作品解説
シリアルキラーの影に怯える街を舞台に、男女の出会いが予測不能な展開を巻き起こすスリラー映画。
全6章構成で、時系列を巧みに交錯させながら物語が進行します。
キャスト
- 男から逃げる女性、レディ役には、ドラマ「ジャック・リーチャー 正義のアウトロー」や「パルス」で知られるウィラ・フィッツジェラルド。
- デーモン役には、「Smile スマイル」や「ディナー・イン・アメリカ」などのカイル・ガルナー。
- 共演は「クローブヒッチ・キラー」のマディセン・ベイティ、ドラマ「ブレイキング・バッド」のスティーブン・マイケル・ケサダ、「シー・デビル」のエド・ベグリー・Jr.、「ブラック・スワン」のバーバラ・ハーシーといった実力派が揃います。
スタッフ
- 監督・脚本は、本作で注目を集め、スティーブン・キング原作の映画「死のロングウォーク」の脚本も手掛けるJ・T・モルナー。
- プロデューサーと撮影監督は、「コールド マウンテン」「アバター」などへの出演で知られる俳優のジョバンニ・リビシ。
北米公開自体は2023年と少し前の作品みたいですね。監督や主演陣見ても、なかなか日本での劇場公開が望める感じではないながら、遅れても劇場でやってくれたのは嬉しいところ。
某有名アニメの劇場版公開の前週に公開。なんか見逃すとスクリーンとられて全然見れないかもって思ったので公開した週に早速見てきました。人の入りはそこそこで意外でした。
~あらすじ~
アメリカで州をまたいだ連続殺人が発生。シリアルキラーは野放しのままに、各州で多くの犠牲者が出続け、人々は恐怖に覆われていた。
その連続殺人はある追走劇を最後に終焉を迎えることになった。その実話をもとに6部構成の物語が語られる。
ブロンドの女性が耳から血を流しながら車を飛ばし何かから逃げている。そして黒いピックアップトラックと、その中で麻薬を吸い込みながら猛進して追いかけてくる男の姿。
男はライフルを持ち女性の車を狙撃。横転した車から逃げ出した女性は森の中で息をひそめることに。
いったい何が起きたのか。物語は時系列を前後し真相を語っていく。
感想レビュー/考察
映画って素晴しい。それを体験し、かみしめる作品に出会うことがあります。今作はそれです。
雄大な撮影や数時間で起きる人生のドラマ。そして今作のように巧みな編集とストーリーテリング。
ビジュアルと映像と編集。撮った映像をどのように繋げていくのか。
35mmフィルムでみせる最高なビジュアル、カメラワークが楽しめる
35mmフィルムで撮ってます!をなにかの勲章かのように見せつけてくるこの「ストレンジ・ダーリン」。
この後は映画の構成の素晴らしさばかりになるので言っておくと、このフィルム撮影での味わいと最高なビジュアルが楽しめる作品であることは間違いないです。
ブロンドの髪に真っ赤な服と、背景に広がっていく草木の緑の対比。美しい画面です。ネオンのブルーライトに照らされた男女のシルエットがセクシーな車内でのシーン。
モーテルではオレンジから赤のライトもあったり、色彩のセンスが抜群。さらにカメラワークとかも、のちに屋内をトラッキングするショットがあったり、ほかにもある人物が部屋を出てからずっと追いかけていくショットも。
ビジュアルという面でも個人的にはかなり刺さる作品でしたので、この辺もかなり楽しんでいます。
いわゆる殺人鬼から逃げるラストガールもの?いえ、全然違う脅威の物語
さて、今作は最初のあらすじだけ聞くと、ほとんどひねりのない汎用的なスリラー作品に聞こえます。
ラストガール的なブロンドの若い女性が、サイコキラーに追いかけ回されている。予告でもワンナイトを楽しもうとしただけで、実は相手の男が全米を震撼させるシリアルキラーだった。という形です。
生き延びるサバイバルの話なら、何度も語られてきていますから、目新しさはないのです。
ただ今作はいい意味でとんでもなく裏切ってくれます。そしてもはや何を語ってもネタバレになってしまうくらいにその仕掛けは全編にある。
だからその面白さを露呈しないためには、予告もあらすじもああする以外になかったと思います。
6幕構成のこの作品ですが、背景に連続殺人が起きているってことだけを伝えたあと、いきなり第3幕から話は始まります。
”助けてください。お願い。”というタイトルのこの章では、真っ赤な服を着たブロンドの女性、主人公と見えるレディが車を走らせる。
追いかけてくる黒いトラックにいるのは男。ハンドルを切りながら麻薬を思いっきり吸い込んでいるという異常事態。
男がライフルを出して女の車を撃つと、そのせいで横転してしまいます。その後は女が森に逃げ込んで、放置されていた酒で耳の傷を消毒。
男も森の中を探しますが、女はうまく逃げて農家に駆け込みます。「助けてください。お願い。」
ここで終わり。次はなんと第5幕にジャンプ。
助けてくれたはずの老夫婦が死んでいて、家の中を男がライフルを持って歩き回る。
女はどこか狭いところに身を潜めているようで、まさにハイドアンドシークが始まったクライマックスのような体裁です。
次のシーンごとに、それまでの見え方と理解が変容していく
間が抜け落ちているストーリーを展開し、観客を揺さぶる。
人間にはバイアスがあり、見せられた情報のそのものしか見えず、その背景や前後を知らずには適正な判断ができない。情報の与え方、どこまで与えるかを操作することで、簡単に誘導されてしまう。
今作はそこを突き、巧みなストーリーテリングで見事に観客を引き込み驚かせてくれます。
時系列を前後させる作品はこれまでにも多く存在します。「パルプ・フィクション」も「メメント」も、「ダンケルク」なんかも時間をいじっている点では似ています。
スタジオに時系列を真っすぐにされそうになっても、監督は観客を信じていた
監督自身はこの構成を完成版としてスタジオに出していたそうですが、スタジオからは時系列をクロノジカルに、順番通りにしてほしいという声があったとか。監督に内緒で別の編集を呼び裏で再編集版も作らせていたらしいです。
ただ、結局はその再編集版が酷かったらしく、監督の訴えもあってそのまま時系列を入れ替えた構成で通ったとか。
これで正解だったと思います。
時系列を入れ替えても観客は物語に入り込み、行間を読み、そして新しい情報とその前に観た情報から新たな情報を得てさらにストーリーにのめり込んでいく。
観客を信じているからこその構成だと思いますし、そういう作り手と受け手の信頼関係を仕組みに入れる作品って結構無条件で好きになってしまうんですよね。
繋がり、理解できるようになるディテールから。。。犯人は!
