作品解説
アメリカ移住を目指すカップルが直面する、入国審査での尋問劇を緊迫感たっぷりに描いた心理サスペンス。
監督・脚本を務めたのは、本作が長編デビューとなるアレハンドロ・ロハスとフアン・セバスティアン・バスケス。2人の故郷であるベネズエラからスペインへ移住した実体験をもとに、リアルで息詰まるシチュエーションが描かれています。
注目すべき制作背景
本作は、わずか17日間という短期間で撮影された低予算映画。それにもかかわらず、その完成度の高さで世界の映画祭から高く評価されました。特に、2023年のサウス・バイ・サウスウエスト映画祭に正式出品されたことでも話題に。
キャスト情報
- アルベルト・アンマン(ディエゴ役)出演作:『記憶探偵と鍵のかかった少女』など
- ブルーナ・クッシ(エレナ役)出演作:『悲しみに、こんにちは』など
~あらすじ~
スペイン・バルセロナからアメリカ・ニューヨークへと降り立ったディエゴとエレナ。
エレナがグリーンカードの抽選に当選し、事実婚のパートナーであるディエゴと共に、新たな人生をスタートさせるためにやって来たのだった。
だが、入国審査で2人は突然別室に連行され、逃れられない尋問が始まる。次々と浴びせられる予想外の質問に戸惑う2人。やがて、ある一言をきっかけにエレナの中に、ディエゴへの小さな疑念が芽生えていく。
感想レビュー/考察
空港で意味もなく緊張してしまう、あの圧迫面接のような入国審査
入国審査ってなんであんなにも緊張するんでしょうね。
別に税関申請も問題ないし、パスポートも大丈夫。変なものも持ち込んでないし、誰からも何も受け取っていない。
そもそも何も悪いことはしてないし、しようともしていない。
それでもなぜか、列に並んでいる間不安で、そして大声で、もっと優しく言ってくれてもいい”Next!”が聞こえて、威圧的な審査官のボックスに立つ。
4本の指をスキャンして、親指をスキャンして。小さいカメラの前で写真を。
何事もなかったように終わると行っていいと言われる。そそくさとその場をあとにすると、後ろからの”Next!”にビックリする。
NYCの時もLAでもですが、アメリカの入国審査は怖いというのがお決まり。
入国審査の緊張感をリアルに再現 ―音と空気で体験する77分の尋問劇
そんな入国審査から始まるスリリングなドラマであるこの作品ですが、アメリカの審査の再現度はピカイチです。トラウマものです。
現場の嫌な空気感を体感型で味わうことには成功しています。
主人公たちは実際にはおそらく3〜4時間かそれ以上は拘束されていますが、実際には77分くらいの作品でも、同じ尋問をくぐり抜けたような疲労感に襲われるでしょう。
音楽が廃された今作は、それゆえにすごく周囲の音響に敏感に反応させます。
なんでこのタイミングで、、、と思うくらいに、尋問室のフロアでは電気系統の工事をしている。
そこで尋問中も絶えず、工事のスクリューの音が聞こえてきたり。それが単にノイズってこともありますが、同時に尋問官と主人公たちが普通の声量ではコミュニケーションが取れなくなる。
うるさい環境だから声を大きくしますが、それのせいでまるで声を荒らげて反論しているように聞こえてしまうし、大声で問い詰められているようにも見えてしまう。
カメラワークが映し出す人間関係の亀裂と緊張感
体感型で環境音までをも浴びせられるなかで、カメラは人間関係を映す。
審問官とディエゴとエレナは同じ画面の中には収まらない。どちらかが背中を向けているとか、カットバックで分断される。そこには全然、理解も寄り添いもないということ。
立場を示すような審問官とのカットバックはディエゴとエレナの関係性も変えていきます。
2人に対する尋問が進む際、ものすごくじっくりとカメラがズームしています。
停止していない。事態が動き続けている事、そして2人の関係性に変化が起きていることを示しているのです。
象徴的なのは2人を正面から映す画面で、ちょうど2人の間に審問官の背中が見えるカット。
ズームも起きながら、2人を分断する大きな線のように審問官が置かれているのは非常にいい構図と撮影だと思います。
愛か利害か――入国審査で試される関係の真実
その後、個別に尋問されることになったディエゴとエレナ。観客と審問官だけが2人が言っていることを両方聞いている。分断されてしまった2人に起きていることを。
入国の審査という題目で、もちろんアメリカ政府の対応やディエゴのように帰る故郷を失った人の複雑な状況を伝える役目のある映画です。
しかし切り替わって見えた主題は、試される愛と不可逆的な人間関係でしょう。
この尋問で愛なのか利害なのかを問いただされる。ディエゴはビザ目的でエレナと一緒にいるのか?これまでのグリーンカード抽選の応募は?スペインでの移民申請は?
入国はできた、でも戻れない。疑心とともに進むふたりの結末
疑念が膨れ上がり、それを反論するには愛を証明しろと言われる。
でそれはセックスの頻度で測れるものではないし、そもそも愛は深めることはできても、何か数値化するとか証明するものではない。
それでも尋問の中で生まれた疑念だけは残ってしまう。
行きのタクシーの中で、エレナとディエゴは身を寄せ合いキスをする。飛行機の中ではエレナがディエゴの肩に頭を乗せて寝ていました。
しかし、映画が進むとそういった身体的接触は取り払われていく。
一度このように疑ったり、揺らいだ信頼関係は、もう元には戻りません。
今作は結局、申請周りやなぜ入国審査で止められたのかの説明もないままに、あっさりと許可押印を押されたパスポートを渡され幕を閉じます。
ぷつりと切れたラストで、確かにNYC、アメリカへの入国はできた2人ですが、関係性は不可逆的に変わってしまったのでした。
タイトな時間の中で、入国審査を通して、人間関係の洗い出しと変化を描いてみせた。
超傑作とは言いませんけど、やりたいこと描きたいことをしっかりと無駄なく描いたいい作品だったと思います。
サクッと見れる映画なので、時間があれば劇場でどうぞ。
今回の感想は以上。ではまた。
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