「ザ・バイクライダーズ」(2023)
作品解説
- 監督:ジェフ・ニコルズ
- 製作:サラ・グリーン、ブライアン・カバナー=ジョーンズ
- 製作総指揮:ヤリフ・ミルチャン、マイケル・シェイファー、サム・ハンソン、デビッド・カーン、フレッド・バーガー
- 原案:ダニー・ライオン
- 脚本:ジェフ・ニコルズ
- 撮影:アダム・ストーン
- 美術:チャド・キース
- 衣装:エリン・ベナッチ
- 編集:ジュリー・モンロー
- 音楽:デビッド・ウィンゴ
- 出演:オースティン・バトラー、トム・ハーディ、ジョディ・カマー、マイケル・シャノン、マイク・ファイスト、エモリー・コーエン、ボイド・ホルブルック、カール・グルスマン、トビー・ウォレス 他
アメリカの写真家ダニー・ライアンが1965年から1973年にかけて撮影したシカゴのバイクライダーたちの日常。それらを記録した同名写真集に着想を得た作品。
伝説的なモーターサイクルクラブの栄光と没落を、「エルヴィス」のオースティン・バトラーと「ヴェノム」のトム・ハーディの共演で描く。「最後の決闘裁判」のジョディ・カマーが語り手キャシーを演じています。
監督・脚本は「MUD マッド」や「ラビング 愛という名前のふたり」で知られるジェフ・ニコルズ。
作品は昨年アメリカで公開されていましたが、日本公開は1年遅れて24年の11月になりました。ちょうど映画の人休日が重なっていましたので、その日に見てきましたが、そこまで混んではいなかったです。
〜あらすじ〜
アメリカで大きく発展したバイク乗りたちのグループ”ヴァンダルズ”。ある写真家が彼らに同行した記録と、メンバーの一人と結婚した女性へのインタビューから、この集団の始まりや変容を描いていく。
1965年のシカゴ。真面目な人生を送っていたキャシーはある時バイク乗りがあつまるバーに行くことに。
ガラの悪い男たちの中、不思議な雰囲気を持つベニーと出会い、キャシーはすぐ恋に落ちて結婚した。
ヴァンダルズは会長であり創設者のジョニーを中心に仲間を集めており、噂を聞いた各地のバイク乗りたちが支部を作りメンバーになりたいと声がかかってくる。
社会の中で居場所を持たない者たちが、互いを居場所にしたヴァンダルズであったが、時代の流れともに不良の若者やベトナム戦争帰還兵が混じり合うことで大きく変容していく。
感想レビュー/考察
少し引いた視点から改めてバイク乗りたちを見る
バイク乗りのイメージってどんなものでしょうね。
映画の文脈では作中でも登場しますが「イージーライダー」が挙げられるでしょう。
アメリカのニュースやカルチャーから聞こえそうなのは、ギャング的な側面でしょうか。荒くれであり、犯罪組織的である。そういった印象がついている可能性もあります。
その中でジェフ・ニコルズ監督は、彼らの本来の姿を、始まりの形と変容を通して伝えていきます。
そこには、何か時代や人の流れによって”イノセンス(無垢さ、純粋さ)”が失われていく様子が描かれていると感じました。
喪失の感覚はこの物語が一歩引いた視点にあるからかもしれません。
今作は渦中の男たちの視点で進むというよりも、これらを観てきたキャシーと、写真家であったダニー・ライオンの視点から語られています。
ですから自己表現よりも観察の意味合いがあり、それゆえに繁栄も衰退も変容も冷静に見えるのかもしれないです。
無垢で気高いオースティン・バトラー
そして渦中にいるのはバイクひとすじの男であり、イノセンスの象徴のようなオースティン・バトラー演じるベニー。
彼自身がバイク乗りの起源のような、バイクがただ好きで、そしてこの世界に居場所のない存在が拠り所を求める意志そのもののようです。
基本的にヴァンダルズのメンバーは群れていなくては、そのジャケットを着ない。
作中で説明されていますが、やはり爆集団ということでタフガイの集まりだからもめごとも多い。恨みをかってしまうから、ひとりで危ないときにはヴァンダルズのジャケットは着ないのです。
しかし、ベニーはずっと脱がない。彼は独りでもこれを着続けて、だからOPでも男たちに絡まれて袋叩きにされる。そして中盤にはそのOPの顛末が示されますが、このジャケットを脱がないという意地のために、ベニーは足を切断しかけているんですよね。
それでも彼はヴァンダルズを愛し、それに所属している証拠を取り払うことはしません。
これは裏返してみれば、彼がそれほどまでに孤独であるということでしょう。だからこそ彼は戦士なのです。
ヴァンダルズを家族と思い、そこに居場所がある。ケンカになれば真っ先に駆けて行って相手をぶん殴ってしまう。
ゴッドファーザーとしてヴァンダルズの行く末を案じるトム・ハーディ