3⇒5幕と進んでいったあとで、1幕に戻る。そこで大きな違和感が芽生え始める。警戒する女性とやや怪しくて、車の中にはライフルを、そして足には小さな拳銃を隠し持つ男。
イヤな雰囲気がある。その後モーテルではセックスを始めるのか始めないのかというやり取りの後で、いきなり男性は女性を縛り上げて脅し始める。なるほど、こいつは連続殺人鬼・・・
と思いきや、それ自体が全てプレイ。女性が求めるSMプレイ。
ここで大きな混乱をします。OPの時に、映像が重なった中に、男が誰かに馬乗りになっているかッとがあります。犯行シーンと思いきや、いまやそれは女に求められた男が渋々女の首を絞めている場面とわかる。
一度はある意味を持っていた場面が、情報を追加されることで別の意味を持つ。この快感。
次に展開される4幕目、山の人々で大きな変化が。
観客にとっては2幕目として見せられた5幕目で、老夫婦が死んでいた理由。それは男ではなく女が殺したからだった。
警察を呼ぶなという話。外に捨てられていた冷凍食品への洞察力。どんどんと話がつながっていく気持ちよさで酔いしれそうです。
女性は被害者、男性が加害者というバイアス(もとい映画などの文化)
結局のところ、男は遊びたかっただけの警官だった。そして女の方が世間を騒がせているエレクトリック・レディという連続殺人鬼。
女は男を誘いながら、薬で昏睡状態に陥れ、身体に文字を刻み込んで拷問して殺そうとしていた。しかし、相手は警官。隠していた銃で反撃されたときに左耳を負傷したのです。
第1幕のシーンで、女は自分がなぜここまで相手を警戒しているか語ります。男はふらっと遊べる。何かあっても相手は女だから。でも女は違う。遊びたくても命のリスクだって抱えている。相手はどんなやつ?殺されるかも?
この話でジェンダー論とか、女性側の立場をより植え付けられるから。
すべてのシーンで、女=被害者、男=加害者ととらえてしまう。その呪縛を利用した巧みなストーリーテリングなのです。
このストーリーと構成、一歩進むほどに裏切られて、「そういうことか!」と「ちょっと待って。どういうこと?」が繰り返される。楽しくないわけない。
クライマックスでレディがデーモンを殺した後、警官の到着前に自分でパンツと下着を下ろしてるところ、駆け付けた警官のうち女性がやはりそれをレイプされていたと瞬時に判断。
見ているこっちは、なんてこった。この女狡猾すぎるって感じでまたスリリング。違う、この女が犯人だ!気をつけろ!って。
主演二人が、善にも悪にも見えるからこそ、観客を揺さぶり続ける
こんな仕組みが最高な作品ですが、それを支えているのが、今作の二人の主役。
まずは「ディナー・イン・アメリカ」でも印象深かったカイル・ガルナー。失礼ながら、サイコパスって言われればそうなんですけど、殺人課の刑事っていえばそれもできる。
ベッドシーンでは無理やりやらされているからこその申し訳なさとか、レディがぶっ飛んでて困惑している感じとかもうまい。
あとはなんといってもウィラ・フィッツジェラルド。彼女の魅力です。
OPでの顔つきから、まさにラストガールな感じなんですが、弱弱しく可哀そうな女性に見えると思えば、めちゃくちゃキレててイカれた顔まで瞬時にしてしまうし。
全然知らない俳優でしたが、すごく魅力的な方だったと思います。今回のレディ役には最適で、本当に素晴らしかった。
映像を編集して繋げたのが、映画。その語り方ひとつでこんなにもおもしろい!
映画とは映像を編集するもの。自由に切ったり前後させたりしながら、大きな流れとして1~2時間くらいの作品としてまとめる。その時間の縮尺も序列も自由。それこそがどのように物語を語るのかというところ。
JT・モルナー監督が素晴らしい撮影、キャストと送り出したのは、映画の楽しさをジェンダーのバイアスや人間の思い込みを利用してスマートかつスリリングなストーリーテリング。
話の全容だけなら、ありきたり。でも、ビジュアルと編集でこんなにも刺激的でフレッシュに楽しませてくれる。ようはやり方ってこと。
本当に劇場で観れて良かったですし、楽しませてもらった秀逸な作品でした。おすすめ。
今回の感想はここまで。ではまた。
ちなみに最後に、JT・モルナー監督に映画評論家の町山智浩さんがインタビューした記録が公式サイトにありますので、鑑賞後の方はこちらぜひ読んでみてください。
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