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「ティエリー・トグルドーの憂鬱」”La loi du marche” aka “The Measure of a Man”(2015)

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映画レビュー
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「ティエリー・トグルドーの憂鬱」(2015)

  • 監督:ステファヌ・ブリゼ
  • 脚本:ステファヌ・ブリゼ、オリビエ・ゴルス
  • 製作:クリストフ・ロシニョン、フィリップ・ボエファール
  • 製作総指揮:イヴ・マシュエル
  • 撮影:エリック・デュモン
  • 編集:アンヌ・クロッツ
  • プロダクションデザイン:ヴァレリー・サダジアン
  • 衣装:アン・ダンスフォード、ディアーヌ・デュソー
  • 美術:バレリー・サラジャン
  • 出演:ヴァンサン・ランドン 他

フランス人のステファヌ・ブリゼ監督が、「母の身終い」(2012)でも組んだヴァンサン・ランドンと再びタッグを組んだ今作。

2015年のカンヌ映画祭に出品され、そこで主演男優賞、そしてエキュメニカル賞を受賞。パルムドールも競いました。

ちなみにステファン・ブリゼ監督作は初見。恥ずかしながら初めてだったのです。

そういえば、今作はタイトルを日本語訳すると「市場の原理(法則)」みたいになるようですが、英題は「ある男の原理」的な感じになってますね。これは・・・?

劇場にはそこそこの人が。以外にも若い方を見かけましたよ。

長年勤めてきた会社からクビになり、長い間職業安定所に通っているティエリー・トグルドー。

家のローン支払いやこれから必要になる息子の教育費など、彼の苦悩は尽きない。なんとか前に進もうと、職業案内所に通い研修をし、面接を受ける。

そんな中でやっと手に入ったのは、スーパーの監視員の仕事であった。しかし監視員の仕事は、万引き犯だけでなく、同僚である従業員の監視をすることでもあった。

素晴らしかった。純粋にそう思いました。

何か物語性がすごいある作品でもなく、高ぶるものが(少なくとも画面上には)あるわけでもない今作ですが、語らずに感情を揺さぶり、言葉をしまいこんで訴える力強さにあふれていました。

まずもって主演のヴァンサン・ランドンの完璧な演技。

ティエリーという男にづっと付いて回る映画にして、この口数も少なく表情も変えない男の苦悩や憤りそして疲弊までがこれ以上なく伝わってくる。

控えめで抑えに徹した態度ながら、本当に彼に寄り添い彼の感情を観客も感じ取ることができると感じます。素晴らしい。

職安でのやりとり、セミナーでの面接態度の酷評、ダンスにトレイラーハウスの売買交渉。表立つところがない、それ以上に一言もしゃべらない中で、ティエリーと同じく追いやられるような感覚をもたらしてきました。

それをさらに強めているのは、撮影ではないかと思います。

ドキュメンタリーのような人物目線での撮影。多用される長回し。

その長い撮影の中でもカメラは人物関係を映し出すために動き、被写界深度やピントをかえていきますね。撮影監督エリック・デュモン、存分に技巧を凝らしていると思いました。

立場上反対している、折り合いのつかない相手と話す際には、ティエリーか相手かどちらかのみを画面に映し、同画面内には決して入れず。

ティエリーの心の孤独を映し出すように、集団の中にいても彼以外にはピントが合わず。スカイプ面接なんて相手の姿が見えないまま、ワンカットで終わってしまう。

一応奥さんや息子との場面では、同じピントないに収まるんですが、それでもこの映画が追いかけているのはやはりティエリーなんですね。

全体に今作、アプローチとか主題的な部分に、ダルデンヌ兄弟の「サンドラの週末」(2014)を思い起こしましたね。

彼は端っこにひっそりと生きる静かな男で、英雄だの成功だのからは遠く、そして近づこうともしないのです。

荒涼としているとは言え窓の向こうにある外には背を向けて、せっせと家事をしている姿。多くの人間がこういう面を持っているはず。

始めの職探しにティエリーが直面しているのはシステム化し人間性の削がれた世界。

職安でもわかるように、プロセスとして、システムとしてのみ人間は動いていて、個人のために指導しサポートするはずが、ここに個人を考えたアクションを一切感じない。

ちなみにあの面接評価のシーンは笑うほどかわいそうです。指導する立場にいたことのある私としては、酷評で伸びる人間はいないのに・・・!と憤り、ティエリー泣かないでwと思いながら観てました。

そして監視員になったとき、ティエリーは人を裁断していくことに加担する羽目に。人に寄り添うわけもない、俯瞰する監視カメラによる冷たい目線ばかりが目立ち始めます。

厳しい世界は人間を互いに要素化して、監視させていく。

規則であるから、そういうシステムであるから、人間性を排除して進んでいくプロセスに打ちのめされていく人々。

店長や他の同僚と同じ側には所属しているティエリーは、この職場においても彼一人の世界をカメラに捉えています。

最後まで無口でひっそりとした年老いた男。その彼が行動のみで少しの反抗をみせる。

そしてずっと観客と一緒だった彼を、カメラは追うことを止めますね。

これを希望とみるか、完全なる諦めとみるか、私は彼が心底疲れ果ててしまった、そうさせるような世界があるととりました。

非常に実録的に、寡黙な男を追いかけていく今作。

観客はヴァンサンの演技によりティエリーの”生”を踏みしめていき、隅っこで黙りつつひっそりと生きる彼に、何かしら自分の欠片を見出していくと思います。

小さな存在を通してこの世界で生きることと成り立ちを見せる傑作でした。

おススメ!ですが、楽しもうと(少なくとも物語を)するには向かないので。でも是非見てほしい作品でした。それでは、また~

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