作品解説

2021年の長編初監督作「ロスト・ドーター」で高い評価を獲得した俳優・映画監督のマギー・ギレンホールが、監督・脚本を手がけたゴシック・ロマンス。
孤独な怪物フランケンシュタインと、墓場からよみがえった花嫁ブライドの逃避行を軸に、愛、欲望、暴力、そして社会への反逆を鮮烈に描き出していきます。
主演ブライド役を「ワイルド・ローズ」や「ハムネット」のジェシー・バックリー、フランケンシュタイン役を「ダークナイト」シリーズのクリスチャン・ベールが務めるほか、ピーター・サースガード、アネット・ベニング、ジェイク・ギレンホール、ペネロペ・クルスら豪華キャストが集結しています。
スタッフ
- 監督:マギー・ギレンホール
- 脚本:マギー・ギレンホール
- 製作:マギー・ギレンホール、エマ・ティリンジャー・コスコフ、オスナット・ハンデルスマン=カレン
- 撮影:ローレンス・シャー
- 美術:カレン・マーフィ
- 衣装:サンディ・パウエル
- 編集:ディラン・ティチェナー
- 音楽:ヒドゥル・グドナドッティル
キャスト
- ブライド:ジェシー・バックリー
- フランク:クリスチャン・ベール
- ジェイク・ワイルズ刑事:ピーター・サースガード
- コーネリア・ユーフォロニウス博士:アネット・ベニング
- ロニー・エドウィン・リード:ジェイク・ギレンホール
- ミルナ・マロイ:ペネロペ・クルス
マギー・ギレンホール監督の新作が今度は劇場公開ということでなかなか楽しみにしていました。まあ本音を言えば、ジェシー・バックリーが出ている映画は絶対見ますが。
ちょうど、アカデミー賞主演女優賞をクロエ・ジャオ監督の「ハムネット」で獲得。その後に今作も公開。1週後にはその「ハムネット」が公開と、ジェシー・バックリーが映画館を席巻していることに。
それがただただ嬉しい限り。今回はせっかくなのでIMAXで鑑賞してきました。
しかし、まあ朝早い回だったからだと思いたいのですが、IMAXシアターにいたのは10人もいない観客。。。
〜あらすじ〜

1930年代のシカゴ。
自らを生み出した博士の名を継ぎ、“フランケンシュタイン”として生きる怪物は、人々から忌み嫌われ、孤独の中で日々を過ごしていた。
誰とも心を通わせることのできない人生に耐えきれなくなった彼は、高名な研究者ユーフォロニウス博士に、自分の伴侶を創ってほしいと願い出る。
博士は、事故で命を落とした女性の遺体を墓から掘り起こし、“フランケンシュタインの花嫁”ブライドとしてよみがえらせる。
やがて、ある出来事をきっかけに、フランケンシュタインとブライドは追われる身となる。2人の逃避行は、次第に人々や警察、そして社会そのものを巻き込みながら、やがて時代を揺るがす革命へと突き進んでいく。
感想レビュー/考察

“狂乱”で押し切る映画体験
俳優として活躍しながら、監督業も伸ばしているマギー・ギレンホール。
彼女の作品はNetflix製作、配信となった「ロスト・ドーター」がとても好きです。
その歳にも起用していたジェシー・バックリーとピーター・サースガードを再び起用して、今回はなかなか複雑な作品を作りました。
映画全体に言えるのは狂乱というべきか。
物量が多いのですが、そこで暴力的なレベルでのクラッカーボールが炸裂し勢いのままに押し切っていきます。
メアリー・シェリーという語り手の仕掛け
映画が始まるとすぐに闇のなかにジェシー・バックリーが登場しますが、こちらは「フランケンシュタイン」を執筆したあのメアリー・シェリーという役。
メアリーが描き出した怪物の物語は未完であり、本当に描きたかったこと、語りたかったことをここから見せていくと宣言する。
するとパーティ会場のなかで、神妙かつ不機嫌そうにも見えるジェシー・バックリーが映し出されます。
こちらはアイダという女性(その後も愛だと呼ばれますが、語り手がメアリーであり、彼女もアイダと呼ぶことにしようといっているため、本当のキャラクター名かは不明です)。
メアリーはアイダが抱えている心の裂け目から彼女に憑依すると言い出し、ストーリーが始まります。
以降作品で主人公となるのは、一人の女性に取り憑いたメアリー・シェリーということになります。

