作品解説

1977年にアメリカ・インディアナポリスで実際に発生した立てこもり事件を題材にしたクライムスリラー。
名匠ガス・バン・サントが実話をもとに、犯人と人質、警察、そして事件を報じるメディアや世論が交錯する緊迫のドラマを描きます。
主人公トニー・キリシスを演じるのは、「IT/イット」シリーズで知られるビル・スカルスガルド。
人質となるディック役にデイカー・モンゴメリー、事件を追う刑事グレイブル役にケイリー・エルウィス、ラジオDJフレッド役にコールマン・ドミンゴ、テレビ局レポーターのリンダ役にマイハラが出演。
さらに、メリディアン・モーゲージ社の社長M・L・ホール役をアル・パチーノが務めています。
音楽は「バットマン」、「シザーハンズ」などで知られるダニー・エルフマンが担当した。
キャスト
- ビル・スカルスガルド:トニー・キリシス
- デイカー・モンゴメリー:リチャード・“ディック”・ホール
- ケイリー・エルウィス:マイケル・グレイブル
- マイハラ:リンダ・ペイジ
- コールマン・ドミンゴ:フレッド・テンプル
- アル・パチーノ:M・L・ホール
監督
- ガス・バン・サント
スタッフ
- 脚本:オースティン・コロドニー
- 製作:カシアン・エルウィズ、ジョエル・デビッド・ムーア、マーク・アミン、サム・プレスマン、マット・マーフィ、アンドレア・ブッコー、ベロニカ・ラダエリ、パウラ・パイセス、レミ・アルファラー、ヌーア・アルファラー、ゴードン・クラーク、シエナ・オバーマン、ビリー・ハインズ
- 撮影:アルノー・ポーティエ
- 美術:ステファン・デシャント
- 衣装:ペギー・シュニツァー
- 編集:サー・クライン
- 音楽:ダニー・エルフマン
そこまで公開規模も大きくないですし、ちょっと地味な題材な気もする今作。とはいえ映画ファンにとってはガス・ヴァン・サンと監督の新作ですし、ビル・スカルスガルドの主演ということでそこそこの注目はあったのではないでしょうか。
私も公開週末に早速鑑賞しに行ってきました。ちょうど連休中の公開だったのですが、人の入りはそこそこでした。
~あらすじ~

不動産投資会社メリディアン・モーゲージ社に財産をだまし取られたと訴える男トニーは、同社へ押し入り、社長の息子であり役員でもあるディックを人質に取る。
さらに、自身とディックの首をショットガンとワイヤーでつなぎ、どちらかが動けば銃が発砲する「デッドマンズ・ワイヤー」を仕掛けて立てこもりを開始。
警察も容易に手を出せない緊迫した状況が生まれる。
現場からメディアの取材に応じるという異例の行動を続けるトニーに対し、世論は「凶悪犯」と非難する声と、「被害者」として同情する声に二分されていく。
膠着状態が続く中、警察は強行突入の準備を進めるが、やがてトニーは事件の発端となった社長との直接対話に臨むことになる。
そして、その交渉の行方は誰も予想しなかった結末へと向かっていく。
感想レビュー/考察

ガス・ヴァン・サントが描く、絶妙に滑稽な実録スリラー
ガス・ヴァン・サント監督って久しぶりに見た気もしますが、ちょっと気の抜けた来週向けのスリラーとか撮るんでしたっけ?
今作は実際に起きた人質誘拐事件を再現ドラマのように追いかけていく作品。
ただその犯人の性質上、とても恐ろしいスリラーというわけにはなっておらず、むしろ絶妙な滑稽さ含めてやや切ない気持ちになるものでした。
1977年のアメリカを見事に再現した映像
1977年のアメリカを舞台に、撮影は基本クリアですが、時折当時のニュース映像のようにアスペクト比と画質トーン調整され、現在進行系の事件を再現。
街並みやどこか閑散とした雰囲気など撮影がうまく捉えています。
各パートで流れる音楽や、当時のファッション含めて時代への没入感は素晴らしいなと思い。
それ以上に面白いのは再現しただけでなく70年代に撮った映画のように感じるということです。
撮影監督はアルノー・ポーティエ。ほかの撮影作品では「ガルヴェストン」を観たことがありますが、いい仕事っぷりです。

