「ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命」(2023)
作品概要
- 監督:ジェームズ・ホーズ
- 製作:ジョアンナ・ローリー、イアン・カニング、エミール・シャーマン、ガイ・ヒーリー
- 製作総指揮:サイモン・ギリス、エバ・イェーツ、バーバラ・ウィントン、マリア・ローガン、アン・シーアン、ピーター・ハンプデン
- 脚本:ルシンダ・コクソン、ニック・ドレイク
- 撮影:ザック・ニコルソン
- 美術:クリスティーナ・ムーア
- 衣装:ジョアンナ・イートウェル
- 編集:ルシア・ズケッティ
- 音楽:フォルカー・ベルテルマン
- 出演:アンソニー・ホプキンス、ジョニー・フリン、ヘレナ・ボナム・カーター、ジョナサン・プライス、ロモーラ・ガライ、アレックス・シャープ、レナ・オリン 他
作品についてはあまり事前情報はなくて、なにやらこのニコラス・ウィントンさんはイギリスのシンドラーだと言われているような方らしいというのを調べた程度でした。アンソニー・ホプキンスやジョニー・フリンなど俳優陣が良いのと、評判も良かったので鑑賞することに。
公開週末の朝の回で観に行ってきましたけど、そこまで人はいなかったですね。
「ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命」の公式サイトはこちら
~あらすじ~
イギリスに住むニコラス・ウィントン。家の中にいろいろなものをため込んでいる彼は、妻のグレーテに、クリスマスに子どもたちが来る前に荷物を片付けるように言われた。
彼は部屋を整理し始めるのだが、ラックにしまっていた一つのカバンをどうすればいいのか分からない。そこにはある過去のスクラッチブックが保管されている。
それは49年前のこと。1938年、第二次世界大戦の勃発直前。
ナチスから逃れてプラハに辿り着いた多くのユダヤ人難民たちは、悲惨な生活を強いられていた。実情を知ったニコラスは、正しいことをしなくてはいけないと決意し、子どもたちをイギリスに避難させるための活動を組織し、仲間たちとともに里親探しや資金集めに奔走した。
ナチスの侵攻が迫る中、子どもたちを次々と列車に乗せて避難させるが、ついに開戦の日が訪れてしまい、プラハにもナチスが進行してきたのだった。
救出できなかった子どもたちのことが忘れられず、自責の念に駆られ続けていたニコラスのもとに、BBCの番組「ザッツ・ライフ!」の収録への参加依頼が届く。
感想レビュー/考察
まんまと泣かされる真摯な映画
設定として分かりますが、感動ものです。実際の奇跡のような人道的な活動とその中心にいた偉大な人間たちを描きますし、その後何十年と時が経ってからの再会まで入っています。
お涙頂戴物のバリューセットです。なので普段はこの約束をされると逆に涙が引っ込むはずなんですが、悔しいことに散々に泣かされてしまいました。悔しい。
この功績はすべてこの作品を作る姿勢にあります。
映画を最後まで見ると、この作品にかかわる人たちがいかに、このニコラス・ウィントンという人を、彼と仲間たちが成し遂げたことを理解しているか分かります。
とにかくこの題材に対して真摯なのです。
悪く言ってしまうと、この手の感動の実話は、映画や小説、エンタメにとっては恰好の獲物ですよね。多くの人に割と手軽に感動を与えられて、人を集められるのですから。
これはニコラス・ウィントンの話ではない
しかし作品の中でもニコラスはこの活動と功績を「これは私の話じゃない。」と言っています。彼は自分自身の英雄的行為を知らせたいのではなく、当時の政府の支援のなさや国際社会の無関心が、迫害と侵略にあった家族と子どもたちを救わなかったことを知らしめたいのです。
主演のアンソニー・ホプキンスが今作についてのインタビューに答えていて、そこで「私の演技の評価はともかく、本作が人々に影響を与えてほしい。歴史を風化させないでほしい。人々はすぐに忘れてしまうから。」と答えています。
だからニコラスも作中で「この歴史から学ぶことがある。」と言う。そしてこの姿勢とニコラスの想いに応えるように、この作品は事実に対してフォーカスをし、ニコラスを聖人として祭り上げるようなことはしないのです。
