「異端者の家」(2024)
作品解説
- 監督:スコット・ベック、ブライアン・ウッズ
- 製作:ステイシー・シェア、スコット・ベック、ブライアン・ウッズ、ジュリア・グラウシ、ジャネット・ボルトゥルノ
- 脚本:スコット・ベック、ブライアン・ウッズ
- 撮影:チョン・ジョンフン
- 美術:フィリップ・メッシーナ
- 衣装:ベッツィ・ハイマン
- 編集:ジャスティン・リー
- 音楽:クリス・ベーコン
- 出演:ヒュー・グラント、ソフィー・サッチャー、クロエ・イースト 他
ヒュー・グラントが、これまでのイメージを覆す冷酷な悪役を怪演した作品で、天才的な頭脳を持つ男が築き上げた迷宮のような館に、布教のため足を踏み入れた二人の若いシスターの恐怖の運命を描く脱出サイコスリラー。
シスター役には、それぞれ「ブギーマン」で注目を集めたソフィー・サッチャーと、スティーブン・スピルバーグ監督作「フェイブルマンズ」で存在感を放ったクロエ・イースト。
監督と脚本を手がけるのは、「クワイエット・プレイス」の脚本コンビ、スコット・ベック&ブライアン・ウッズ。今作でヒュー・グラントはゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされるなど、ホラージャンルという新しいジャンルでも高い評価を得ています。
前評判として、今作で描かれてるモルモン教徒の姿が、実際の界隈から正確で好評であることもおもしろい。そのうえで、やはりあのヒュー・グラントがヴィランをしっかり演じるというのは注目していました。公開週末には逃してしまいましたが、GWの連休中に鑑賞してきました。
映画館は混んでいたのですが、今作は入りとしてはそこそこ。GWにわざわざ見るものではないのかな。
~あらすじ~
若いシスターのパクストンとバーンズは、布教活動にあたっている。天気も悪くなってきた際、彼女たちは深い森に佇む一軒家を訪れた。
呼び鈴に応じたのは、穏やかな物腰の男性リード。彼は、妻が在宅していると告げ、二人を快く迎え入れる。
熱心に布教を始めるシスターたちに対し、リードは「どんな宗教も絶対的な真実ではないと思う」と自身の考えを語り出す。
その言葉に危険な兆候を感じ取った二人は、そっと家から退出を試みるが、玄関の鍵は固く閉ざされ、携帯電話も圏外だった。
教会から呼び出しがあったと嘘をつくシスターたちに、リードは帰るには家の奥にある二つの扉のどちらかを選ぶしかないと告げる。
しかし、その家の中には、想像を絶する恐ろしい罠がいくつも仕掛けられていた。
感想レビュー/考察
ヒュー・グラントの新境地であり、俳優としてのさらなる高み
今作の目玉といえば、悪役を演じることになったヒュー・グラント。
もともとはロマコメ系でなんとも美しい青年役であったり、ハンサムなおじさまを演じたりと、そのイギリス訛りのセクシーさや180cmのスタイルなどで多くの人を魅了してきた俳優です。
ぐっと抑えた役柄も出来つつ、コメディ感のあるところもあり。「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」では軽薄さを感じさせつつ、ここぞという場面で優しく思慮深く愛情に満ちた一面を炸裂されるなどの器用さも素晴らしい俳優です。
実はこれまでにも悪役自体はやっていますが、そのチャーミングさを活かしていて、「パディントン2」でのフェニックス・ブキャナン役では憎めない二枚目俳優として、彼だからこそ適している悪党を演じていてこれもまたとても好印象でした。
そんなヒュー・グラントが、そのルックとしてはやはりチャームを出しながらも、今作ではかなりサイコでそして背景に出てくる動機や目的からは、吐き気も感じるほどの悪を演じています。
その期待と、何処までできるのかの不安もミックスして鑑賞しましたけど、なるほど素晴らしい演技で、しっかりとリードしていました。
調子のいい話術とチャーム、透けて見える不気味さ
彼自身は今作で、「ドント・ブリーズ」の盲目退役軍人爺さんのように異様にマッチョだとか、何か超人的な能力を持っているとか、悪魔的な力を持っているなどはない。
フィジカルや別の力で押してくるタイプではないのです。
そして作品の中でも、特に直接的に身体的な戦いをしたり、銃などの圧倒的な狂気を持っているという脅威も持ち合わせていません。
ただ、話術やチャーミングさの中に忍ばせた邪悪さなどから、すごく不安で居心地の悪いホラーを作り上げていました。
