作品概要

人類と宇宙最強の狩人“プレデター”の死闘を描いてきた「プレデター」シリーズの最新作。
1987年の第1作以来初めて、プレデター自身を主人公に据えて描くSFアクションとして制作された本作では、これまで“狩る側”だったプレデターが、“狩られる側”へと立場を転じる新機軸のストーリーが展開されます。
監督/キャスト情報
監督は、前作「プレデター:ザ・プレイ」で高い評価を得た ダン・トラクテンバーグ。
主人公プレデターを演じているのは、ニュージーランド出身のディミトリアス・シュスター=コローマタンギ。
下半身を失いながらも神秘的な存在感を放つアンドロイド少女ティアを、「ネオン・デーモン」や「マレフィセント」「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」などのエル・ファニングが演じます。
公開後北米でもかなりの興行成績を上げて盛り上がった作品で、確かに本も同時公開でしたかね。
界隈で話題になっていましたが週末は行けなかったので、平日のレイトショーで観てきました。
~あらすじ~

銀河を渡り歩き、狩人として腕を磨く戦闘民族ヤウージャ。
より強力な獲物を、戦士としての強さを追い求めるこの種族に、大きな夢を抱く若者デクがいた。兄との修行の先に、自分の力を示すべく最も恐ろしい怪物カリスクを討ち取ると意気込むデク。
しかし、彼らの父は弱いデクを生かすこと自体が恥であると、兄に処刑を命じる。
兄はデクを守るために自ら父と闘い、デクをカリスクのいる惑星へ飛ばすが、父によって処刑されてしまう。
デクは危険な惑星ゲンナに到着し、カリスクを必ず討ち取りそして故郷に戻ったら父を殺すと近い、原生生物と闘うことに。
そのさなか、身体を引き裂かれ上半身だけになったアンドロイドのティアを拾い、カリスクの居所を知るという彼女を仕方なく運び歩くことになる。
感想レビュー/考察

プレデター像は人によって違う
プレデターというアイコンもかなり使い込まれてきていて、1と2があってエイリアンとコラボして、プレデターズがあって、その後にまたプレデターがあって、そして今度は本国タイトル的にはプレデターってつかない、「プレイ」があって。
何が言いたいのかといいますと、これだけいろいろと続いていると、それぞれ見る人によってファースト・プレデターが異なり、それだけプレデターというアイコンのとらえ方も異なってくるということ。
孤高の戦士。異性から来た殺人マシーン。圧倒的な暴。
ある程度に通った印象を持ってはいるものの、プレデターらしいって感覚にも幅があるのではないかと感じます。
シリーズ初の挑戦!今作は「プレデターが主人公」
その点で今作は非常に挑戦的でしょう。一部の方にとっては、「こんなのプレデターじゃない!」とそもそものコンセプトを否定されることもあり得ると思います。
まずもって今作ではヴィランではなく主人公。プレデターはこれまで出会ったら負けの敵、何とかして人間たちが工夫して闘う強力な悪役だった。一種の勝利条件達成のための敵。
それが今作ではシリーズで初めて固有の名前まで与えられて、かなり表情豊かにドラマを展開していきます。
なので、そもそもの作りから受け入れられないって人もいるのは納得。
かくいう私としても、プレデターかといわれると結構難しいかなと思ってはいます。ただ、それを黙らせて来るくらい、この作品、おもしろいんです。

映画的演出と構成の巧妙さ
映画的にツボを押さえた作りになっている印象です。
OPではヤウージャの母星が映し出されますが画面の作りが映画的です。
洞窟の中から外をとらえるショットで、上下が洞窟の開口口で狭まれ、非常にワイドスクリーンを意識させます。
その後に映るヤウージャの宇宙船も、土煙を上げながら地平線を横移動していて、横の広がりをぐっと印象づけていました。
遠くのものをみたり、広さ奥行きを描くのは、映画館の大スクリーン想定の心意気だと思います。
ゲームから着想を得た攻略ストーリー
後は全体に情報交通整理が簡潔です。監督自身が様々なゲームからインスピレーションを受けていると言っていますが、ゲームみたいな分かりやすい構成です。
ゲンナに到着した際はまさにスタートを切った後の最初のチュートリアルって感じですが、そこで基本武器となる剣と手裏剣みたいな武器だけに装備が引き剥がされます。
防具も、あのマスクや鎧がなくなり、まさに初期装備。
しかも最初の敵が、一応は”木”なんです。木ですら殺意むき出しで襲ってくる上に、倒せたのではなくて逃げ切れただけ。
鬼畜難易度のゲームの始まりというところで新タイトルが大きく出る。
その後は仲間パーティを加えながら進んでいく。道中に出くわすモンスターたちにもそれぞれの攻略法が必ず用意されていました。
ただフィジカルで進むのではなく特性を理解して進む。後にその特性を生かした活用があるので無意味なわけでもなく。
そしてその生物を理解する行動こそ、デクとティアが最終的に勝利を収める理由にもなっています。

他者理解というテーマの深化
重なっているテーマとしては、この他者理解でしょうか。
狩る狩られるといった究極的な環境で、生き延びるために他の存在を理解していく。
生物の攻略がそのまま共生や協力のためのロジックにもなっているんですね。
ティアとの出会いがデクを大きく変えていき、自分らしい在り方で戦士になっていく。
そして本当の家族を得たのです。
プレデターから“共生”を描く意外性と監督の作家性
プレデターから現代的な共生のテーマを描いていくとは意外でしたが、実はダン・トラクテンバーグ監督が展開したプロットは、恥ずかしげもなく前作と同じものでもあります。
一族から認められない非力な戦士が、兄弟に守られる。環境を理解し利用し強大な敵を倒し、そしてそれをもって部族に戻っていき自分の居場所を得る。
大筋は「プレデター:ザ・プレイ」と同じなんですよね。
それもこれも見せ方1つでおもしろい。上げるときりがないくらいに過去のSF映画とかのオマージュが盛り込まれていますし、先に言ったようにゲーム的な構築とか何となくオタクな映画でもあります。
尺的にも短くアクション展開が多く飽きず、また主演2人のケミストリーも良いオススメの作品でした。
今回の感想は以上。ではまた。


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