作品解説

インターネット発の都市伝説「バックルームズ」を映画化した不条理スリラー。
ある日突然、“現実世界の裏側”とも呼べる無限に続く異空間へ迷い込んだ男の恐怖を描き、世界中で社会現象を巻き起こした話題作。
監督を務めるのは、YouTubeで公開した短編「he Backrooms (Found Footage)」が世界的ヒットとなった映像クリエイター、ケイン・パーソンズ。
本作はその短編をもとに長編映画化した作品で、19歳にして全米・世界興行ランキング初登場1位を獲得した史上最年少監督として大きな注目を集めました。
日本では、本編110分に16分の特別映像を追加した「Everything Must Go Edition」が劇場公開されています。エンドロール後にこれが流れるので、見たい方は最後の最後まで席を立たないように。
監督
-
ケイン・パーソンズ
キャスト
- キウェテル・イジョフォー
- レナーテ・レインスヴェ
- マーク・デュプラス
- フィン・ベネット
~あらすじ~

家具店を営むクラークは、店内で“あるはずのない隙間”を見つける。その先に広がっていたのは、壁の裏側へ吸い込まれるように続く、黄色い壁紙に覆われた異様な空間だった。
そこには奇妙なバランスで積み上げられた無数の家具と、どこまでも続く迷路のような部屋が広がっている。天井の蛍光灯だけが不気味に照らす静寂の中、どこからともなく途切れ途切れのアナウンスが響くものの、呼びかけに応える者は誰もいない。
クラークはセラピストのメアリーにこの不可解な世界の存在を訴えるが、妄想として取り合ってもらえない。真実を証明するため、記録用のビデオカメラを手に、彼は再び“現実世界の裏側”へと足を踏み入れる――。
感想レビュー/考察

インターネット都市伝説は前知識なしでも楽しめる?
さて、映画を見る上で前知識が必要なのかという点ですが、まあ別にいらないのかなと思います。
バックルームズ自体を私はオンラインゲーム?で観たことがある程度で、詳しくは知らないのですが、それこそ8番出口なんかと一緒で、無限ループの空間からの脱出ゲームであったかなと思います。
バックルームズはもともとは2019年にアメリカの掲示板4chに投稿された一枚の写真がもとになっています。
VHS的な画質の写真には、窓のない明かりがついて奥行きのある黄色い空間が映し出されています。オフィスのような、人工的ながらもどこか不気味なその写真は話題を呼び、都市伝説になりました。
異次元空間、煉獄、入ってはいけない世界。
さまざまな憶測と想像がネットで交差し、その後、今作の監督であるケイン・パーソンズがYouTubeにバックルームズを題材にした短編動画をUp。これがさらに話題を呼び、ほかにもいろいろな創作物が出てきたようです。
バックルームズには階層があるとか、怪物がいて何種類もいるとか。
また黄色の部屋に限らずに病院や地下水道など場所を変えつつもループしている空間を探索、出口をさがすゲームがいろいろと生み出されることになりました。
まさしくインターネット時代、誰もがクリエイターという今にふさわしい現象的なバックルームズ。
今回はそれを映画化するという試み。

バックルームズは映画と相性が良かったのか?
もちろん、もともと売れているコンテンツを映画にして、媒体を変えてまた設けていくっていうのは至極普通のことです。
ただ個人的な見解では、コンテンツとメディアの愛称自体はそこまでよくなかったのかなという印象です。
映画というのはナラティブが必要です。起承転結的なストーリー、何をゴールとするのか。理論がありその上映時間の中で話を紐解いていき集結させていく必要がある。
要は一定の説明が求められると思うのです。
ただその点が、無尽蔵に想像が重なり、楽しめれば不透明で意味不明なところが多くあってもそれが魅力になるバックルームズとは異なると思ったのです。
映画には明確に主人公が置かれました。
キウェテル・イジョフォーが演じているクラークは、家具店を営んでいますが、駐車場はガラガラのモールに店を構えていて、作中で客が入っている様子は一度たりともありません。
金銭的にも厳しい彼は、精神的な不安定さを持っているようで、レナーテ・レインスヴェ演じるメアリーという精神科医のセラピーに通っています。
この時点でなんとなく、今回の無限空間が精神世界の投影である予兆もありますし、だとすればそこにある現象や物体に意味を見出せます。
だから映画としては良いのですが、バックルームズとしてはどんどんと世界が小さくなってしまうのです。
これが私の感じた問題。