リード氏のキャラクター構成の中で必要になるのが、その知見の深さや考察です。彼自身が宗教勧誘に来ていた二人よりももっと宗教の研究をしていて、興味深い問答を繰り返します。
ここでもヒュー・グラントの、耳を傾けずにはいられない聞き心地の良さみたいなものが活きていると思いました。
宗教とはなんなのか、オリジンとは?類似性から考えられる統一性や盗作の疑惑。
ポップカルチャーの引用とそこでぽろっと出るコメディ、笑ってしまう要素を引き出すのも、ヒュー・グラントのなせる業です。
個人的にも宗教や起源について考えるのは好きだったので、このあたりの序盤の問答シーンも結構楽しめました。
チョン・ジョンフンの撮影による視点のつくり方
一瞬納得しかけていくような問答と講義タイムでしたが、カメラワークの妙もあります。
移動して視点を変えていくカメラワークが特徴的で、人物を左から映していると思えば、その会話の最中にカメラがグッと移動をし始めて、今度はその人物の右側から映す。
リード氏でいえば彼の表と裏の顔や二面性を象徴するように感じますし、また全体の状況でいえば、一見安全に思えるその場が、実は非常に危険な状況に一転してしまうことを示すようでした。
カメラの動きでぐるっと動いていると言えば、バーンズがブルーベリーパイの真実に気づくシーンとかもすごく印象的ですよね。
彼女が手に取ったキャンドルを中心に世界が一転していき、そして”ブルーベリーの香り”の文字が見えてしまう。
撮影面を担当しているのはチョン・ジョンフン。パク・チャヌク監督の「オールド・ボーイ」から「ラスト・ナイト・イン・ソーホー」などハリウッドでも活躍する撮影監督です。
選択を迫られるあの部屋、魚眼レンズのようにw南極しつつすべてを画面内に入れる構図とか、絶対性、ここの空間が全て、といった感覚が強まりつつ、歪みが悪夢的ですごく好き。
今作は一見すると舞台劇にも思えますが、上下の仕組みを活かした構図であったり、登場人物たちの接写、また彼らを覗く別視点のようなカメラワークなどが、非常に映画的な力強さをもたらしていると思いました。
チョン・ジョンフンさんのインタビューでは、監督コンビとの撮影での工夫など語られているのでぜひ参考に。
力強く成長し自分で考え行動するようになった少女の物語
そんな感じで没入デキてスリリングなホラーなんですが、最も意外だったのは、この作品が無垢で弱弱しかった少女の成長物語であったこと。
二人のシスターはOPでセックス交じりの冗談を話しています。そこで少し見えるのは、バーンズは少し大人びていて世界を知ってること。そしてパクストンは良くも悪くも純粋で世間知らず。
リード氏の家に入ってきた際にも、バーンズはとにかく警戒をしていて、鋭く指摘をしたり反論もしている。彼女がまさに主人公的な、物事を前に進める役目を担っているのです。
しかし、物語は予想しない形で、パクストンを主人公に押し上げていきます。
バーンズの思いもむなしく、彼女はリード氏の手にかかってしまう。
そして彼女の教えだった絶対に逃げることや前に進むことを、パクストンは実行していく。物事を疑えと言うなら、それで信仰を揺さぶりすべてを自ら諦めさせようというなら。
それまでは周りに合わせ、バーンズの言うことを聞いてきた彼女が、自分で考え行動する。
パクストンはリード氏の見せた奇跡を冷静に分析に、疑い、論理的な矛盾を指摘する。力強い人物に成長していくのが熱い。
お前の方が異端。ブログで自論語ってろ。
今作のタイトルは“Heretic”=”異端者”という意味です。
原題では家という指定もないので、この異端者というのがバーンズとパクストンのことなのか、また同時にリード氏のことなのか曖昧になっている仕掛けです。
というのも、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)自体がアメリカでは異端扱いだからです。冒頭でも魔法の下着(モルモン教徒の方が履いている白いアレ)に関しての酷い扱いを受けています。
異物扱いされていたパクストン。つらい目にも合った。だからさらに異物中の異物にひどい目にあわされて、反撃する。
どことなく、モルモン教をスピンオフのまがい物扱いしてきたリード氏に対して、「お前の狂った自論ほどじゃない。ブログにでも書いとけ。」って感じで全否定すんのが好き。
クロエ・イーストが作中で変貌を遂げる姿、そしてヒュー・グラントがまさかここにきて役者として絶頂を越えていく素晴らしさ。とても楽しめた作品でした。
今回の感想は以上。ではまた。
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