作品解説

人手不足の満床病棟を舞台に、看護師に降りかかる激務とトラブルをリアルに描いた社会派ヒューマンドラマ。
第75回ベルリン国際映画祭で上映され、本国スイスでは4週連続1位を記録。ドイツやオーストリアでもヒットし、第98回米アカデミー賞国際長編映画賞のショートリストにも選ばれました。
監督はペトラ・フォルペ。看護師という仕事に敬意を込め、病院を現代社会の縮図として描いています。主演のレオニー・ベネシュは実際に病院で研修を受け、徹底した役作りで作品を支えました。
英語でのタイトルは遅番となっていますが、原題は「HELDIN」=ヒロインという意味です。過酷な医療現場での看護師を英雄と称えているのですね。
小さな作品なのですが、レオニー・ベネシュは注目の俳優ですしまた評価の高さに惹かれて観に行きました。
大きな映画館ではないにしてもほとんど満員くらいに込んでいました。
〜あらすじ〜

州立病院で働く看護師フロリアは、献身的で責任感の強い人物。
だがある日、同僚の急な欠勤により遅番の現場は一気に逼迫し、満床の病棟を回しながら看護学生の指導まで担うことになる。
張りつめた状況のなかでも、フロリアは不安や孤独を抱える患者一人ひとりに真摯に向き合おうとする。
次々に押し寄せる対応に追い詰められ、やがて彼女は取り返しのつかない重大な局面へと直面していく。
感想レビュー/考察

仕事の最前線に張りつく、体感型の“看護”映画
仕事を切り取っていく映画。プロフェッショナル映画。
その職業の裏側に迫るとか、そこから業界の闇に迫るとか。
今作も仕事映画の系譜にあたりますが、仕事のリアルをドキュメンタリータッチで伝えていく、そして主人公と共に職場見学のように1日中張り付いて病院内を奔走する体感型の作品。
なのでものすごく疲れます。特に見ていて、精神的にもくるところが多いです。
頭も使っていくし記憶力も必要。一つ一つが医療行為上にあるために、所作動作手順どれも緊張が走る。
息抜きもないままに上映時間中動き回り集中し続ける。
フロリアと一緒に“勤務に入る”ような没入感
映画は主人公が出勤するところから始まる。
交代制で午後から入って深夜まで。新しいきれいなスニーカーを出して気合を入れているフロリア。新人の看護師の面倒も見なくてはいけないし、休暇で人がいない。
厳しい条件の中でシフト開始と思えば、カメラはドキュメンタリーのように彼女にくっついて、病院のあちこちへ歩き回っていきます。
徐々に何かが起こっていくというよりも、進行形の中に叩き込まれるぐらいの混乱です。看護師に対しての説明や業務の依頼という形で、最低限の情報は伝えられます。
しかし、フロリアに対しかかり続けてくる電話も、ふと声をかけられる頼まれごとも。患者やその家族からの質問にお願いにクレーム。
情報が非常に錯綜する。頭を使います。

ギリギリ追いつける情報負荷が、観客まで追い詰める
マルチタスクが続いていくんですが、観客に対してもう無理だというほどにしないのがとても巧いと思います。情報負荷のかけ方です。
単純作業系もあれば、精神的にくる依頼もある。しょっぱなから認知症と思われるお年寄りの漏らしたベンの処理から始まっていくので、「これが普通だから覚悟しておけ。」といわんばかり。
ただ常に3つくらいにタスクを抑えて、1つ終わるところで別の依頼が横やり入れてくるって感じ。
だからギリギリついていけるし、「これやっている間にもさっき言われた荒れ放置しちゃってるな・・・」とか、「うわ、あの患者(もしくは家族)のところ行きたく・・・」とか、思考の余地が用意されている。
だから観客はフロリアと同じく仕事をこなしていくし精神負荷も受け、作品の中により没入できるようになっているのです。
また病院内のつくりについてもはじめは分からないですが、何となくの構造理解ができるようにはなる。そして時には外と内、上と下といったような空間構造も利用し、カメラはフロリアを追いかけていきます。
小道具が語る、優しさと現場の重み
小さなアイテム使いが巧いところもあります。タバコや時計、この辺は患者との関係性や象徴的なアイテム。
煙たい存在とか、でもちょっと息抜きとか。時計はそのまま時間に追われたり時間を失ったり。
鎮痛剤他の医療道具の扱いはやはりプロの現場への目線があるし、とにかく抜け漏れない、何かするまえには必ず手指の消毒をする行為。
あとは、小さなお菓子をフロリアが準備しているところ。すっごく後の方で回収されますが、小ずれが来るからその子たちのために用意するって、それだけでもフロリアがいかに優秀な看護師なのか見て取れます。
医療従事者としてだけでなく、人としての優しさや心づかいがあるのです。
そして終盤にも繰り返し出てくるスカーフ。亡くなってしまった女性の首にフロリアが巻いてあげる。その後の霊安室のシーンでは、女性の足の指にネームタグがくくられます。
この対比も効いて、フロリアの温かさがとてもよく、スマートに彼女の人格を描いていました。

実録ではなく映画として成立させる、絶妙なドラマのさじ加減
たしかにそれぞれのドラマ部分に関して、映画らしい嘘とか都合の良さはあると思います。しかしそれは単なる医療現場の実録映像にはしないフレーバーとして逆に良いものと思いました。
医療現場へのリスペクトは確実にあるのです。観ていて「助産師たちの夜が明ける」を思い出しました。
先ほど言ったような消毒描写とか、淡々としながらも様々な患者と家族と向き合って生き、常にマルチタスクをこなす。それもすさまじいことです。
“言わない”ことで伝わる、看護師としてのプロ意識
あと特に私が感じたのは、セリフ回り、ダイアログの演出です。フロリアは良い人です。しかし、時に回答を避けています。
「大丈夫ですよ、良くなりますよ。」そういった無責任な発言はない。回答できないものは回答しないし、変に感情的な返しもしない。
このあたりのセリフ構成とかが個人的にすっごくリアルに感じました。確かに患者を安心させるとかのケアもホスピタリティに入っていますが、迎合するとか機嫌をとるとか、明言できないことを言ってしまうことは違う。
あえて口を閉ざしているような描写が、責任をもって実務にあたる看護師としてのプロフェッショナルさを高めていました。

過酷な現実のなかに差し込む、ささやかな救い
そういった全てにおいて、大きな感情の発露を伴わずに、いかにフロリア感情をおさえているのかを見せたレオニー・ベネシュ。「セプテンバー5」でも素晴らしかったですが、彼女の演技あってこそ成立する作品です。
疲れ果てて、怒りが爆発してしまったフロリア。それでも思い直し謝罪をする。患者に対しても、アメリーに対しても。
彼女も人間で、限界がある。そんな彼女の気合の入ったスニーカーも、すっかり汚れてしまった。たった一日で。
OPと対になるラスト、バスの中で揺られるフロリア。隣に座る女性の首にはあのスカーフが。今日一番ショックだった、人を亡くしてしまった事。それに対する慰めのような優しさでした。
これがたった1日の話で、明日もまた出勤するという看護師。これが現実。医療現場の緊迫した実情をリアルかつ映画らしい救いも交えて描き上げたとても良い作品でした。
今回の感想はここまで。ではまた。


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