作品解説

「オッペンハイマー」のキリアン・マーフィが主演・製作を兼ね、クレア・キーガンによるベストセラー小説「ほんのささやかなこと」を映画化したヒューマンドラマ。
アイルランドに実在した「マグダレン洗濯所」の人権問題を背景に、社会が長く黙認してきた現実に直面した一人の男の葛藤と決断を描きます。
監督は、テレビドラマ「ピーキー・ブラインダーズ」などで知られるティム・ミーランツ。原作に惚れ込んだキリアン・マーフィが自ら映画化を希望し、初めて製作にも参加した作品になっています。
共演には、「奇跡の海」や「ハムネット」のエミリー・ワトソンが修道院長シスター・メアリー役で出演し、2024年・第74回ベルリン国際映画祭にて最優秀助演俳優賞(銀熊賞)を受賞。
「マグダレンの祈り」のアイリーン・ウォルシュが主人公ビルの妻を演じています。
スタッフ
- 監督:ティム・ミーランツ
- 原作:クレア・キーガン
- 脚本:エンダ・ウォルシュ
- 製作:アラン・モロニー、キリアン・マーフィ、キャサリン・マギー、マット・デイモン、ドリュー・ビントン
- 製作総指揮:ベン・アフレック、ケビン・ハローラン、マイケル・ジョー
- 撮影:フランク・バン・デン・エーデン
- 美術:パキー・スミス
- 衣装:アリソン・マコッシュ
- 編集:アラン・デソバージュ
- 音楽:センヤン・ヤンセン
キャスト
- ビル・ファーロング:キリアン・マーフィ
- シスター・メアリー:エミリー・ワトソン
- アイリーン・ファーロング:アイリーン・ウォルシュ
- サラ・レッドモンド:ザラ・デブリン
- ウィルソン:ミシェル・フェアリー
- シスター・カーメル:クレア・ダン
公開は3月の下旬で、前から行こうと思っていたものの仕事帰りにも休日にも時間が合わずに行けずじまい。もうゴールデンウィークになるぞというタイミングで滑り込みで鑑賞してきました。
日々射シャンテで朝早い回になりましたが、結構まだ人は入っていましたね。
~あらすじ~

1985年、アイルランドの小さな町。家族と慎ましく暮らす石炭商人ビル・ファーロングは、クリスマスを目前に控えたある日、配達先の修道院で一人の少女と出会う。
彼女は必死な様子で「ここから出してほしい」と助けを求めてくる。
その言葉をきっかけに、ビルは修道院に隠された現実――行き場を失った若い女性たちが過酷な環境に置かれている事実を知ることになる。
関われば自分や家族の生活を脅かしかねない。それでも見て見ぬふりをするべきか――良心と現実のはざまで揺れ動く中、ビルはやがてある決断を下す。
感想レビュー/考察

マグダレン洗濯所とは?
この作品はアイルランドに実在したマグダレン修道院、通称マグダレン洗濯所の事件を大きな根底に置いています。
そもそもこのマグダレン洗濯所について、改めて整理しておきます。
これは1920年代から1990年代までの長い期間、未婚の女性を中心に強制収容所のように彼女たちを入居させ、無賃金で主に洗濯仕事をさせて労働搾取していたという修道院です。
もともとアイルランドのカトリック教会はその徹底的かつ厳格な思想により、未婚の母に重い罰を科していました。
その方針ゆえにこのマグダレン修道院は未婚の母(妊婦、それがレイプなどであっても関係なく)を強制的に収容していたのです。
しかも対象は実際にはさらに広く、映画でも描かれていますが、反抗的とか堕落的、身寄りのない女性などにまで及んでいたとのこと。
彼女たちは修道院で労働的な搾取をされ、その選択で得た金は修道院が受け取っています。女性たちを社会から切り離して奴隷として働かせて金儲けをしていたのです。
しかも、妊娠した女性が子供を産めば、無理やり取り上げて今度は養子に出すなどを行い、人身売買も行う。
女性たちと子どもたちの尊厳も人生も奪い続ける
そしてそれだけでなく、多くの女性たちが虐待や労働などから死に至っていますが、それを誰にも知らせずに埋葬。さらに生まれた赤ちゃんたちも死亡したら汚水槽に捨てるなどの非人道的な行為にまで及んでいます。
CNNの報道記事がありますが、2025年時点でもなお新たに乳幼児の白骨遺体が見つかっているなど、非常に多くの赤ちゃんが遺棄されており、そして当時の施設で生き延びた方たちが今なお失われた人生やその時の記憶に苦しめられているのです。
信じたくないような凄惨な行いが、修道院という場で行われ、アイルランド政府公認で警察などの公的機関も黙認してきたという、とんでもなく胸糞悪い事件が、このマグダレン洗濯所なのです。
ちなみにこのマグダレン洗濯所を舞台として映画では、ピーター・マラン監督による「マグダレンの祈り」という作品があります。
こちらは収容された女性側の視点で描かれた作品となっており、高い評価を受けて2002年のヴェネツィア国際映画祭において金獅子賞を受賞しています。

