作品解説

「女は二度決断する」、「愛より強く」などで知られるドイツの名匠ファティ・アキンが監督を務めたドラマ映画。
第2次世界大戦末期のドイツを舞台に、母親の願いをかなえるため奔走する12歳の少年ナニングの姿を通して、戦争の終わりを迎える人々の暮らしと、時代の大きな転換点を描きます。
自伝的小説を映画化
原作は、ドイツの俳優・映画監督・作家であるハーク・ボームが自身の幼少期の体験をつづった自伝的小説。
ボームはファティ・アキン監督の恩師でもあり、本作では脚本も担当。自身の記憶をもとにした物語を、アキン監督が映画として映像化しました。
監督・スタッフ
- 監督:ファティ・アキン
- 製作:ファティ・アキン、ヘルマン・バイゲル
- 原作・脚本:ハーク・ボーム
- 脚本:ハーク・ボーム、ファティ・アキン
- 撮影:カール・ウォルター・リンデンローブ
- 美術:セス・ターナー
- 衣装:ブリギット・ミサール
- 編集:アンドリュー・バード
- 音楽:ハインバッハ
キャスト
- ジャスパー・ビラーベック:ナニング
- ローラ・トンケ:ヒレ
- リーザ・ハークマイスター:エナ
- キアン・ケップケ:ヘルマン
- ダイアン・クルーガー:テッサ
- デトレフ・ブック:サム・ギャングスターズ
- ラース・イェッセン:アルジャン
- ジャン・ゲオルグ・シュッテ:オンノ
- マティアス・シュバイクホファー:テオ
〜あらすじ〜

第2次世界大戦末期の1945年。ドイツ北部に浮かぶアムルム島では、本土へ向かう爆撃機が上空を飛び交う一方、戦火とは無縁かのような静かな時間が流れていた。
この島へ疎開して暮らす12歳の少年ナニングは、戦地から戻らない父に代わって農作業を手伝い、家族を支えていた。
そんなある日、妊娠中の母ヒレが、心酔していたヒトラーの死を知る。最愛の指導者を失ったショックから、ヒレは次第に心身のバランスを崩し、生きる気力さえ失ってしまう。
食事を拒み続ける母が、唯一口にしたいと願ったのは、たっぷりのバターとはちみつを塗った白パンだった。
戦争によって揺らぐ家族の暮らしの中で、ナニングは母の願いをかなえるために奔走することになる――。
感想レビュー/考察

戦火の中で生きる子どもたち
最近イラク映画「大統領のケーキ」を観たのもあり、戦火の中の子どもというテーマの映画が続きます。
第二次世界大戦のなかでドイツ側にいて、終戦を迎えていくなら「ジョジョ・ラビット」もかなり近しいものになるでしょうか。
今作は戦争の間、市民生活のなかで子どもが置かれる状況としては「大統領のケーキ」に近かったかと感じます。
男たちは徴兵され、地元産業の漁師などはのこっているものの、気丈な女性たちが中心の家に、少年はいる。
主人公のナニングはまだ小学校高学年か中学生くらい。そんな彼が母のために白パンづくりの材料と、バターとハチミツを求めて島を奔走していく。
ただ物資が少なく、等価交換を求められ、皆ナニングを子ども扱いはしないのです。
爆撃機が飛ぶ空の下で
映画が始まってすぐに、畑を耕す手伝いをしているナニングに向かって、爆撃機が編成を組んで飛んできます。
海岸線沿を爆撃した機は頭上を飛んで去っていきますが、戦争の近さを視覚的に見せた印象強いシーンです。
ナニングたちが暮らすアムルム島こそ本土からは離れていますが、決して戦火は他人事ではなくすぐそこにあるということです。

母はナチスを信じ、島の人々は疲弊している
ナニングの母は、夫がナチスの高官であったりすることから親ナチス派です。そのため島で終戦を、ドイツ敗戦を口にする人を嫌っています。
ダイアン・クルーガーが演じているテッサも、母の嫌う一人です。
戦争で農業に打撃を受け、男手を取られ、物資も不足している。そんな状況が長くなり、もはや国の勝利などどうでもいい。
ただそういった大人たちに対して母は厳しい言葉をかけます。
ナニングの気持ちは複雑ですね。周囲の大人たちには世話になっているけど、母は悪く言う。また母を悪く言われるのも辛いです。
白パン探しの旅が、少年に世界を教える
ナニングはどうやら、ハンブルクのほうで結構いい生活をしていた。それが仕事をして食料を稼いだり、いろいろなことを自分でやらなくてはいけなくなった。
鳥の卵を盗んでみて、命を奪ってしまうことを体験し、ウサギを殺すことも裁くことも経験していく。アザラシもそう。
この世界で戦争により人間が殺しあっていることが背景にはあるけれど、そのなかで生き抜くための殺しも体験していくのですね。
少年はある程度無垢な世界の中で、今回の材料集めの旅を通して世界を認識していく。自分の母が置かれている状況やその息子である自分のこと。
無邪気に白鯨とドイツを比べていた序盤は、どこか他人事であったような親ナチス派であること。それが引揚者や島の子どもたち、音たちととの話から自分の現在地をより解像度高く認識していくのです。

息を呑むほど美しい映像
ナニングの成長は子どもにとっては過酷ですが、それを切り出していく監督、撮影監督が見事すぎて見言ってしまいます。
とにかく作品内の撮影の、画の美しさは見どころです。
少年が自転車を押して歩く干潟。鳥の巣がある草原。ハチの巣のクローズアップや夜闇の細道。
自然は厳しくも、なんとも美しい。緑や青、土も石も。
知らなかった歴史と向き合う瞬間
ナニングは叔父の夢を見ます。それはユダヤ人の女性を愛したことでナチスから批難、追放されアメリカに逃げた叔父。
きっとユダヤ人女性は殺されてしまったでしょう。
そうした事実も、いままでは知らなかったし知らないままでいられたのです。しかし、終戦と母のための冒険が、ナニングの周囲を照らして様々なものが見えてくることになった。

少年時代の痛みを呼び起こす物語
ナニングは打ちのめされていくけど母のために頑張る。その時の一人の怖さとか悔しさが、どこか自分自身の過去すら呼び起こすようです。
叔母に自転車を勝手に乗るなと言われて、その自転車を満潮でなくしてしまった。
帰って来たら一発叩かれる覚悟もあったけど、叔母は抱きしめてくれた。その唐突な優しさ。
親ナチスの叔父さんの家にもう一度行ったとき、彼が拳銃自殺していたこと。怖いものを見ないように閉めるドア、オバケかと思うように再び開くドア。怖くて走り逃げていく。
なぜか思い出や記憶をめぐるような感覚です。
母を理解するための回想
終幕でナニングはついに、我慢が限界に達して母に泣きついてしまう。でもそこで母には突き放されてしまう。
このシーン、ナニングの視点では本当に悲しいし切ないけど、でも俯瞰して母の立場や気持ちも理解したような思いを感じます。
二人をカメラの中にとどめて、母とナニングを決して分離はしない。
回想だから、この頃のみ詰める今の視点で、母の気持ちも分かっていると伝えているようです。
思い出の地を後にしたことと、終戦間際に大人になりすべての物事を見つめたこと。つらかったけど、母を愛していて今なら気持ちも分かること。
非常に美しい撮影に、ナニングを演じたジャスパー・ビラーベック君の画面での存在感。どれもとても良い作品でした。
こちらはおすすめ。
今回の感想はここまで。ではまた。


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