「パッドマン 5億人の女性を救った男」(2018)

  • 監督:R・バールキ
  • 脚本:R・バールキ、スワナンド・キルキレ
  • 原作:トゥインクル・カンナー 「ザ・レジェンド・オブ・ラクシュミ・プラサード」
  • 製作:トゥインクル・カンナー
  • 音楽:アミット・トリヴェディ
  • 撮影:P・C・スリーラム
  • 編集:チャンダン・アロラ
  • 出演:アクシャイ・クマール、ソーナム・カプール、ラーディカー・アプテー、ゾーティ・スバーシュ 他

第31回の東京国際映画祭でも上映されたインドの伝記映画です。

日本公開が12上旬と決まっていたので、映画祭では観ずに待っていました。

インドで生理用ナプキンの低価格での大量生産を成功させ、健康問題に革命をもたらした、アルナーチャラム・ムルガナンダムを題材に、トゥインクル・カンナーが発表した短編小説を原作とした映画です。

以前はほぼ観たことがないという状態だったインド映画ですが、最近は少し観る数も増えました。

今作は別にインド映画だから観たわけではなくて、題材となるアルナーチャラム・ムルガナンダムさんを知りたくなったので観ましたね。

私は彼のことをこの作品を観るまで全く知らなかったですので、その事実との関連性に関しては今回詳しくは話せません。

モノ作りが得意なラクシュミは、ある日妻が汚い布をひっそりと干しているのを見つける。妻はその布を、生理時のナプキンとして使用しているのだ。

あまりの不衛生さに衝撃を受けたラクシュミは、薬局で生理用ナプキンを購入しに行くが、それはとても高価なものだった。

妻の健康を心配する彼はなんとか自作のナプキンを作成し、妻に使ってもらおうとするが、インドでは生理のことを口にするなど言語道断。

試作品を配ろうとするラクシュミは村中から恥さらし、変人扱いされてしまい、挙句には、妻も実家に連れ戻されるまでになってしまった。

しかし、ラクシュミは妻のため、ナプキン作りをあきらめていなかった。

今作はインド映画のその陽気な部分を前面に押し出した作りになっており、音楽や画面の色彩など含めてとても明るい作風になっています。

しかし、その鮮やかさとコメディチックに展開される人間模様の中に、着実にインドの社会が抱える、とっても根深い問題を提示して見せています。あ

まり暗くさせずに誰でも見やすいものにしながらも、社会問題に目を向けさせ、みんなの意識を向けさせるという意味で、見事なデザインの作品だと感じました。

その明るさは主人公であるラクシュミカント・チャウハンさんの性格にもあるかと思いますね。彼が他人を悪く言うことがないことと、めげない精神の持ち主で、村八分から放浪、変質者扱いという散々な状況でも常に前向きなので、しっかりリードしてくれています。

彼を通して、インド社会でのタブーを見せていきますが、あまり他人事には感じませんでした。

女性の体のことについて公に話すことは日本でも憚られていることですし、何より男性の介入のなさと言うか。理解は日本もあまりないように思うのです。

ラクシュミは干されている布を見るまで、妻の健康管理を知らなかったことになりますし、診療所に行くまでは感染症の危険性や社会問題も知りませんでした。

私も正直、自分で行動する機会がなかったら、生理のこととか全然知らなかったですからね。

そして、男は知らなくていいみたいな風潮、空気があるのも苦いところです。マイク・ミルズ監督の「20センチュリー・ウーマン」で、生理のことくらい気軽に話せるようになれってのを思い出しましたね。

人命を前に文化宗教を重んじてしまうというのは、色々な場面で残っていると思います。

ただそこに対して難しく、社会的文化的なアプローチを取らなかったというのは、今作が誰にでも楽しめる理由だと思います。

私たちは大局ではなく、妻を愛し、行動に出た一人の男を見ていけば良いのですから。

また、パッドマンというヒーローの位置に関しても、今作のスタンスは好意が持てました。

女性問題の解決に男が立ち上がって、結局ヒーローがいないとダメだという上から目線なものではなかったのです。

この作品は、女性問題を男性が解決してやろうなんて下品な意味合いもなく、それよりもむしろ、女性に対するケア・サポートそして何よりも理解や知識関心を高めようという気持ちにさせてくれました。

実際、ラクシュミカントさんを助けたのは、ほかならぬ女性のパリーですし、彼が生産を拡大できたのも、村の女性たちが参加してくれたおかげです。そして、そもそもの動力源は、奥さんですからね。

彼が提示するヒーロー像というのが、私はとても好きです。

彼は終始、大切な妻のために行動しています。身近な人を愛すること。それだけです。

商業主義的な道への誘いすら彼は断ってしまい、ちょっと切なくもロマンスも振り切って純粋に、まっすぐ進むのです。

彼は空も飛べず、素手で鋼鉄を曲げることもできません。

ラクシュミは学もなく、修理工としてのスキルだけで生きてきました。家柄もそんなスゴい感じでもないようですし、特別な人ではないんです。

ただ、だからこそ彼がヒーローになる意味があると思います。

つまり、大きな社会変革やたくさんの人を幸せにするのに、特別な存在である必要はないということです。ただ、大切な人を想い愛するだけ。それだけなんです。

それができれば、誰だってヒーローになれる。そのメッセージがとても熱く素敵です。身近な誰かを愛することが、社会を変える一歩になると教えてくれるスーパーヒーローの物語でした。おススメ。

感想はこのくらいで。インド映画ももっともっと観ていきたいと思います。それではまた次の記事で。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です