作品解説

マイケル・キートンが監督・主演・製作を兼任し、記憶を失いつつある老ヒットマンの最後の仕事を描いた犯罪ノワール。
主人公は、徐々に記憶が崩れていく中で、人生と罪を整理するかのように“完全犯罪”へと挑んでいく。老いと記憶喪失という制限が、冷酷な殺し屋の物語に切実な緊張感を与える作品です。
キャストと役どころ
- マイケル・キートン
本作で監督・主演・製作を兼任。記憶を失いつつある老ヒットマン、ノックスを演じます。
「ビートルジュース」「バードマン」「スポットライト 世紀のスクープ」「ドープシック」など。 - アル・パチーノ
ノックスの盟友ゼイヴィア役。主人公の過去と現在をつなぐ存在として、物語に重厚な緊張感を与えます。「ゴッドファーザー」シリーズ、「狼たちの午後」「スカーフェイス」など。 - マーシャ・ゲイ・ハーデン
ノックスの元妻ルビー役。主人公の人生に残された感情的な部分を担う人物。「ポロック 2人だけのアトリエ」でアカデミー賞助演女優賞を受賞。その他「ミスティック・リバー」「モナ・リザ・スマイル」など。 - ジェームズ・マースデン
ノックスの息子マイルズ役。父との断絶と再接近を通して、物語に家族ドラマとしての軸になります。 「X-MEN」シリーズのサイクロップス役で広く知られ、ほかにTVシリーズの「ウエストワールド」など。
マイケル・キートンは以前に2008年の「クリミナル・サイト 〜運命の暗殺者〜」で監督デビューしていて、今回で長編監督としては第2作品目という、まだまだ監督業としては全然数は少ない。
でも、彼がほれ込んだ脚本とそのように監督を決心したということから、気になっていた作品です。といいながらも公開からだいぶ時間が空いてしまい、年末にやっと滑り込みで鑑賞してきました。
~あらすじ~

二つの博士号を持ち、かつては陸軍偵察部隊に所属していたという異色の経歴を持つ殺し屋ジョン・ノックス。
ある日彼は、数週間のうちにすべての記憶を失ってしまう進行性の病を宣告され、長年続けてきた殺し屋稼業に終止符を打つことを決意する。
しかしその直後、疎遠だった息子マイルズが突如として現れる。マイルズは、自身の娘をレイプした男を殺してしまったと告白し、その罪を隠してほしいと父に助けを求める。
刻一刻と記憶が薄れていく中、ノックスは息子を救うため、そして自らの人生に決着をつけるため、最後となる“完全犯罪”に身を投じていく。
感想レビュー/考察

「ありきたり」に見えたノワールが、静かに心を掴むまで
マイケル・キートンが主演と監督を務めて送り出すノワール。記憶障害を抱え、タイムリミットが迫る殺し屋という設定で、それ自体には真新しさはないと感じます。
また記憶の件を置いておいたとしても、引退のために奔走する殺し屋という話もまあありきたりではありますね。
ただ、映画は思わぬ方向にシフトしていき、そして凝らないクールさが光る演出によって非常に味わい深いものになっていました。
全然思っていた感じと異なったのは意外な楽しさでしたし、実は最終幕にあらゆるものが紐解かれていくとき、かなりグッとくる映画でもあります。
記憶喪失を誇張しない、抑制された恐怖の演出
全体には落ち着いたノワールになっていて、ガンアクション含めて激しいシーンは皆無になります。敵対する組織などの明確な敵はいないままに、あくまで捜査の手をかいくぐりながら、ノックスが自分自身のタイムリミットと闘っていくことになる。
その静けさに合わせ、今作での記憶の喪失や意識が揺らぐシーンの取り扱いも非常に抑制が効いています。
カメラをシェイクしたりとか幻影などは見せない。
カットを割る瞬間の少しのホワイトアウトや、時間が飛んだ際の服装の乱れ、座り込んでいるなどの体勢の変化。
ノックス本人の体感としての演出が多く、あまりのあっさりとしたその描き方は、残酷さと同時にこのミッションをやり切れるかのスリリングさを引き立てています。

冷徹さと脆さを併せ持つ、マイケル・キートンという存在
特に監督であり主演のマイケル・キートン。もともと冷徹さとクールさが似合う俳優ですから、殺し屋としての時折見せる冷たい心、怖いまなざしはさすがです。
ただし、記憶や意識が混濁した際に、その目つきや顔つきだけで、ノックス本人が大きく混乱し、どこかおびえ、焦っていることもしっかりと演じ分けていました。
知性自体が衰えていくわけではなく、意識が奪われていき1日の中で自分として活動できる時間が限られていく。ノックスが起こしていく行動について、彼自身のとぎれとぎれの意識もあって、全体が見えないのは巧い演出に思いました。
最後の最後までいかないと、彼が繋いでいく糸がつながらない。
グレゴリー・ポイリアーが作った脚本とそれに合わせた確かな演出が、クライマックスに爆発していく。
愛を受け取る息子、完成される父の計画
息子をその殺人から救いながら、自分自身の引退と身辺整理を行う。息子の家に忍び込み、犯行のモノと思しき狂気や証拠を配置。
それらはすべて、息子を一度逮捕させてから、でっち上げの証拠であることをあえて警察に見せすべての罪を自分がかぶるための行動。まさに、殺し屋のプロットだったわけですね。
息子はその父の愛を確かに受け取りながら、父の計画を完成させるために、愛しているの代わりのクソ野郎を言い放つ。ノックスが教えたように、困ったときには親父の立場でものを言ってみろ。を試し、「できるなら殺し直してやりたいよ。」のセリフを使う。
終盤はとにかく感情が押し寄せてくる素敵なエンディングでした。
ノワールとして向かう終焉。認知症、記憶障害をベースとしつつも、その時限装置の中で失ってしまった、失っていく人生を見つめなおすエモーショナルな映画でした。
今回の感想はここまで。ではまた。


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