「見て見ぬふり」を描く視点――本作のアプローチ
さて、実話に関しての整理が長くなってしまいました。
今作がそのマグダレン洗濯所についてどのようなアプローチをしているかというと、事件の渦中そのものにはカメラを向けません。
あくまでその現実を見ている、もしくは分かってはいるけれど見ないようにしている周囲の人間の目で描かれているのです。
見て見ぬふりをすること、黙っていること。
今作はそんな周囲の行動が、悪しき行為そのものの存在を許し、助長しそして加担してしまうということを描きます。そのうえで、一人の人間として何ができるのかと説いていると思うのです。
日常に潜む違和感――演出と映像の巧みさ
主人公のビルは炭鉱夫。毎日ルーチンのように炭鉱で作業して、お客のところへ石炭や石灰をトラックで運ぶ。そして家に帰ると、手を洗って食卓へ。
OPから彼の淡々とした生活が描かれていき、一見すると特になんのおかしさもない。
しかし巧妙な演出はカメラの画角の構成や音などにすでに組み込まれていました。フォーカスが全体には合わないカメラ。
これは見たいものにはピントを合わせるけれど、見たくないものは見ないという状況を示しているようです。
そしてビルのオフィスには電話がかかってきている。しかしビルはこの受話器を取ることはありません。後に娘が事務所で手伝いをしているときも、なり続ける電話にはビルは出ず、結局娘が受話器を取ることに。
電話は助けを呼ぶ声や、心の奥底での叫びを表すようです。その音にも聞こえないふりをして、平静を装って過ごしているということです。
撮影は彩度を落とし、陰鬱な空気が漂うばかり。厳しい環境であることも相まって、とても気分の沈むような色彩。
しかも、扉や窓、建物の構造などから人物が非常に狭い枠に収められるような画面構成が、行き場のなさや閉ざされた心を感じさせます。

寡黙な主人公と“ローキー”な語り
そのうえで主人公がまあとっても寡黙。ほとんど必要のないことをしゃべらないし、リアクションも薄い。
全編を通して音楽も少なく、ストーリーとしての抑揚も大げさにつけられていませんので、超ローキーな作品になっています。
だから退屈に感じたり、間延びしていると思ったり、眠くなるって人もいると覆いますが、私は主人公ビルを演じたキリアン・マーフィに常に圧倒されていました。
キリアン・マーフィの“存在そのもの”の演技
確かにビルは寡黙ですが、キリアンはビルの実在性を高める。
というか、俳優キリアン・マーフィがそこにはいなくなってしまい、アイルランドの厳しい環境の中でひたすらに家族のために働いてきた炭鉱夫がそこにいるのです。
表情を変えているというよりも、もはや顔そのものを取り換えてきたかのように別人になり切っている。
ここで重要なのが、ビルが培ってきた人生も、過去のトラウマも、抱える怖さも葛藤も。ちゃんと映画の始まる前に人生があったんだと信じられることです。俳優ではなく、ビルなのですから。
ビルは自身の母がひとり親という過去を持っています。運よく裕福な女性の世話になることができ、母には父親になってくれるような恋人もいた。
そしてその思い出と、母を失った悲しみを覚えている。自分に父がおらず母親しかいないことでうけたいじめも覚えている。
だからビルはマグダレン洗濯所で起きていることを他人事とは思えない。人生を奪われることだから、そして母も収容されていれば、自分も今の人生はなかったでしょう。
加えて彼は今や5人の娘の父親。修道院側からは娘への便宜まで持ち出されて詰められるビルですが、だからこそ怖い。娘もなんらかの規範違反として収容される可能性は否定できないのです。

小さな決断がもたらす意味
亡霊のような顔になりさまよいながら、目の前の現実を見つめ始めるビル。
圧巻の演技で、決して強いマッチョではない一人の男を演じきっている。ビルは子どもたちに目を向け始める。一人ぼっちで枝拾いをして歩く子ども、裸足で通りを歩き、雨水を飲んでいる少年。
自分と重ね、思い詰めていく。やるべきことは分かっているけれど、あまりにすべてに繋がっている。
大きな協会は町を飲み込んでいる。自分が反抗することが、自分も家族も破滅させかねない。
そんな彼が最後に決断し、おこした行動は、一人の少女を修道院から助け出すこと。大きな行動ではないし、これでマグダレン洗濯所の構造に打撃を与えることもない。
絶えず少女たちは収容されていくでしょう。
無力の中で、それでも行動するということ
しかし、小さな行動を起こせることが大切なのです。少しでも光をさせる。これはどんな人にも言えることでしょう。
目を向けて、ちゃんと聞き、そしてできる限りの行動を起こす。正しくあるために。
大きな不正や暴虐に対して、自分は何もできないと思うこともあり、無力さに打ちのめされる。そんな時、この作品は誰しもが少しでも現状を打破する力を持っていることを思い出させてくれると思いました。
ちょっと前情報の整理もあり長くなりましたが、キリアン・マーフィの抑えながらもドラマチックな演技や、撮影面、またなんかめっちゃ怖いエミリー・ワトソンなどすごくレベルが高く秀逸な作品です。
なんとか終了する前に行けてよかったです。今回の感想はここまで。ではまた。


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