感じ取り、静かに警戒を続けていた。
そんな中、天子の正室である御台所・幸子が待望の男子を出産する。世継ぎを授かることで、これまで形骸化していた天子との夫婦関係を変えられると願っていた幸子。
一方、大奥で信仰される「御水様」の司祭・溝呂木北斗は、迫り来る異変を意味深な眼差しで見つめていた。
そして時を同じくして、大奥では巨大な何かが地を這うような不気味な地震が相次ぎ発生。さらに女中たちが無残な姿で殺害される怪事件が続発する。
混乱が広がる中、事件の真相を追う薬売りの前に現れたのは、大蛇の姿を宿した恐るべきモノノ怪・蛇神だった。
大奥に隠された秘密と人々の執念が交錯するなか、薬売りはシリーズ最大級の怪異との対決に挑むことになる。
感想レビュー/考察

三部作の果てにたどり着く、大奥という物語の終着点
2024年の第一章の公開から実に3年間かけてついに完結したアニメシリーズ。
今回は新しく蛇神というモノノ怪との対決になります。
しかし同時に、大奥を舞台にした大きな物語の完結編でもあり、クライマックスを迎えることに。
この前提として、前2作品の鑑賞は必須となります。すべてのキャラクター、物語が集約していくためです。
配信で鑑賞できることにあったり、予習はしやすいかなと思いますが。
第一章「唐傘」では、男性社会による女性たちの搾取が描かれ、そこで自分らしさや大切なものを捨てることになった女性たちの無念、情念がモノノ怪、唐傘となりました。
新人の女中カメとアサは、それぞれ大奥になじめない女性と組織構造を理解し順応する姿が描かれつつも、二人とも捨てられない大事な友情や互いへの思いやりを保ちます。
薬売りはそんな二人を見つつ、退魔の剣でモノノ怪を斬りました。
第二章「火鼠」では、昔大奥で天子様の子を授かりながらも、政略のために自らの子を堕胎した女中の怨念が形を成しました。
そのように追いやった権力者たちと、何よりもそれらに負けて我が子を殺めた自分自身への強い憎しみと自責の念が、自らをも焼き尽くす火鼠となったのです。
同じように天子様の子どもを授かりつつも、政略として子どもを堕すように言われるフキがいましたが、大奥の秩序を守ろうとするボタン、そして何より自らの子を守ることを決意したフキが、過ちの連鎖を断ち切ります。
ここでも薬売りはフキやボタンを通し、モノノ怪の過去を理解し、退魔の剣でそれを斬ったのです。
そんなわけでまあ歴史的にも、そして現在でも大奥にはいろいろとうごめく陰謀や執念がある。
ただ薬売りや大奥の女中たちの闘いによりそれらも解消されてきて、1年くらいは作中でも何事もなく時が過ぎてはいたようです。
しかし、天子様の正室である幸子が子を授かり、そろそろ生まれるというときに、その怪異は牙を剝くのです。
劇場版だからこそ味わえる圧巻の映像表現

これまでの経緯から、前作と同様にそれぞれの既知の人物については説明がされません。話優先でけっこう速いテンポで進みます。
そしてアニメーション表現の豊かさも健在です。
衝撃は1作目から薄らいで行くものではありますが、それでも非常にリッチな体験で、映画館の巨大なスクリーンで隅々まで見渡すのが良いですね。
今作では大奥全体を包み、巻き付く蛇神が描かれ、壁の模様が動き回るというスケール感の大きな描写もありました。
またそれを追いかけるため、薬売りの放ったてんとう虫が大奥を飛び回ったり、奥深く上下感覚を狂わせるような空間の捉え方も見えます。
個人的には血の表現が良いと思います。
血しぶきが菊の花びらとして描写されるのは、美しくはかなく、そしてアニメーションらしい表現です。
薬売りが流す血は普通の表現だったり、あの菊の花は序盤のお産シーンと、終盤の過去の映像で特別に描かれていた気がします。
前者は死産、後者は自殺という悲しく残酷なシーンですが、高貴さや尊さを意味する菊の花が儚く散るさまで、その人物たちの尊厳を守っているようにも感じます。
蛇神とは何だったのか――大奥そのものに潜む怨念

今作の物語は、大奥の秘密とその始まりにまで遡っていきます。まさに大奥自体が最後に説き明かされる物語そのもの。
今作では蛇神によってやはり死者は出ていきますが、個人的には策謀を張り巡らせる人物が死に、哀れさ、かわいそうな立場の人たちが最終的には生き残ってくれて嬉しい。
その辺で居心地の悪さはないです。
明確な悪人が少ない、ほぼいないというのは、今作での特徴かもしれません。それは帰結にも関わっています。
この作品の蛇神の正体は、かつて大奥でお世継ぎを死産で失いながらも、取り換え子を置くことで、嘘のうえに歴史を重ねることになった、三代目の御台所。
自分の子ではない子を我が子として育てる部分は、今作で苦しむ幸子と同じ。
そして、正室として、純粋に夫を愛し愛されたかった悲しみを背負っています。
その無念が妖と交わりモノノ怪になる。過去の呼応が、またしても現在に災いとなって振りかかるのです。
幸子と天子――ようやく描かれた「人」としての苦しみ

