「その手に触れるまで」(2019)
- 監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
- 脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ、ドゥニ・フロイド
- 製作:デルフィーヌ・トムソン
- 撮影:ブノワ・デルヴォー
- 編集:マリー=エレーヌ・ドゾ、トリスタン・ムニエ
- 出演:イディル・ベン・アディ、ミリエム・アケディウ、オリヴィエ・ボノー、ヴィクトリア・ブルック、クレール・ボドソン 他
「午後8時の訪問者」などのダルデンヌ兄弟が、過激な思想を吹き込まれ教師を襲った少年を描くドラマ映画です。
主演は新人俳優のイディル・ベン・アディ。彼は今作の演技によりベルギー・アカデミー賞を獲得。
またダルデンヌ兄弟作品には常連のミリエム・アケディウが教師役を務めています。
作品はカンヌ国際映画祭でパルムドールを争い、監督姉弟に監督賞が贈られました。
やはりダルデンヌ兄弟の新作ということで週末夜の回で観に行ってきました。
コロナの影響下ですが、コロナ以前の金曜の感じと変わらないくらいの入りでしたね。まあ公開2週目でしたが。
アメッドはごく普通の少年だったが、モスクにいる導師の教えを受けて以来、コーランの教えに入れ込み、母や先生に対する態度も変わってしまった。
あるとき先生はアラビア語をコーラン以外から学ぶため歌の授業を提案するが、これをアメッドが導師に伝えると”その先生は背教者だ”というのだった。
アメッドは教えの通り、背教者は見つけ次第排除しなければと考え、ナイフを忍ばせ先生を襲う。
襲撃は失敗し、アメッドは少年院に入ることとなり、そこで牧場の手伝いを始めることになった。
ダルデンヌ兄弟の作品として、以前の「午後8時の訪問者」は個人的にはあまり好きではなく、ちょっとがっかりした作品でした。
今作はスタイルに関してはやはり監督たちらしい実録的な、音楽を排しカットを割らず、対象となる人物について回るものです。
ごく普通の家庭や近所、街中をとらえる意味でも公開的ですし、施設内の環境を観る点でもよかったと思います。
今作はアメッドとその他、という二つに分けられた世界があり、片方がどうにかアメッドをそちらへと戻そうとするわけです。
そこに接触がないことや、話しているときに間を人が通る、カメラがパンして同時に二者を画面に収めないなど、アメッドとの心の距離を撮影でしっかり語っていました。
そのスタイルも良いですが、主演のイディル・ベン・アディの力もあると思います。
彼の大人しそうで無垢そうな容姿や、あまりしゃべらないもの静かさの中でしかしアメッドの思考がこちらから垣間見える瞬間など、かなり繊細に表現しています。
アメッドはこれまでのダルデンヌ兄弟監督の主人公とは違う気がします。
善意や努力を応援する対象というより、私としてはすごく信じられない主人公でした。
少し心を寄り添わせよう、彼に触れられるかもと思うたびに、すり抜けていき裏切られる。どこまでも彼は間違った方へと傾き、少しの光も遠ざけてしまうのです。
繰り返されるうちに、救われるべき少年ではないのでは?とすら思ってしまいます。
作品の構成もそれを強めている気がします。
アメッドが決心する瞬間というのがほとんどないからです。
映画が始まった時から彼はすでにムスリムであり導師により過激な信仰にハマっています。
また決める間もなく(スクリーンで映されない)、襲撃の準備を進めていますし、再襲撃に関しても淡々と歯ブラシを手に入れていく。
凄く距離のある主人公。
最後の最後まで、先生と触れたときにこれで変わると思えない、信じることができませんでした。
アメッドの右手が飛んでくるのではないかと疑ってしまったのです。
しかし同時に自分を恥じた気もします。
「少年と自転車」で、環境により追い込まれた子供と、正しく導こうとする大人の影響を描いたダルデンヌ兄弟からすると、今作はすさまじく悪い影響を与える大人のせいで、もはや立ち直ることを信じることすら難しい子どもになった話に思えます。
ともすると、これは大人たちの物語なのかもしれません。
導師、導師に近づけさせたもの、守らなかった大人たち。
子どもはその今の社会の、大人たちの善悪の鏡だと思います。だとすれば。
父の不在と母の飲酒は画面内で大きくは取り上げられないものの、アメッドにとっては大きな問題でしょう。
そして、従兄の死というのも衝撃です。
アメッドには何か自分を安心して預けることのできる拠り所がなかったのかもしれません。そこに(善悪は別として)揺れ動かない導師による教えがあったのです。
であるならば、私たち大人側が何か変えていかなくてはいけないのでしょう。
終わらせ方に関しては、どこかぶつ切りに感じますし、スタイルが安定しているぶんフレッシュさはなかったかもしれませんが、前作よりは好きな作品でした。
今回の感想はこのくらいになります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それではまた次の記事で。
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