「マダム・フローレンス!夢見るふたり」(2016)
- 監督:スティーヴン・フリアーズ
- 脚本:ニコラス・マーティン
- 製作:マイケル・カーン、トレイシー・シーウォード
- 製作総指揮:キャメロン・マクラッケン、クリスティーン・ランガン、マルコム・リッチ―
- 音楽:アレクサンドル・デプラ
- 撮影:ダニー・コーエン
- 編集:バレリオ・ボネッリ
- 衣装:コンソラータ・ボイル
- 美術:アラン・マクドナルド
- 出演:メリル・ストリープ、ヒュー・グラント、サイモン・ヘルバーグ、レベッカ・ファーガソン 他
史上最悪のソプラノ歌手として有名なフローレンス・フォスター・ジェンキンス。彼女の1944年、ニューヨークはカーネギーホールでの伝説の公演を映画化。
監督には「クィーン」(2006)のスティーヴン・フリアーズ。マダム・フローレンスを大女優メリル・ストリープが演じ、彼女を支える夫にはヒュー・グラント、夫人の伴奏を務めたピアニストのコズメにはサイモン・ヘルバーグが出演。
って、サイモン・ヘルバーグ?と思いましたが、どうやらテレビシリーズで活躍していた人のようですね。
実在のマダムのことは全く知らずに観てまいりました。もともとアメリカで予告を観ていて、東京国際映画祭でもオープニング作品だったので、印象はついていたものです。
劇場にはなかなか人がいたのですが、年齢層がかなり高めでした。若い人への訴求力は弱いかな?笑いに包まれる劇場で、最後には涙するひともチラホラ。
ニューヨークで音楽支援団体を運営し、自身も公演を行うマダム・フローレンス。多くの高名な作曲家や指揮者と友人であり、彼女自身の歌も高い評価を得ていた。
公演には少数の選ばれたお客だけが招待され、彼女は特別なアーティスト。
しかし、実はマダムは奇跡的な音痴だったのだ。夫のシンクレアがすべてに根回しをし、彼女を傷つけないお客を選び、評論家や音楽家を買収していたのが支えだった。
マダムは何も知らずに、自分の才能を信じ、歌の練習をしていく。
そして、ついにマダムは、有名なカーネギーホールでの公演を決断するのだった。
さて、宣伝でも言っているように、今作では音痴のマダムを中心に周りが奔走し反応します。物語の核だけ取り出してみれば、内輪の茶番劇と言ってもいいでしょう。
才能のない女性を必死に周りが仕立てあげて、才能があるような気分にさせている、ただそれだけなんです。
その設定だけで見るとどうしても観客がいらつく可能性がありますね。
しかし、今作はそこはあからさまにしておき、さらにコメディとして扱うことで観客も一緒になってそのおかしさを笑うことができます。
笑いにはリードが不可欠。メリル・ストリープに不可能はあるのか?そう思うほどに彼女のマダムっぷりは完璧だと感じました。
色々なジャンルをこなす彼女ですが、今回は歌が上手いゆえに下手に歌えるところはもちろん、愛嬌のすさまじいこと。マダム・フローレンスに対して、羨望も嫉妬も嫌悪感もわかない。これだけ甘やかされた設定の人物なのに。
ストリープの見事な愛くるしさ、無垢さというのが非常に大きな役割としてあると思います。
マダムはアミュレットと言ってアームレットを受け取る。別に間違いを正すわけでもなく、シンクレアも指摘しない。ただ、そのままでいいのです。それは本当に子供を観ているかのようでした。
彼女を笑う。それがこの映画の醍醐味かと思いますが、見事に悪意が取り払われたものですね。
笑ってくれと言わんばかりの大きな器を持って、ストリープ自身が大いに楽しんで演じていました。本人が楽しそうですから、笑いながら観ていてこちらも楽しいのです。
そんな彼女の周囲、その反応と変化も面白いと思いましたね。
やはり音痴ではあるけれども、お金という非常にいやらしい理由で付き合う人々。指揮者や歌唱指導の先生、コズメ含めてみんなちゃっかりもの。
そして夫であるヒュー・グラント演じるシンクレアも、傍から見れば浮気をしている悪い男ですね。
ただどの人物も決して悪い人としては描かれていないと思います。
マダム側orそうでないかの違いのみが今作では重要かと。作中出てくる新聞記者はマダム派にとっては手ごわい相手ではありますが、あの視点がなければ完全に不健全な金で芸術を私有化する話になってしまいます。
マダムを囲む人、笑う人、みんな最後はその純粋さに惹かれ応援するようになりますね。ちょっと下品なあの女性も、レベッカ・ファーガソン演じるシンクレアの浮気相手だって、マダムを応援します。
一生懸命さと、突き抜けて勘違いした自信を持つマダム・フローレンス。
彼女への愛こそがこの映画の鍵です。監督スティーヴン・フリアーズは、彼自身がマダムが大好きなのでしょう。
シンクレアのそそぐ無償の愛、限りない応援は涙しそうになるほど美しく、なによりヒュー・グラントのあの演技が素晴らしい。
軽薄そうで誠実な素敵な紳士。冒頭でシェイクスピアの話をし、「何度も演じましたよ。主要な役はやったことないですが。」というシンクレア。
演技をあきらめた彼は、音楽を愛し続けるマダムに、夢を見せてあげたかったのだと感じました。
今作を楽しめるかは決定的に、マダムが好きか、寄り添えるかどうか。
最後には残酷な真実を明かし、しっかりと彼女の行為の危うさと不正性も入れ込みつつ、それでも愛をもって描かれるマダム。もし彼女が好きになれないのであれば、今作は単に苦痛でしょう。
私は好きです。マダムのチャーミングさに魅せられ、監督の愛も伝わりつつ盲目的ではない苦い部分も入れていることは偉いと思います。
「歌はうまくないけれど、歌ったことは変えられない。」
何かしらの創造をしている人には絶対に響く言葉だと思います。エンターテイメントは楽しみ楽しませること。それを愛する心があればいい。愛することに上手いも下手もありませんからね。
一人の人間を愛して作られた映画。私は魅せられた派なのでおすすめします。
ということで、今回はおしまいです。そういえば今作、ティム・バートン監督の「エド・ウッド」(1994)にそっくりな気がしますよね。それでは~
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