作品解説

ディズニー&ピクサーが手がける2026年公開の長編アニメーション映画。
動物を愛する女子大生が、ビーバー型ロボットに意識を転送して動物たちの世界へ入り込み、彼らの生息地を守ろうと奮闘する姿を描いた、SFコメディ作品。
監督は、「インサイド・ヘッド」でストーリーボードアーティストを務めたダニエル・チョン。
英語版では、主人公メイベル役をパイパー・カーダが担当し、ボビー・モイニハン、ジョン・ハムらが声優として参加しています。
主人公が“ビーバー”になった理由
もともとペンギンを主人公にしたアニメにするという企画だったようですが、ピクサーのトップであるピート・ドクターへの提出で、アイディアは良いもののペンギンは他にもいろいろとアニメがあるから買えた方が良いとフィードバックがあったようです。
そこでダニエル監督がビーバーと環境問題の部分でビーバーを主人公に決定。
ちなみにその環境保護のメッセージについては、スタジオからそうした社会性は抑え目にするようにとのコントロールがあったとも報じられましたが、監督は否定しています。
まあスタジオが完成まで何も意見しないことの方が珍しいでしょうし、普通に調整のアドバイスがあったくらいなんでしょうかね。
公開時の話題性と反響
北米公開が3月の初週。日本でもその次の週には公開と、あまりタイムラグなく後悔されています。興収も評価もなかなかいいようで、日本でもかわいい動物のピクサー映画ということからかかなり話題になっていました。
今回字幕版を見ようとしたらスケジュールが合わず。日本語吹き替え版で鑑賞。そこまで違和感はない印象です。
さすが吹き替えでピクサー映画ってこともあって、ちびっこ多め。あとは若い女性グループがかなり多かったりです。
〜あらすじ〜

人間の意識を動物型ロボットへ転送し、本物の動物たちと会話できる技術が実現した世界。
動物を愛する女子大生メイベルは、大切な森を守るため、自らの意識をビーバー型ロボットに移し、動物たちの世界へと足を踏み入れる。
もふもふの仲間たちに囲まれながら未知の世界を満喫するメイベルだったが、やがて動物たちが人間社会を揺るがしかねない“ある計画”を進めていることを知る。
人間と動物の対立を食い止めるため、メイベルはひと癖もふた癖もあるビーバーたちと手を組み、極秘ミッションに挑んでいく。
感想レビュー/考察

ピクサーらしい「もしも」の発想
ピクサーの世界のおもしろさの人る一つは、現実のもしもを突き詰めていくことだと思っています。
もしも私たちが見ていない間は、オモチャたちが自我を持って動き出していたら?
もしもクローゼットの怪物が本当にいて、彼らの世界のエネルギーのために子どもを怖がらせていたら?
今回の「私がビーバーになる時」もその系譜にあたっているのかなと思います。私たちが知らない動物たちの世界、彼らがしゃべって、協力して、そして秘密の王国も持っている。
その中に放り込まれていく上で、現実世界に跳ね返すイデオロギーを探っていく。
ピクサー史上、最も社会派な一本?
おそらくピクサー史上最も社会的な作品になっていると思うのですが、今作はおおもとには環境破壊、自然保護や動物たちの保護という要素を横たえています。
映画の基軸としては、メイベルが祖母との想い出のある湖と森を守ろうとすること。まさにメイベルにとってもかけがえのない思い出の場所であり、家族の場所、人生の一部である。
それを奪われようとする都市開発、高速道路の建設に対し、メイベルは環境活動家としてかなり攻めています。
市長の監督のもとに行われようとするビーバーの作ったダムの爆破で、彼女はあろうことかその爆弾接地面に飛び込んで講義、妨害をするのです。

メイベルという“正しさ”の危うさと矛盾
環境活動家として描かれる、アナーキストでかなり大胆なメイベルですが、守るという割には破壊的存在です。
彼女は動物の保護、自然の保護と人工物の排除を訴えますが、しかし大いに文明機器に頼っている。
極めつけとして、そもそもビーバーに人間の頭脳を転送するという超ハイテクを使っているところなんかはまさに大きな矛盾です。
動物界にもある“共生の矛盾”
矛盾はメイベル自身に向けてではないですが、序盤に名言もされています。
動物社会に行って、そこで共生をみるもののビーバーの王様ジョージのルールでは「食べたいときに食べろ。」なのです。
ですから、隣人愛的な主義の下に共生をしつつも、しかし野生本能としての捕食はそのままに許されているということ。
それが大きな矛盾なのですが、メイベルの突込みに対して、「まあしょうがいない。」と言い切って見せる、”捨て”の思い切りの良さは今作の魅力でしょう。

