「ヒンターラント」(2021)
作品概要
- 監督:ステファン・ルツォヴィツキー
- 製作: オリバー・ノイマン、ザビーネ・モーザー、バディ・ミンク、アレクサンダー・ドゥムライヒャー=イバンチヤヌ
- 原案:ハンノ・ピンター
- 脚本:ロバート・ブッフシュベンター、ハンノ・ピンター、ステファン・ルツォビツキー
- 撮影:ベネディクト・ノイエンフェルス
- 美術:アンドレアス・ソボトカ、マルティン・ライター
- 衣装:ウリ・サイモン
- 編集:オリバー・ノイマン
- 音楽:キャン・バヤニ
- 出演:ムラタン・ムスル、リブ・リサ・フリース、マックス・フォン・デル・グローベン、
ヴィクトア・レンナ、マティアス・シュヴァイクホファー 他
「ヒトラーの贋札」で第80回アカデミー賞外国語映画賞を受賞したステファン・ルツォヴィツキー監督。
出演者には、「7500」のムラタン・ムスルと、テレビドラマ「バビロン・ベルリン」で知られるリブ・リサ・フリースがいます。また「潜水艦クルスクの生存者たち」などのマティアス・シュヴァイクホファーが出演。
今作はロカルノ国際映画祭で観客賞を受賞し、母国オーストリア映画賞でも6部門ノミネートされ、美術賞を受賞するなど、高い評価を得ています。
あまり作品については知らなかったのですが、予告編でその美術背景をみて興味がわき、ミステリーということでおもしろ荘で鑑賞してきました。
サービスデイ鑑賞で結構人がいました。
~あらすじ~
第一次世界大戦が終結し、ロシアでの長い捕虜収容所生活から解放された元刑事ペーターと彼の仲間たちは、ついに故郷に帰る。
しかし、帰国した彼らを待ち受けていたのは、かつてとは全く異なる祖国だった。
オーストリア=ハンガリー帝国は敗戦国となり、皇帝は国外へ逃亡。
彼らは、愛する国と家族を守るために戦ったにもかかわらず、ほとんどの人々から感謝の言葉もなく、帰還兵をぞんざいにすら扱う。
さらに、帰宅した家には愛する家族の姿がなく、孤独と失望にさいなまれるペーター。
その一方、河原で奇妙な遺体が発見される。
被害者は、かつての戦友であり、遺体には明らかに苦痛を与えるために行われた拷問の跡があった。
ペーターは自分の心の闇と向き合う覚悟で、真相解明を決意。
しかし、そこには困難な試練と、衝撃的な真実が待ち受けていた。
感想/レビュー
歪み切った精神世界を投影した背景
今回は歴史の暗黒時代をテーマにしつつ、全編ブルーバックで撮影され、まるでダークファンタジーの世界のような雰囲気が漂っています。
残酷な戦争の悲劇が寓話的かつ美術的に描かれ、美しいけれど悪夢のような映像。
歪み切った心をそのまま投影するような感じもしますし、同時に、主人公ペーターにとってはまさに変わってしまった祖国を象徴するようです。
彼にしてみれば目の前の現実は戦場の惨劇に比べても異界のようなもの。
それをそのままにビジュアルに落とし込んだ不可思議で美しい背景にすっかり飲まれてしまいます。
ただ歩いていく通りの建物や道も、レンズ補正効かなくてろいろとおかしくなった写真みたいです。
なんとなく、昔のスタジオ撮影でのマットペインティングを思い起こします。
その意味ではまるでクラシック映画を観ているようにも思えました。モノクロで観ても味わいがあるかも。
幻想と現実の融合
その他、ビジュアルという面では悪夢の描写、また酩酊状態だったりも面白いです。
戦争の悪夢について、うなされているところを映す、もしくは実際に思い出している戦闘状態を映像でそのまま見せることはよくあります。
ただ、ペーターの悪夢はベッドの後ろの壁に戦闘がまるでスクリーンに映るように投影され、そこで血しぶきとともにペーターが目を覚ますものでした。
個人的には夢という幻想と、寝室の現実が混在した演出になっていてすごく良かったと思います。
あと、朝になるとペーターが床で寝てるのも好き。
「キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー」でサムとスティーブが会話する中で、「ベッドが不気味だ。戦場では岩の上で寝ていたから。」というのを思い出しました。
細かいところですが、戦場を引きずっているのが、すぐには元の生活に戻れないことが描かれています。
歩み寄って癒しあう二つの世代
歪んで統一された平行線、基準になる線を持たないままに現象(煙など)も停止した異様な空間の中で、ライティングなどは素晴らしく、また俳優たちの演技もその背景と同様にピシッとしています。
ペーターたち戦争に行った人ったちは、帰ってきたのに帰った場所ではない。家を感じられない。
それに対して、やはり異物が入り込んでいると感じる警察側のセヴェリン。この二人が隔絶されていながらも徐々に溝を埋めていくのがミソ。
ちぎれて裂けた国の心のように、少しづつ歩み寄る中で、あの場所から移動する際に車内でちょっとぶつかってしまいお互いにモジモジするとか言う可愛いシーンも。
だからこそ、最後のハグにはグッときますよね。身体的な接触についての演出がうまく呼応して、二人(世代の代表)が互いを慰めあうのですから。
凄惨でけっこう黒い描写もありますが、そこはなんとなく消費的ではなくて美術として見れて。
分断され引き裂かれた国を思わせる、犯人と彼の背景。
誰が悪いというのか。
全ての集約点には戦争がある。それが国を中と外に引き裂き、そして外でもまた兵士たちを引き裂いてしまった。
ペーターが凄惨な現実の被害者になったうえで、純朴であってほしいセヴェリンを守ろうとしていたことにはウルッと来ますね。
最終的に妻のところへ行くペーター。
その時には画面の歪みだったりも無くなり、静止していた背景も変わり木々の葉は風に揺れています。
すごく切ないですが、魂の癒しの物語であり美術面など楽しめた作品でした。
今回の感想はここまでです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた。
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