怖いよりも、どこか可笑しいトニーという男
そんな70sの空気のなかで、即死装置をくくりつけた犯人と人々を追いかけ、銀行から犯人宅まで行ってさらに夜通し立てこもりに同行することになる本作。
その実録再現ドラマの緊迫感があるのですが、いやはや主犯の男がまた味わい深いのです。
やってることは自動殺人マシンの設計と人質誘拐立てこもり。
ですが犯人のトニーという男がどうにも間抜けで情けないのです。
彼なりに入念に計画を立てているつもりのようですが、仕掛けに全力で全体の流れをうまく組めておらず。
チグハグでちょっとポンコツな計画で進んでいくトニーの姿は怖さではなく滑稽さが感じられます。
トニーは「哀しいヒーロー」だった
彼の主張を整理すれば、民衆の味方。搾取的で詐欺的な大企業を相手に、市井の人として立ち上がっている英雄です。
ただ現実には英雄とは、フィクションに出てくるような姿ではない。
容姿端麗ではないし、カリスマでもない。名言も素晴らしい演説もない。
現実味たっぷりのトニーは、やり方も考え方も、その選択を間違えてしまっている。
哀しいヒーロー。

人質リチャードがあまりにも不憫
そんなトニーに人質にされているリチャードは、一番の被害者です。
トニーによる拘束の中で、絶妙な塩梅で交渉し続ける彼は、ただでさえマズい立場にいる。
でも極めつけの可哀想さは、父親トニーがやっと電話で繋がった時です。
トニーはホールに謝罪を求めます。しかしここで出てくる超ふてぶてしい貫禄あるアル・パチーノ演じるホールは、断固として謝罪しない。
それどころか、説教まで始めてしまうのです。
しかもその内容は「誰かを養って初めて一人前だ」とか「男なら自力で立ち向かうのだ。」などというマチズモの押し売り。
さらにリチャードにも「何やってる。しっかりしろ。」なんて切り捨ててしまう始末。
電話越しの画面でホールのそばで見守る母親がかわいそうですし、人質に取られてる最中に父親から説教されてしまうリチャードの不憫さときたら。
でも考えてみると、有害なほどの男性性と人でなしの倫理観がある人間こそ、ビジネスで成功する構図かも。

等身大すぎる反逆者、トニー
トニーは等身大の男。現状を大きく変えるような力は持ち合わせていないし、メディアにも本当に英雄視されているのではなく、視聴率のためのネタになっていることにも気づけない。
コールマン・ドミンゴ演じるDJと会話できて舞い上がってしまう、そんなレベルの男です。
おかしいのはトニーか、それとも社会か
しかし、監督は彼の”リアルな”反逆者像から疑問を投げかけます。
トニーは正気なのか、狂っているのか?
彼は精神喪失として最終的には無罪になります。ただ彼が本当に精神疾患があるとは思えません。
彼の怒りは狂気なのか?
こんな搾取社会と、それ自体をネタとして消費するメディアと。それに怒らないほうが狂っていないか?
まともな要求をするのに、狂気と言われなければいけない状況と社会こそおかしいのではないか?
今作のどこか苦い味わいは、トニーを単なる犯罪者とも、愚者とも見れず。彼に言っていることにはどこか賛同できてしまうところにあります。
この映画自体がメディアで、彼を滑稽に映しながらも、私たちにおかしいのは彼か社会か問うているのです。
ビル・スカルスガルドの演技の幅と、カッコいいのにダサだめ男もできるパフォーマンスも見もの。
時代の空気づくりなども良くて良い作品でした。
今回の感想はここまで。ではまた。


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