作品解説

日本中を熱狂させた総合格闘技イベント「PRIDE」の黎明期を舞台に、伝説的ファイター、マーク・ケアーの栄光と苦悩を描いた実録ドラマ。
主人公マーク・ケアーを演じるのは、プロレスラー“ザ・ロック”としても知られる ドウェイン・ジョンソン 。2002年公開の同名ドキュメンタリーに深く感銘を受けた彼自身が映画化権の獲得に動き、主演と製作を兼任しています。
ケアーの恋人ドーン役には エミリー・ブラント。さらに日本からは 大沢たかお、石井慧、光浦靖子、布袋寅泰らが出演。
監督・脚本・編集を務めたのは ベニー・サフディ 。「アンカット・ダイヤモンド」などで知られるサフディ兄弟の弟として高い評価を受けてきた彼にとって、本作は長編単独監督デビュー作となります。
ちょうど兄のジョシュ・サフディも、ティモシー・シャラメ主演の「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」で初単独作をとっていて、今後はそれぞれで作品を送り出していくのでしょうかね。
2025年のベネチア国際映画祭 では銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞。
さらに、日本人特殊メイクアップアーティスト カズ・ヒロ率いるチームによるリアルな特殊メイクも高く評価され、第98回アカデミー賞ではメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされました。
スタッフ
- 監督・脚本・編集:ベニー・サフディ
- 製作:ベニー・サフディ、ドウェイン・ジョンソン、イーライ・ブッシュ、ハイラム・ガルシア、デビッド・カプラン
- 製作総指揮:トレイシー・ランドン
- 撮影:マセオ・ビショップ
- 美術:ジェームズ・チンランド
- 衣装:ハイディ・ビベンズ
- 特殊メイクデザイナー:カズ・ヒロ
- 音楽:ナラ・シネフロ
キャスト
- ドウェイン・ジョンソン :マーク・ケアー役
- エミリー・ブラント :ドーン・ステイプルズ役
- ライアン・ベイダー :マーク・コールマン役
- バス・ルッテン :本人役
久しぶりに公開初日に、夜の回で観てきたのですが感想を書くのは遅くなりました。
もともとサフディ兄弟がそれぞれ単独で作品を撮るのも楽しみでしたし、ブロックバスターアクション映画ではない作品に、ドウェイン・ジョンソンが出るというのも楽しみでした。
意外にも劇場は混んでいて、特に結構格闘技ファンの人たちが多かったように思います。まあそのためなのか、年齢層は割かし高めでしたが。
~あらすじ~

1997年、総合格闘技の世界へ足を踏み入れたマーク・ケアーは、圧倒的な強さで瞬く間に頂点へ駆け上がる。
UFCで連覇を達成し、日本のPRIDEでも快進撃を続けた彼は、“霊長類最強の男”と称される伝説的ファイターとなった。
しかし、その華々しい成功の裏で、ケアーは極度のプレッシャーと孤独に苦しんでいた。
肉体の痛みを紛らわせるため鎮痛剤への依存を深める一方、恋人ドーンとの関係も次第に崩れていく。
そしてキャリア初の敗北を喫したことで、彼の心は限界へと追い込まれる。
栄光を失い、自らの弱さと向き合うことになったケアーは、人生を取り戻すため、再びリングへ立つ決意を固める
感想レビュー/考察
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“敗者”へカメラを向け続ける、ベニー・サフディという監督
ベニー・サフディ監督単独デビュー作品ですが、カメラを向ける対象は変わっていないと思いました。
監督が画面に映すのは、もろくて弱い敗者なのです。
この作品はプライドの熱狂を再びとか、アスリートのカムバック映画とか、そういったものではないです。
もっとローキーでダウナー。
後述しますが全体においてなかなかの曖昧さと言うかもたついた感じ、塞いだ感じすらある変わった映画です。
もたついているのは、映画の作りが変だと言うより、主人公であるマーク・ケアー彼自身を表しているのだと思います。
“霊長類最強”の男は、実は誰より繊細だった
作品はメキシコの格闘技大会で、ベアナックルで殴り合うマークから始まる。巨大な身体で組み合い、素手で相手の顔面を殴りつける。
そしてベルトを獲得した彼は、マチズモの化身のように見えます。
しかし、その後の日本のプライドでの試合で、彼の本当の性質が見えてきます。
マークはめちゃくちゃ低姿勢で丁寧なんです。身体を間違えて生まれたのかというくらいに、彼は繊細。
よくある格闘技界隈の、ビッグマウスでトラッシュトークしたり、ストリートや喧嘩自慢、ギャングスタな一面なんて微塵もない。
彼はその身体的なメリットと環境に対して、性格や性質がまったく場違いな人間なのだとわかります。