現実社会にもあふれるダブルスタンダード
この矛盾は現実内でも多くあります。
環境活動家と言いつつも地下鉄を使うし、プラスチック製のメガネをかけたり合成繊維の衣類を使う。
人種差別はダメだと言いながらも種族差別は当たり前。命を大事にとパンダやらイルカ、クジラは保護しつつ、ゴキブリやハエなんかは平気で叩き殺す。
「動物好き!」って言っても、指しているのはアイドル的な可愛いと言われている動物のことであり、それ以外については死んでもどうでもいいのが、人間という矛盾の生き物なのですよね。
その辺を考えこみすぎると語画がないので、話を進めていくために流していくのは、結構クレバーな判断だったと思います。
もう一つの軸は「対話」
さて、メイベルはジョージに教わりながらビーバーや動物たちのコミュニティのルールを知り、森の危機を訴えていく。それが哺乳類だけではなく、鳥類、爬虫類、昆虫類、魚類にまで波及。
そこで今作のもう一つの重要な要素、対話がメインになってきます。
議会を招集して話し合う。その中で「長い。悪い会議。」「短くていい会議。」ってギャグが出てきますが、話し合うことの重要性が問われてきます。
メイベルの訴えにより市長が悪としてとらえられたことで、各種族が市長を殺す(潰す)ことを宣言。これもまた動物界のルール。必要なら潰す。

正義が暴走すると、争いは始まる
しかし、今更ながらメイベルはこれを止めようと頑張りますが、殺すのは良くないと言いながらも、昆虫族の女王を両手で叩き潰してしまう。
しかもその体液を石壁で拭うっていう笑
暴力反対って言いながら人を殴ってる感じがなんとも、、、しかしこれこそが難しいところ。議論は中途半端になり、しかもそれはメイベルが暴力をふるったから。
哺乳類界は大混乱で、他種族は団結。スティーブ他の可愛らしさに比べると、メイベルがあまりにもトラブルメーカーになっているため、そこで好き嫌いが分かれそうだなって思いました。
大混乱のなかで視聴を救わなくては行けなくなったメイベル。ギャグ展開の中では「シャークネード」(たぶんちがう)、「ゼイリブ」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、「ハロウィン」などなど見え隠れ。
諸々踏まえていると、今作は昆虫族が悪役になりまして市長は悪役ってわけではない。むしろ彼は母思いでまじめ、市民に尽くし何かを作っていく人です。ぶっ壊しまくりのメイベルの方が危険笑
対話の欠如が生んだ大混乱
ただ、市長にもメイベルにも足りていなかったのは対話です。コミュニケーション。
しっかりと対話せずに我を押し通した結果大混乱になった動物界。OPすぐのメイベルと市長。ギャグシーンですがそれぞれが自分の言いたいことをただ叫んでいるだけで相手の言うことを聞いていない。
このミスコミュニケーションが生んでしまうのがコミュニティ全体の崩壊です。

過去を手放し、前に進むメイベル
おばあちゃんの想い出にすがるように生きて、それこそを守れればと他のことを見ていなかったメイベル。
彼女が大事にしていたおばあちゃんのジャケットで、森の火事を消そうとし、結果ジャケットが燃えてなくなってしまう。これはメイベルが過去の自分の思い出だけに縛られることを捨てるシーンとも思えました。
そしてもはや言葉を理解できず、意思疎通は無理かと思われる動物たちと、心で通じ合って森を救っていく。
ロボットの中に入っているときは、みんなキャラクター感があって描かれる動物たちですが、人間視点ではより獣っぽくなる。アニメーションだからこそできる表現でここも巧いなって思います。
全てが終わってから、また改めて市長とメイベルは向き合うのですが、ここでは共同作業をするし、お互いにしっかりと対話をしています。
全体に可愛らしい動物の奔流に、難しい社会問題の面倒さを入れ込みはするけどいい塩梅で捨てていく。
笑えるギャグの中で大事なことを描き、大きな問題は簡単には解決できないけど、異なる種も対話を通してこそ、現実を前に進められるという、大人な概念が込められたスマートでキュートな作品でした。
今回の感想はここまで。ではまた。


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