「ミスター・ロジャースのご近所さんになろう」(2018)
- 監督:モーガン・ネヴィル
- 製作:カリン・カポトスト、ニコラス・マ、モーガン・ネヴィル
- 音楽:ジョナサン・カークシー
- 撮影:グラハム・ウィロビー
- 編集:ジェフ・マルムバーグ、アーロン・ウィッケンデン
- 出演:フレッド・ロジャース、ジョアン・ロジャース、ジョン・ロジャース、ジム・ロジャース、ビル・イスラー、ヘッダ・シャラパン、フランソワ・クレモンス 他
「バックコーラスの歌姫たち」(2003)でアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したモーガン・ネヴィル監督が、アメリカの子供番組のアイコンであるフレッド・ロジャースの人生と背景、その哲学を追うドキュメンタリー映画。
今作は数々の映画祭にてノミネート・受賞をしており非常に高く評価されていましたが、アカデミー賞のノミネートはなかったようです。snubsのなかでも騒がれていたので記憶に残っています。
日本でも一般公開されることはなく、今回Amazonプライムビデオにて配信が開始していたので鑑賞することができました。
私個人はフレッド・ロジャースの存在を良く知らず、題材でもあるTV番組「Mister Rogers Neighborhood」も観たことはありませんでした。
1968年から公共テレビで放送された”Mister Rogers’ Neighborhood”。
子どもたちの心に寄り添い、誠実で真っ直ぐな姿勢をもつ番組は、その企画とメインホストを務めるフレッド・ロジャースとともに、アメリカで人気を博す。
作品はもとはフレッドが聖職者としての道を歩んでいたころから、番組を始めていく過程含め、彼の哲学を映し出す。
そしてベトナム戦争やアメリカ社会情勢の変化、ニクソン政権や9.11などアメリカの経験してきた歴史における、番組とフレッドのあり方まで、当時の共演者や友人たちが語っていく。
素晴らしいドキュメンタリーです。番組、アメリカ社会、フレッド氏の哲学やそこから(現代においても、いや現代だからこそ)学んでいけることを90分ほどに見事にまとめ上げています。
クロニクル的に、時間はいじらず真っ直ぐに進む作品です。
フレッド氏が番組において子どもの心に真っ直ぐに語り掛けると決めた際に、他の切り替えポイントもある列車が路線をまっすぐ進んでいくイメージが流れますが、本当の意味で誠実。フレッド氏も、この作品も。
まず間違いなく、このドキュメンタリーを観れば、フレッド氏と番組が成し遂げてきたことや伝えたいことがしっかりと伝わります。
その理解を引き出すだけでも、役割は十二分に果たしていると言えるドキュメンタリーですが、今作はそこから、この番組もフレッド氏ももういない今の私たちにどうあるべきかまでも語るのです。
正直観ていて何度涙したか分かりません。
私はこの番組を見て育ったわけでもなく、フレッド氏に思い入れもないので、決してノスタルジーではない。
ただただ優しさと愛と善を体現し、貫き、そして番組(それを伝えてくれるこの映画)という存在がまた安心をくれるからなのかと思います。
はじめてぬいぐるみを使い、自己の投影や抑制できない感情の代弁者、投影先として登場させ機能させた功績。計り知れない。
日本で子供番組を見て育ちましたが、いつも支えてくれたのは人形だった気もします。
子どもは大人と同じく感情豊かで感受性に長けているのも、おおくの大人が”子ども向け”という言葉を使い逃げに走るなかで非常に勇気のあることで真っ当。
児童向け番組が世界の理解や社会への入り口として貢献できることは、フレッド氏の言葉からも、共演者のインタビューからも語られますが、同時に私には家となることが再認識させられました。
子ども番組というのは、いや少なくともフレッド氏の番組は、根源的に受け入れる場所であることです。
この受容と愛がフレッド氏の理念として輝いています。
「ありのままの君が大好き。そのままでいてくれるだけで好きなんだ。」
子どもにとって、絶対の安心・安全そしてそのまま愛してもらえることがどれだけ重要で大切なことか。
こうあってほしい、こうなれ、なぜこうじゃない。
誰でも子どものころ、こんなことを大人から言われた経験があると思います。
そして自分は出来損ない、ダメな子と言われた時、それでもいいと愛を受けることのできる幸せな環境は、必ずしもない。
どこまでも自分は失敗作ではないかと思うトラのダニエルとのデュエットの美しく悲しくしかし愛しいこと。
これは子どもに限らず、のちの批判にあったように大人になるほどに感じてしまうことかもしれませんが、特別であることととそのままで良いと愛を受けることは全く違う。
フレッド氏の哲学は商業主義的に子どもを消費者と数字に観ている社会や、現実世界をゆがめて政治的な道具としようとする世界、フライデー王のように”壁”を作り隔絶を宣言する指導者に真っ向から対峙する。
今まさに必要な哲学ではないですか。
本当に感動します。
しかし、この作品がさらに秀でているのは、むしろフレッド氏(亡くなってのもありますが)の言葉を、姿勢を近くで観てきた方々の言葉、そこから作品を観ている私たちに橋がかけられることだと思います。
当人たちの声を聴いていくドキュメンタリーだからこその力。
フレッド氏と過ごした方たちの言葉や表情から、どれだけ愛し愛されたかうかがえ、彼らがそんな風に暖かくなれたならば、私もなれると感じるのです。
フレッド氏を唯一無二の聖人として祭り上げるのではなく、学ぶべきことを、自分が何をすべきなのかを考えることができます。
矢継ぎ早な編集や痛快なテンポではなく、着実な、関係者の方たちの顔がただ映っているカットの流れをみて、自分もそのゆっくりとした時間で愛をくれたひとを考える。
その気持ちを忘れないで。
もらった愛は、また人に与えられるはずだから。
フレッド氏の理念・哲学は混迷を極める、大人も拠り所を失いそうな今だからこそもう一度確かめるべきもので、そしてこの映画を通し、番組にもフレッド氏にも関わりのない人にも広めていくべきなのです。
143。この数字を胸に明日から生きていきたいと思う作品です。
非常に素晴らしいドキュメンタリー。Amazonプライムビデオにて配信されていますので、今すぐにでも観てほしいです。
今回はちょっとだけ長くなってしまいました。
最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。
それではまた次の記事で。
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