詰め込まれすぎたテーマとプロット
さて、メアリーが辿っていくのは死者の声の代弁と革命。
そこで狂乱という言葉がもう一度思い起こされるのですが、語ることが多い。
こんなに詰め込んだら、と言うくらいに、マギー・ギレンホール監督はプロットを押し込めています。
街を牛耳るギャングに口封じされた女性たちの復讐劇。
ひうては暴力的な男性社会によって文字通りに口を封じられてきた女性たちの逆襲。
そしてフランケンシュタインの花嫁という、怪物の花嫁としてのストーリー。
またボニーとクライドのような反体制犯罪者の逃避行。
人間の孤独とか女性経験の少ない男性の姿を、フランケンシュタインの怪物に込めていますし、癒しとしての役割をはねのける女性像はメアリーが体現します。
警察の汚職や贖罪なんかも入ってきて。
主張が先行する歪み
書き上げるだけでもやりたいことが非常に多い作品であると改めて認識できます。それが正直結構、作品がゆがむほどになっているのは認めざるを得ないです。
歪んでいるのは、そういった押し出したい首長が先行してしまっていて、一つのキャラクターアークとしては薄いということ。
ブライドも、フランクも皆が、監督が言いたいこと、描きたいことの体現をするための存在になってしまいます。物語を通して主張していくのではなく、主張のために物語を付けたような感じ。
なので、その点では鼻につく部分はありますし、消化不足な点も。もちろん盛り込みすぎていて疲れるのも。

フェミニズムの強いメッセージ性
あまりにも男性側が暴力とセックスに満ちていて、女性は被害者であり真に有能な存在であるという主張が分かりやすすぎるのです。
まさに、ブライドは「女性は誰かの花嫁になり、所有される」ことへの反抗を示していきますし。ペネロペ・クルスが演じている有能な刑事は、女性というだけで見下されバイアスのかかった視線を向けられる。
ユーフォロニウス博士が女性なのも、この作品の中でコンピテンスを持っているのは全員女性なんだというメッセージに思えます。
ただ、ある程度それを突き進めていくのは、フランクなんかよりももっと怪物的な、主人公ブライドのおかげでしょう。そして大部分は、素晴らしきジェシー・バックリーの力です。
もう狂乱の力でゴリ押ししている映画ってことですね。
クィア性と“属さない存在”としてのブライド
そもそもアイダがパーティで酔っ払っているシーンから、彼女は型を破るような存在ではありました。彼女は仲間内の女性とキスをしていて、それは悪ふざけのようではありつつ、その後も踏まえてクィアな表現ではあります。
フランクに対して従う関係にはならず、むしろ対等で異なる属性の持ち主として自立。フランクが少し覗き見るだけで立ち入りはしなかったナイトクラブに、グイグイと進んでいく。
そこは単なる若者のナイトクラブというよりも性的な盗作を感じさせる場所でした。クィアネスを感じさせる、そういう意味でも孤独で阻害された存在ということでしょう。
なににも属さず、突き放され無視されてきた存在の逆襲劇。

着地の分かりやすさと惜しさ
そんな着地に落ち着かせていくのですが、たたみ方もやはり分かりやすくちょっと退屈でした。
メアリーが語りたかったのは、生むことのできないフランケンシュタイン博士(男性)の生みたい欲求の続き、伴侶という所有物として生み出された女性の自立、反抗。
それが集約されていく物語としては、、、うーん、物足りないですね。
主張が前に出すぎる部分はやはり気になりますし、しかしそれを越えて行こうとするジェシー・バックリーの破天荒さと勢いは間違いなく光っているなと思います。
あとは最近はこの手の時代劇だと背景が明らかに張りぼてCG感があることが多かったのですが、今作はそこまでその嫌いがなくて良かったかも。
いずれにしてもマギー・ギレンホール監督はフェミニズムをテーマに、虐げられ追いやられた女性にフォーカスを当てていくのでしょうか。またつぎも作品をとったら見てみたいと思います。
今回の感想はここまで。ではまた。


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