そんな彼を受け入れ息子のように想うのは、トム・ハーディ演じるジョニーです。
もともとトム・ハーディにはマーロン・ブランド的な要素を感じていたため、結びつけてしまうのかもしれませんが、作中でも登場する「乱暴者」、それ以上に話としては「ゴッドファーザー」を思い起こす部分がありました。
何か家族としての集まりであったものが、その包容力ゆえに肥大化し、手に負えないレベルに力を持ってしまう。
そして父(ジョニー)の望まない形でファミリーは変容していき、一つの温かさがあった時代から、非常に冷徹で残酷な世界に変わってしまうのです。
キャシーが初めてベニーたちに会うのは、何とも男臭いバーでした。むさ苦しいほどの男たちに酒の匂いとタバコの煙、そして口汚い言葉がぎゅっと詰まった別世界。
あの中でどこか小綺麗で、純粋さを感じる目を持つベニーの初登場は印象的です。
ものすごく言葉数が少ない。それでも確実にバイク乗りのいち員なのに、浮いた存在の彼が、何を言ってもキャシーにとってはすべてが心地よく響いていました。
またジョニーも壁際で耳打ちを受けており、キャシーに対して何も起きないことを保証する。
ニコルズ監督は、この冒頭のシーンで家族をすべて紹介しています。逆に言えば、ここから先は家族ではない者たちが現れていくだけです。
途中でマイケル・シャノン演じるジプコがキャンプファイアーを囲み話し始めるシーンがあります。
彼が軍隊に入り、みんなと戦いたかった話。飲んだくれて寝坊したものの、母に登録所まで送られた彼は、テストには合格した。それでも、「君のような人物は求めてない。」と、彼の人格を拒絶されてしまう。
遅刻話では笑っていたみんなが、この拒絶を聞いて、沈黙し真剣な顔になる瞬間。この男たちがいかに求められてこなかったか、突き放され拒絶されてきたかが見えました。
軍に入りたかったのは、まさに仲間が欲しかったのかもしれません。
そんな彼らの中で、時代の変化から新たな血が、暴力性が入ってくる。
若手やベトナム帰還兵たちは暴力と麻薬に溺れ、犯罪組織めく。
キャシーが集団暴行されそうになるシーン。とても恐ろしかった。以前のピクニックでは感じなかった、怖さや不安があります。
そして最初のシーンでは「君には何も起きない。」と約束していたジョニーが、もう場をコントロールできなくなっていることも示されています。
ジョニーは自身の力を疑い、だからこそベニーに後を継がせようとしました。キャシーからはヴァンダルズからの脱退をお願いされていたのにも関わらず。それは苦しいは判断にも見えます。
しかし、ジョニーにとってはベニーも他のメンバーも皆家族で、ここで統率を失い新入りたちに乗っ取らせるようなことをしては、みんなの居場所がなくなることを危惧したのでしょう。
呼応したシーンで、不可逆的な変化を実感させる
先のようなキャシーをめぐる集会でのシーン、そして挑戦のシーン。繰り返されることでその差異が、変化が浮き彫りになる構成です。
ジョニーは最後の最後までヴァンダルズの父であった。無残に殺されてしまう彼ですが、それが一つの時代の終わりになります。
それを聞いたベニーも、もうバイクライダーズの魂や無垢さは消えたと悟る。
そしてはっきりと涙します。それは、彼が足を切断されそうになったとき以上に、もう確実にバイクに乗れなくなったと知ったからでもあるでしょう。
足の有無は問題ではない。ただ、ヴァンダルズとバイクに乗ることが大事なのです。あのキャシーと出会った夜のように、みんなとピクニックへ行くときのように。
1つの家族になった一体感と温かさ、安心と自分が求められている場所を持つこと。
それを失ったと確信したから、ベニーは泣くのです。
つながりや自由を求めた男たち
最後に、実際のダニー・ライアンの写真を一部見てみましょう。
モノクロで映されている姿には、どこかノスタルジーや温かみを感じます。
彼らは後には危険視されてしまうグループになるのですが、もともとは決して犯罪組織やギャング団というわけではなく、そこにはつながりや自由を求めた男たちが見えます。
ジェフ・ニコルズ監督は、決して作家性がいつも特徴的だとは思いませんが、今回はかけがえのないイノセンスが喪失する瞬間を、バイク乗りたちの本来の姿を通じてノスタルジックに描きます。
俳優陣の輝きも相まり、個人的に好きなテーマということもあり結構響き渡る作品でした。
過去の時代を切り取る作品ですし、またアメリカのバイク乗りの話です。でも、世界や人との繋がりや居場所を求める寂しさは普遍的なもので、誰しも共感できると思います。
オススメの1本でした。感想はここまで。では、また。
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