“タフ”なのではなく、痛みを消し続けていただけ
彼自身の痛み止め鎮痛剤、オピオイド中毒の話も出てきます。
これは事実でありアメリカ社会問題でもあるのですが、ある意味でマーク自身がタフなのではなく、結局は痛みを無理やり消しているだけということですね。
だから、彼は精神的にも肉体的にも、痛々しい脆さを纏って描かれていて、それは観客に同情のような感情を沸かせます。
フランク・シナトラの「My Way」が流れる、異質なトレーニングシーン
マークの性質を魅せるシーンは多いですが、特に今作のトレーニングシーンは白眉であると思います。こういうスポーツ映画では、かならず大きな試合やクライマックス前にトレーニングモンタージュがありますよね。
「ロッキー」に始まり、「クリード チャンプを継ぐ男」、「サウスポー」や「ウォーリアー」なども。
そうしたほとんどは、テンションを上げていく、熱くて激しいものが多い。高らかな栄光を示すようなオーケストラや、苦しみと怒りを吐き出して前に進むヒップホップが使われる。
そんな中で今作はまさかのフランク・シナトラの「My Way」を流すんですよね。
マークには彼なりの流儀とやり方がある。激しく組みありレスリングをし、加重筋トレをして、汗だくになって疲弊しながらも、自分のやり方で進んでいくマーク。
渋いけど、映画を見ているとマークにはこれだなと思います。

ドーンとの関係が映し出す、“生きる速度”の違い
マークの歩みは、ドーンとの関係性からもかなり浮き彫りになります。マークは薬の中毒ですがドーンもまた中毒です。アルコールという面もありますが、彼女はマークに依存している。
彼女自身が、愛する人がその人が大事にしているものの輪に自分を入れてくれないこと。それに憤っています。
まあ確かに、選手のパートナーになるならそのキャリアを支える存在にはなりたいものです。大事な決断をするなら相談してほしいし、知らせも最初に受けたいと思うのは悪くない。
ただドーンはそこに依存しすぎていて、マークには重荷になっていたのです。
遊園地のシーンがあまりにも切ない
そんな二人の関係性を示す、決定的に切ないシーンはあの遊園地です。
二人で遊園地デートをしているとき、ドーンは遠心分離機みたいなハードなアトラクションに乗りたいという。しかし、マークは胃が悪くなるからと乗らないことになります。
結局ドーンは独りでアトラクションに乗りこみ、ものすごい回転で体が宙に浮き始める。その目まぐるしい回転に身を任せるドーン。
ここで他にも乗客はいるのに、カメラはドーンだけをセンターに映し続ける。彼女は独り、なによりそこにマークはいないのです。
そしてマークはメリーゴーランドに乗ります。
「このスピードが僕にはあってる。」そう言いながら笑顔で穏やかなサイクルに身を任せるマークを、ドーンはその外で眺めている。一緒には乗らない。
二人は生きるペースも、欲するスリルも刺激も、根本的に異なっているのです。
だからかそうまく歩みは進められない。

“負けること”を受け入れる物語
マーク・ケアーの物語は、マッチョな世界に生まれた繊細な男の物語であり。過酷なスポーツの中での依存症との戦いや、複雑な人間関係である。
そして、負けるということを認めたりかみしめて、その呪縛から抜け出していく話でもあります。
ベニー・サフディ監督はまた敗者へカメラを向ける。彼らの痛みを映し出し、名を刻んでいく。
ドウェイン・ジョンソンが消え、“マーク・ケアー”だけが残る
全てが本物に感じられる映画でした。ドウェイン・ジョンソンが彼自身マーク・ケアーのドキュメンタリーに惚れこんだという話も納得の入魂の演技。
ふと笑うときにはロック様が垣間見えるところもありますが、繊細でさまようマークになりきっています。いつもはロック様としての存在感やカリスマがあるのですが、それはかなり隠されていて、途中でこの人身体能力高いな、俳優として頑張っているなとか思ってしまいました。
もともとロック様はWWEの王者なんですがね、忘れてしまうほど。
彼の変貌にはメイクの評価が高いカズ・ヒロの力も大いにあると思います。変貌ぶりもなんですが、汗を大量に書いたりする役柄なのにそれでも全く違和感がないのがすごいと思いました。
忘れられた男、マーク・ケアーの名を刻む映画
さまざまな物語が複合されているので、やや道を決めかねているような印象も持ったのは正直なところ。
最終的には、黎明期、厳しい環境と経済的にも豊かとはいえない中で、この競技を盛り上げた男の存在をしめすようにも思えました。
忘れられてしまった男。マーク・ケアーの名を覚えろと。
全体にはドウェイン・ジョンソンの熱量高い演技や独自のテンポとトーンで生きた男の物語は楽しめました。
今回の感想はここまで。ではまた。


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