クラークの精神世界としてのバックルーム
クラークの精神が投影されたこのバックルームズでは、彼の記憶のトラウマが投影される。それは妻との関係の崩壊に、別れですね。
メアリーとのセッションでも分かりますが、クラークは建築家として夢破れ、望まない人生を送っている。そして家を追い出されて居場所もないのです。
彼自身はそれでも現状を打破することに苦戦し、他責の思考に囚われてしまっている。
彼にとってのバックルームズははじめこそ不可思議でどこか怖い空間ですが、その顛末は、、、
巨大セットが生んだ“現実なのに現実じゃない”恐怖
バックルームズ自体の造形や美術、雰囲気は見ごたえがあります。
実際に巨大なセットを組みたてて撮影された今作。
あまりの広さにスタッフもたびたび迷子になってしまったらしいですが、CGに頼らずに作ったその空間は現実的ではないのに現実であるという非常に良い手触りがあります。
ライティング、撮影の画角、造形。絶妙な緊迫感があります。その物体それ自体には不明点はない。黄色の壁紙、カーペット、椅子、看板。
でもその配置やある場所、存在にはおかしさがある。その半分把握しつつ半分納得のできない嫌な不穏さが魅力です。
なので序盤のクラークが初めてバックルームに入るところとか、バイトの二人を連れて入るところなどは緊張感と、ジリジリとした不安がとても楽しかったです。

無限空間が“有限”になっていく葛藤
ただし、先にも言いましたように映画としての集束を迎えるように、バックルームにはクラークの精神世界が関係していると見え、さらに彼自身からもあらゆる記憶を閉じ込めた世界だという説明があります。
なので定義され、限定されていくことで、バックルームの無限さは無くなり、また一つのサイコスリラーの舞台になっていく。
クラークは自らの残してきた痕跡たるバックルームを巡り、自分自身の記憶の再現と繰り返しに落ち着いた。
ループする現代人への寓話として
メアリーに対して、妻を演じるように強制するが、そこでメアリーが彼のループを指摘しそのままでいろと言い放つ。
この構造は現代のネット社会の投影にも思えます。
外にでず、自分の中でルーチン化しループするだけの毎日。非常に内向的で自分を変えることを嫌い、好きな現実だけを繰り返し浴びていく。
見知った何かを、自分が気持ちよくなれる空間でただひたすら眺めるだけ。
大なり小なり人間はこの麻薬のようなループを求めていますが、クラークはそここそ自分の居場所と断定したのですね。
この視点は見事に思いますし、帰結としてはいいかなと。
ただ痕跡を持ち運んでいたメアリーの方は、それを脅威にぶつけて砕いた。
彼女は母との関係に、というか母に問題があってトラウマとして抱えているようですが、現実から逃げず外に出ることを選んだわけですね。
ナラティブが必要なのでバックルームの設定が閉じていくのは仕方なし。
でも、元々のバックルームズのファン向けに調査機関も入れ込まなければいけなかったのでしょう。
不気味な夕食シーンとか、ありきたりな気もしますし余計なものもあるのですがうまくまとめていると思います。
あまり設定を込み入ったものにしすぎると、さらに無限空間に有限の解釈しか生まれないので留めてほしいところですが、この先はどうなるか。
少なくとも若干20歳(撮影時は19歳)の監督のデビューとして楽しめましたし、ケイン・パーソンズ監督の次の作品にも注目です。
今回の感想は以上。ではまた。


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