そしてだからこそ、その抑えられたトーンゆえに純粋な事実から心を揺り動かされます。
私たちは”普通の人たち”か
プラハで活動を開始するとき、ニコラスはなぜこのような行動に出るのか、現地で活動しているドリーンやトレヴァーに聞かれます。
そこで彼は「普通の人がすることをするんだ」と言っています。
彼は母に教えられた通り、困っている人がいて助けを求めていれば手を差し伸べることをしたいと思い行動する。
とても印象深いシーンでした。この第二次世界大戦の開戦直前におけるプラハの様子は、あくまで国際社会が認知していないだけで完全に侵略を受けている。この様子は私たちにとっても過去のモノではないと感じます。
作中に描かれている泥にまみれて寒い中で食べ物もない子どもたちの姿は、ガザの崩壊した街の中で泣いている姿や、ウクライナで廃墟と化したビルの中で身を寄せる子どもたちを思い起こすでしょう。
現代に起きていることにもオーバーラップするようなこの状況を感じ取った時、私たちはニコラスの言うような”普通の人たち”なのか、鋭い疑問を突きつけられたと感じます。
助けを求める人たちに対して、救いの手を差し伸べているのか。
もっと何かできたのではないか。心を映す書斎の変化
「一人の命を救えば、世界を救う」ユダヤの考えの通りに、目の前の命を救ったニコラス。ただ、9番目の列車が来れなかったことにずっと苦悩して生きてきています。
一番初めの回想シーンで、ナチスの兵士たちが列車を止めて、乗客や子どもたちを捕まえているシーン。それがずっとニコラスの心をつかんでいたのです。
若いころの姿で無人の駅で列車のホームにいるシーンが挟まれていますが、あれは実際の回想とも取れますし、ニコラスの心がいまだに9番目の列車を待ち続けているとも解釈できますね。
ニコラスはずっと、誇るよりも自責の念をもって生きてきた。心に残った苦悩を現すのがあの自宅と書斎です。混乱し、整理がつかないニコラスの内面と同じく、モノであふれていて書類が山積みになっている書斎。
それが今回の回想や人に伝えていくという行為によって徐々に片づけられていくのは、演出として視覚的にもシンクロした良いものだと感じました。
鏡を使う演出も良いなと思います。反射ですね。窓ガラスや鏡に向き合って、自分自身を許せるか、ニコラスの心境の変化を表現していました。
想いを込めた俳優陣と繋がり
アンソニー・ホプキンス、そしてジョニー・フリン。両方名優ですよ。ジョニー・フリンはロマンスから好青年、切れ者のギャングに、怪しい放浪者などほんとに幅広い役者です。
またヘレナ・ボナム・カーターも力強くも聡明で優しい母を熱演していました。
ちなみに彼女自身、ユダヤ人の家系を引いている方なんですよね。
そして母方の祖父Eduardo Propper de Callejónは戦争当時スペインの外交官でした。当時の政府の命令に背いてフランスにいたユダヤ人たちにビザを発行してホロコーストから逃れる手助けをした方だったそうです。
彼女の今作への参加への想いも強くあったのではないかと感じますね。
役に立たないなんてない、何かできることがあるはず
抑えられたトーンで、消費されがちなこういった実話をニコラスの姿勢に合わせて映画化した作品だと思います。
また、まさに消費社会の象徴である「ザッツ・ライフ!」をはじめは滑稽で浅はかな番組であると描写をしていましたが、ニコラスは「人気の番組なのだろう」と言い出演を受けました。
ここが好き。
隔絶しないというか。たとえ俗っぽい番組であっても、何か助けになる、役に立つものだと言って見せている。それは混ぜ込まれたボタンについてのニコラスの態度からも分かるものですね。
だから私たちも、たとえ実際にはあの小さなボタンのように、意見無力に見えても、努力しなくてはいけないのです。ただ、普通の人であり続けるために。
メロドラマだと思っていたら、しっかりとまじめでニコラス・ウィントンの精神を継いだ素晴らしい映画でした。おすすめです。
今回の感想はここまで。ではまた。
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