「ワイルド・ローズ」(2019)
- 監督:トム・ハーパー
- 脚本:ニコール・テイラー
- 製作:フェイ・ウォード
- 製作総指揮:レスリー・フィンレイ、ザヴィエル・マーチャンド、ポリー・ストークス、ナターシャ・ワートン
- 音楽:ジャック・アーノルド
- 撮影:ジョージ・スティル
- 編集:マーク・エカーズリー
- 出演:ジェシー・バックリー、ジュリー・ウォルターズ、ソフィー・オコネドー、ジェームス・ハークネス、デイジー・リトルフィールド、アダム・ミッチェル 他
「イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり」のトム・ハーパー監督が、カントリー歌手としての成功を夢見ながら、自身の子どもたちとの関係や夢と現実に揺れるシングルマザーを描く映画。
主人公ローズリーを演じるのは「ジュディ 虹の彼方に」で印象的なジェシー・バックリー。
またローズリーの母親役は「パディントン」シリーズでミス・バードを演じるジュリー・ウォルターズ。
非常に高い評価を得ている作品で、イギリスのアカデミー賞であるBAFTAではジェシー・バックリーが主演女優にノミネート。また劇中バックリーが歌う主題歌も評価されています。
都内で小さくやっていた作品ですが、そこそこの人の入りになっていました。実は全然知らないノーマーク作品でしたが、完全に主演のジェシー・バックリー目当てでの鑑賞になりました。
ローズリンは麻薬がらみの罪で1年間服役、ついに出所の日を迎えた。
彼女にはカントリーシンガーとして成功するという夢があり、地元グラスゴーを抜け出し、ナッシュビルへ行くことが目標だ。
しかし彼女は未成年で生んだ2人の子どもがおり、これまで母に預けていた。自分が戻ったことで、今度こそ母親らしく務めを果たさなければと思いながら、同時に歌も諦められない。
そんな中、清掃員として仕事をする郊外の裕福な家で、家主が自分の歌と夢を応援してくれるのだった。
こういった田舎暮らしの主人公が、スター夢見る作品、夢追いタイプの作品てかなりあふれかえっているとは思います。
しかし、トム・ハーパー監督がここで描き出すのは、そうしたサクセスストーリーではなくて、一人の若い女性の、シングルマザーの人生だと思います。
とにかく愛に溢れて切なくともまぶしい、素晴らしい作品なのは間違いないので、劇場鑑賞をお願いしたい作品です。
この作品はことごとく、いわゆるサクセスストーリーから距離を置きます。
裕福で理解ある友人、主人公に光を見出す有名人、全力を出すチャンスであるステージ、夢の街への出発。
よくあるサクセスストーリーの要素はこれでもかと揃いながらも、決して繰り返し描かれてきたような方向へは話が進まない。
そういう意味では展開が読めないという楽しさもありましたがそれに加えて、とにかく夢と現実を正面から真っ直ぐ描いている作品なんだと感じました。
絶対に魅力に引き込まれてしまうのが、主演のジェシー・バックリー。
彼女の演技と歌唱、存在が全て完璧だと思います。
彼女自身、BBCのオーディション番組であるI’d Do Anythingでのパフォーマンスが認められてデビューをしたということもあり、その歌唱力は抜群です。
今作は一切の吹き替え?はなく、自身でパフォーマンスをして歌い上げています。
その歌声の素晴らしさや美しさ、楽曲のドラマとシンクロした内容含めて、サントラゲット確定案件になっています。
ただパフォーマンスシーンだけでなく、絶妙にダサい感じもする衣装の感じや、歩き方とかの所作、訛り、また緩んだ身体まで、グラスゴーで生きているローズリーを体現しているのもすごく素敵だと思います。
そもそもローズリーは、ムショ出てすぐに行くのが彼氏のところで、しかもサクッとセックスして終わりで、その後になって子どもたちの元へ戻るという女性。
約束忘れたり自己中だったりもう普通に嫌いになってしまうキャラですが、彼女もまた若い女性であり、一人の人間としての人生を探求したいのは当然です。
ジェシー・バックリーの笑顔の素敵さもあるんですが、うれしい時や哀しい時を共有していきながら、どんどんとローズリーが好きになっていきます。
そしてここで深く描かれていくのは女性の物語だと思います。
未成年での出産ですが、全く夫の存在は出てきません。子どもを扶養するのは完全にローズリー一人に負わされている。
だからこそ、スザンナの「子供ができてからは、自分の夢を追えなくなったわ」がかなり効いてきます。
女性は母になると、一人の女性としての生は諦めなきゃいけないのか。夢と現実、どちらも頑張ることはできないのか。
男性に全く役割のある人物が出てこない点含めて、女性、そして女性同士の友情、母と子の物語が巧く語られています。
母の告白を聞くに、女性、母としての取捨選択がある。でも親の愛はとてつもなく深かった。
似たような構図で、母とローズリーがそれぞれ子どもたちを残して廊下を歩くショットが繰り返されますが、バックリーとウォルターズそれぞれの表情の演技も見事で、母親にとって子どもを残し歩く辛さがすさまじく伝わってきます。
夢を追うことのリスクも知ってほしい、現実が非常に厳しいこともわかってほしい。守りたい。
その上での母との会話は胸を打ちます。夢追いタイプの作品で、ここまで本音を言う作品はあまり観たことがない。
そしてまたローズリーの旅はとても現実味を帯びたものになりますね。
目指していた地をやっと訪れるわけですが、彼女は客観性、異なる地を観て自分のこれまでいたところ、自分自身を見つめ直すことに。
バスの中、耳をヘッドフォンでふさぎ閉まった窓にもたれていた彼女は、夢の地で清々しく風を浴びる。
個々の描写が私のベスト。夢にまで見た地に来て、楽しくてワクワクして、すごくきらびやかにネオンライトや雑踏が描かれて。
私も憧れの街を歩いて、ローズリーのようにツアーとか参加して、それで自分をあらためて見直し、残酷ではあるのですが、生きる場所を知った気もします。
ここでもありきたりにはならず、ローズリーがいるべき場所をみていく。夢追い人の行き着く先はゴールではなく、次の目的地を教えてくれる場所。
そしてそれを経たからこそ、ローズリーはついに自分の歌を歌うのです。彼女の人生が詰まった歌を。
自分の夢、現実。あこがれの地と捨てられない故郷。誰しも一度は何か夢を見て、それで自分のサイズを知ってしまう。
普遍的なお話を、女性の人生やユニークな切り口と展開で見せたトム・ハーパー監督。そして何よりもその演技と歌唱力でスターとして輝くジェシー・バックリー。
サウンドトラックも本当に素晴らしく聞き入っています。これは上半期の終盤にとんでもなく素敵な作品に出会うことができました。
公開館数がかなり少ないみたいなのですが、都内に出れるという方などは是非とも鑑賞してほしい作品です。
ちょっと長くなりましたが、感想はここまでになります。
最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました。
それではまた次の記事で。
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