「ディストピア パンドラの少女」(2016)
- 監督:コーム・マッカーシー
- 脚本:マイク・ケアリー
- 原作:マイク・ケアリー 「パンドラの少女」
- 製作:ウィル・クラーク、カミーユ・ガティン、アンガス・ラモント
- 音楽:クリストバル・タピア・デ・ヴィア
- 撮影:サイモン・デニス
- 編集:マシュー・カニングス
- 出演:セニア・ナヌマ、ジェマ・アータートン、パディ・コンシダイン、グレン・クローズ 他
マイク・ケアリーの小説を自身が脚本を手がけ、コーム・マッカーシーが監督した、ゾンビ映画。監督はTVシリーズを多く手掛けている人のようですね。
今作はイギリスのアカデミー賞であるBAFTAにて脚本賞にノミネートしています。
本作の主演のセニア・ナヌマはまだまだ新人で、長編は2作目になるのかな?そしてジェマ・アータートンに、アカデミーノミネート6度と言う名女優のグレン・クローズも出演しています。
公開は7月頭だったので、ファーストデイで観たのですけども、安い日でもそこまで人はいなかったですね。まあ監督とか主演とかが日本で知名度あるわけでもないですし、そもそもこれがシネコンでやってたのが驚きでした。
少女の名前はメラニー。軍人ばかりの政府施設の中で、狭い監房で目覚め、拘束具を付けた車いすで運ばれ、授業を受ける。何かしらの研究が行われる施設で、メラニーは自分を怪物呼ばわりしないヘレン先生を慕っていた。
メラニーたちは一見普通の子供であるが、人間の唾や汗などの体液の匂いに反応し、本能のままに人を喰らう存在。世界中で広がった病によって人は狂ったが、メラニーのように知性をある程度保つ存在がいるのだ。
研究が続く中で、ある日、施設に感染者がなだれ込んだ。メラニーと言う貴重な材料を連れ、軍人、研究者そしてヘレンは機知から逃亡する。
ゾンビ映画と言うものは、もはや飽和状態にありますが、今作はこのジャンルにまた一つおもしろい深みと考察を与えてくれたと思います。観終わってみて、まずそこにすごく感動しましたね。
始まってすぐの引き込み方が何しろ面白く、楽しかったです。
説明も何もないままに、まずはストレートにメラニーの一日をみせますね。その厳重さや授業、軍や研究など不明点が一気にあり、観客は既に完成された、何かの中へ放り込まれます。
映画の始まりと同時に何かが起きるのではなく、既に起きた後にただ投げ込まれる。その完成された世界を堪能できます。
もちろん、追って世界に起きたことを知っていける作りになっていますが、知っていく過程でさらにこの作品は進んでいくので、飽きないのですよ。
世界理解と物語進行がうまく同時に進むことで、間を持たせずにのめりこめました。
演者の方をみてみますと、セニア・ナヌマは完璧な存在感であり、作品世界における新しい存在としての複雑な立ち位置を良く演じています。少女であり、怪物であり、革命を起こすものであり、彼女は新世界における神。
それぞれのキャラクターも造形が良く、少ない人物の中でもドラマ性として見どころがありますね。
ただ今作はそういったところを超えて、ゾンビ映画の原点的なものに敬意を払い、新しい議論を持ち込んでいます。
ゾンビ、もともとは死者がよみがえり、世界が覆ることでした。
世界の終焉であり、死者の王国の始まり。底に置かれた題材にしっかり立ち返りつつ、今作はそれを神話にして見せていますね。ここはまさにパンドラと言うべきでしょう。
ギリシア神話の話が出てきており、またメラニーが作ったものあたりも非常に重要な意味を持っています。予言者と言う属性すら与えられますからね。
もちろんゾンビ映画としての恐ろしさはあり、ロングショットで流れるように映される基地の襲撃と混沌や、静止した中での緊張感ある移動などゾンビ映画の楽しいところもあります。
だたし、神話へ変化していく本作は、3幕目で大きく他のゾンビ映画と異なっていきました。
感染した妊婦と胎児と言うのも、私にとってはフレッシュですし、そこで死の細菌と共生するというのもおもしろい。
別に抗体を持っていて生き延びたわけではなく、まさにミュータントと言っていい、新たな種族なわけです。
彼女はパンドラと同じく、この世界に破滅をもたらします。少なくとも人間の世界には。
しかしメラニーがいなければ、動く屍と知性の無い野人のみの世界になっていたところ、彼女と言う存在が次の世界における輝く希望となるのです。
確実に受け継がれた、先生との絆と、他者への愛。これを世界から失わせなかったというのが、メラニーの最大の功績です。
逆転した中と外。しかし旧時代の知性を受け継ぎ、新時代が発展していくラスト。
ゾンビのスリルも楽しさもありつつも、ここで見えてくるのは世界の週末と新世界と言う神話でした。そもそも終末とは何か。
ウイルスと死の蔓延とは、大きなオーガニズムの呼吸のようなものであり、単なる入れ替えなのかもしれません。
終わりから見える始まりを見事に描き、ゾンビものの伝統を大切に新しく深みを持ち込んだ、非常におもしろい一本だと思います。
こんな感じで感想は終わりです。ゾンビものは根幹が共有されている分、工夫とアイディアで輝き、可能性の無限大なものであることを再確認したのでした。
それでは、また~
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