「しあわせな人生の選択」(2015)
- 監督:セスク・ゲイ
- 脚本:セスク・ゲイ、トマス・アラガイ
- 製作:ディエゴ・ダブコブスキー
- 音楽:ニコ・コタ、トティ・ソレール
- 撮影:アンドレウ・レベス
- 編集:パブロ・バルビエリ
- プロダクションデザイン:アイリーン・モントカダ
- 衣装:アンナ・グエル
- 出演:リカルド・ダリン、ハビエル・カマラ、ドローレス・フォンシ、ウリオール・プラ 他
スペインの映画監督セスク・ゲイによるコメディドラマ。
主演には「人生スイッチ」(2014)でボンビーノを演じたリカルド・フリン。また彼の親友役として、監督でもあるハビエル・カマラ。
今作はスペインのアカデミー賞であるゴヤ賞にて作品賞、監督賞、主演と助演男優そして脚本を受賞。批評家から高い評価を受けていますね。
公開してすぐと言うわけではないですが、2週遅れで鑑賞しました。少し小さいスクリーンに移っていたようですが、平日夜の割にかなり混んでいましたね。
笑い声があって、涙も聞こえる、そんな映画体験になりました。
カナダに住むトマスは、親友フリアンに会いに遠いスペインのマドリードまでやってくる。
トマスはフリアンがある決断をしたことを知っていて、彼の望みのために短い間だが共にすごし手助けをするのだ。
フリアンは自身の飼い犬であるトルーマンの引き取り手を探し、そしてしばらく疎遠である息子に会い、いとこのパウラらと夜を飲み明かす。
トマスはフリアンと共に過ごすうち、昔のような遠慮なく接する間柄を取り戻していく。もうすぐお別れだとしても、彼はフリアンの望みのためにこの4日間を大切に過ごすのだ。
セスク・ゲイ監督による今作は、一見すればコメディでありつつ、もちろんそれは最後の最後までしっかり保ちながらも、誰しもが直面しなければならない、別れについて真っ直ぐに向き合う映画でした。
とにかく笑わせつつも、ユーモアの中に胸の避けるような想いを入れ込み、カナダからきた親友とマドリードの元俳優のたった4日にすべての人生をみせ、さらに普遍的に観客の投影ができる器でもあります。
OPから全て始まっていて、というか、映画が始まる前から、ずっと前からこの人たちは生きている。
だからこそでしょうが、情報が序盤はかなり少ないです。名前から職業から、そして渡航の目的やフリアンの決断に関してなど、観客はあくまで会話から拾っていき状況を飲み込んでいく。
置いていかれている感覚もありますが、それよりも何か現実的な感触のある人間関係がすぐに感じられて良かったです。この点はアイラ・サックス監督の「人生は小説よりも奇なり」(2014)で描かれる人間関係の確かさに似ていると感じました。
既に起きたことに関して、振り返っていくフリアン。
彼とトマスの会話だけで、フリアンがテキトー男だったり、ヤラかしていたことなどが分かってきます。徐々に明かされていく(これを人物に話させないのも上手い)フリアンの訪問の理由。
フリアンとトマスの掛け合いが面白い中に、撮影面での関係変化なども見事に考えられていると感じました。
始めは長い空きの期間のせいかぎこちないトマスとフリアン、2人が同じ船に乗って行動するまでのちょっとした時間では、同車内でも別々に撮っているのです。
しかしそれでも、トマスだけを画面に映しつつ、フリアンの声を入れるなどにより、完全に聞く気がないとか、別離になっていないという絶妙な関係も素晴らしく感じました。
また今作では要所にゆっくりしたズームインがありますが、特にいとこにフリアンが打ち明けるシーンでは、彼の決断が揺るがないものであり、またもはや動き出していて止められないものだという印象も強めていました。
何かとお金をトマスに払わせてるのに、「遠慮するなって。」とか言っちゃうフリアンに爆笑です。彼は冗談が好きだし、大事なところで足踏みしちゃう人です。でも、この足踏みとかが非常に切なく、共感を呼ぶと思いますね。
本当に大事な人だから、言うべきなのはわかってる。伝えておかなきゃいけないのは当たり前です。でも、大切だからこそ心配させたくないし、傷つけたくないし、背負わせたくない。
フリアンの息子への深い愛情は、彼の人生に干渉するくらいなら何も言わず、自分よりも今愛する女性へ向かわせます。
あのシーンとか、後に元妻に会うところとか。泣けてきました。
何も言わなくたって、息子のあの表情で観客だって分かりますよ。言葉で「ありがとう。」とか「愛してる。」なんて言わなくても、父と息子のあのハグで全部わかるんです。
眼差しと抱きしめ方で全部伝わっているんですよ。親子だもの、喋んなくてもちゃんと分かるものです。
フリアンの人生、全部が分かるわけでもないし、トマスやパオラたちとの今までなんて、厚みがありすぎて把握はしきれません。
ただそれぞれのリアクションでどれだけの間柄かが分かり、この人物たちのドラマに感動してしまいました。
トマスとパオラのセックスも、あんなに切ないセックスは映画史でもなかなかないのではと思いながら観ていました。
大切な人を行かせることを覚悟しつつも、1人じゃ抱え込めない2人が、まさに慰め合うように。涙しながらのベッドシーンは素晴らしいです。
お別れの際にこそ、その人がどんな人なのかが出る気がします。
フリアンは傷付けた人に対してはしっかりと謝りたく、親友にはいつも通りのジョークで接したい。親類には湿っぽくなってほしくなく、心配をかけるくらいならユーモアで笑っていて欲しい。
この映画自体がフリアンその人のようでした。直接別れを告げたり、何か演説めいたことで伝えるなんてしないで、ユーモアで笑わせてくる。それでもそこから優しさも愛情も伝わってきます。
最後にはお別れですが、それは最期ではなかったですね。
さんざん悩んでいた愛犬トルーマンの引き取り手を決めます。ちゃっかり搭乗手続きとか申請とか済ませているフリアンが、最後までフリアンらしくてジョークも効いていて、そしてトマスを選んだことがまた良いものです。
ここでは去る人、残る人が逆転構造になりつつも、同時に両者にとって別れになっています。
大事な大事なトルーマン。もうひとりの息子を託せるのは、やはり大親友ですね。
確実な人物関係、加えて直接的な告白もなく、しかししっかりと人物らしい着地に落ち着いたお別れ。人間関係の描写の全くもって素敵で、だからこそいつか来る別れに対し、誰しも共感して観ていける作品でした。
感想はこれで終わりです。もともと規模の小さい上映のようですが、映画館で観れて良かったです。下半期の中ではかなりのお気に入り映画。それでは、また~
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