これまでの作品に比べてさらに上層の人々の物語となり、そして大奥始まりの源泉にまで迫る。
今回は正室の幸子に加えて、天子様もその母親も濃厚に関わり、まさに大奥編のクライマックスというべき奥深くでドラマが展開します。
それにより、これまでの章では正体不明もしくは機能的な役割に見えた彼らに、人としての一面が見え始める。
それがとても大事ですし、今作が傑作に到達する理由かも。
蛇神との戦いにおいて、それから大奥の地下祭壇を守る存在。1章から謎の信仰として描かれてきた御水様。
その正体もついに明らかになっていきます。
大奥存続のために、大義名分を守るための嘘。天子の血族ではない捨て子を跡取りと称して迎えさせた。
すべてが嘘の上に成り立ってきた。これまでのアサとカメの苦悩や、フキの苦難、ボタンの責務。
そして幸子の悲しさも悔しさも。何のためだったのか?
ひとえに天子の子を授かり、日本を支える1つの柱を守ろうとしてきたのに。
天子は役目を果たすしかなかったといいます。
それに対して幸子は「それでも、人と人なのですよ。私はただ愛され、愛する人と共にいたかった。」と言います。
百目の正体は、人間そのものだった

蛇神を退けてなお現れたのは百目というモノノ怪。これまでの作品のなかで目玉が多く出てきました。
今作のメインビジュアルやシークエンスの区切りで出てくる蛇の襖絵のような美術においても、蛇の身体には複数の目がついています。
これは全ての人間の情念。
こうありたかった。こうしたかった。嫌だった。
様々な人々の無念、情念が集まったもの。すべてのキャラクターたちにそれぞれの悔しさが、情念があるのです。
人は情念を持つからこそ、美しい
嘘の上に成り立ち、ここまで多くの人々を苦しめてきた大奥。
人が人である限り、そこには情念があります。
すべてがうまくは行かない。人の生とは苦しさや悲しみをはらむもの。百目は現れ続け、モノノ怪も消えない。
なら何もかもなかったほうがいいのではないか。
それに対して、今作は人が情念を持つからこそ、美しく、想いを持つからこの先も生きていけると全肯定してみせる。人間讃歌を送る姿勢に涙が出ました。
薬売りは怪異退治ではなく、心を解きほぐす存在

個人とシステムは両立しない。ただどちらが欠けてもいけない。
仕組みを優先すれば人は壊れてしまうし、人を優先しようとしても全員が幸せになる解はない。
ならどうするか?
人のすべての情念を認めること。吐き出すこと。
唯一この大奥というシステムの部外者である薬売りの立場は、さながらコンサルタントかセラピストのようです。
「形と真と理。お聞かせ願いたく候。」
彼は個人の押し殺された想いを聞くことを役割とします。この解放、分解と吐き出しが重要なのではないでしょうか。
それさえできれば、人は想いをもって前を向いて生きていける。嘘だと分かっていても、自分にはその肩書にふさわしい真実がないとしても。
大奥というものは日本を統一するための、人々の乱世からの脱却と拠り所です。だから真実が異なっていても守っていく。
「モノノ怪が出ても出なくても、お仕事は無くならないんです」
序盤に女中の一人がそんな風に言いますすね。結局それが心理。
生きていかなければ。
女性たちの物語から、人間すべての物語へ

唐傘、火鼠、そして蛇神。これらが大奥の「形」、「真」、「理」だったのかもしれません。それぞれの綱がちぎれて、顕現した百目は人そのもの。
情念を否定しない。だからこそ百目は小さな姿になって最後まで人々の傍らにいます。
人間をすべて肯定し、人の業や想いを吐き出し浄化させて。シリーズの最終章であり、大奥という物語の終末として、本当に素晴らしいフィナーレでした。
第一章の頃は、特にフェミニズムに寄った形で、女性たちの物語だったのです。
しかしここに来て”天使として子孫を残す役目”以外に活きる価値を持てなかった天子の苦しさまで吐き出して、人間すべての物語になっているのが素晴らしすぎる。
最終決戦ではアニメ版シリーズの薬売りが登場し、声も櫻井さんがやっているなど熱い展開もありました。
これまでも見事な美術とアニメーション表現に見せられてきたのですが、物語のうねりも加わって、シリーズベストであり今年の作品の中でもベストに入る傑作でした。
今回の感想はここまで。ではまた。





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