「エリザのために」(2016)

  • 監督:クリスティアン・ムンジウ
  • 脚本:クリスティアン・ムンジウ
  • 製作:クリスティアン・ムンジウ
  • 製作総指揮:パスカル・コーシュトゥー、グレゴワール・ソルラ、バンサン・マラバル、ジャン・ラバディ、ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
  • 撮影:トゥドル・ブラディミール・パンドゥル
  • 編集:ミルチェア・オルテアヌ
  • 美術:シドナ・パドゥレツ
  • 出演:アドリアン・ティティエニ、マリア=ヴィクトリア・ドラグシ、リア・ブグナル、ブラド・イバノフ 他

「4か月、3週と2日」(2007)、「汚れなき祈り」(2012)のクリスティアン・ムンジウ監督による最新作。本作はカンヌ国際映画祭にて監督賞を獲得しています。

主演のアドリアン・ティティエニは東京国際映画祭にて観ました「フィクサー」にも出演していましたね。娘のエリザを演じるのはミヒャエル・ハネケの「白いリボン」(2009)に出演の若手女優マリア=ヴィクトリア・ドラグシです。

有楽町のHTCでやっていたのですが、回数がすくなくほぼ満員状態でした。上映後にはトークショーもあり、楽しかったです。うーん、チラホラと若い映画ファンの姿も見えましたね。

外科医をしているロメオは、イギリスの大学への留学を控える娘エリザを、いつものように学校に送っていた。学校の向かいの交差点、工事現場の近くでエリザを降ろすロメオ。

そして悲劇が起きてしまった。エリザが暴漢に襲われたのだ。大事には至らずとも、娘が受けた精神的なショックは大きく、留学がかかる大事な試験での動揺は結果に大きく影響する。

ロメオはなんとかエリザの留学を確実なものにするために、友人の警察署長や副市長、教師などあらゆるコネを使い必死に画策するのだった。

うーん、ダルデンヌ兄弟が製作に入っていますけど、彼らの作風を良く感じるものですね。臨場感ある長回しに、画面構図を使った人物関係の描写。緻密に計算された日常、流れていく論理的な画面にはすさまじい説得力と、真正面から人物たちを描く残酷さもあります。

車のバックミラーに映るエリザ、そして次にはロメオが映る。廊下で待つ時も、キッチンで話し込むときも、前後にズレる夫婦。

完全に分裂するときに、それでもお互いに希望として観ているエリザ、彼女の綺麗な写真が、ガラスの反射の中に映り込み、この冷え切って哀れな囚人たる両親を見ています。

また生活音のみでほとんど音楽なんてないのも、観客が映画の中の世界と自分のいる世界が同一または地続きであると強く認識するのを助けています。

今作はこの親子の軋轢としても、ドラマとしても観れますが、なにしろルーマニア社会が抱えるものを二つの世代を使い描き出しているのです。そこには完全な人間はいませんし、正しさという定義すら根底からズレていますね。

今作はコネと温情、不正とそれで成り立つ社会の話。日本もやたらとお付き合いや個人的なつながりが大切な国ですから、結構他人ごとではないですね。国家が組織内で凝集性ばかりを高めた不正事件が、まだ新しいものです。

音の演出の中で、ロメオがいわゆる癒着的なものを犯していくときに、何かと警報のように電話の呼び鈴が鳴るのが印象的でした。あれは裁きが呼んでいるともとれますしね。

今作の中でも多くの正しくないことが起きていますが、何よりもそれを嫌っているであろうロメオがそれにハマっていくのです。

彼は民主主義に希望を抱いて帰国したのですが、結局民主主義を唱える裏で暗黙の了解とばかりに、村的な社会性をもったままのルーマニアに疲れています。

浮気する男であり、不正に手を染めていく男。しかし妻を見れば、この社会で正しくあることがどういう事かわかるでしょう。精神は病み、仕事は暗い書庫の中。あのボロッボロな本ばかりっていうのも巧いところですね。

みんな汚い。ですが、この社会ならそうならざるをえない、単に責めるべき人物たちでもありません。そういった中で、ロメオが妄執的に、ある意味で一方的に希望の光として観ているのが、娘のエリザなんですよね。

結局抜け出せなかった、憎んでいた社会。

窓ガラスが2度割られますが、犯人は明確に示されません。ただ、何かしらの不満がそこにはある。画面のどこではなく、この作品の映す世界には確実に存在しているのです。

映画に実際に出てきて石を投げるのはマティス。小さな少年です。「ルールを守らないから。」

あの石はロメオ含めて歪んだ社会を作りそこに生きるものへの、子供つまりは次の世代からの非難なのかもしれません。

何か解決していくわけではない今作ですが、それでこそです。社会とは一度の号令で変わるものではないのです。そんなにキレイな世界じゃない。

ですが最後に明るい音楽に乗って映される若者たちの笑顔には、希望を持ってしまうでしょう。希望を持ちたいのです。この歪みから彼らが抜け出し、より大きな世界に羽ばたいて、より良き社会を作っていく。

この作品には先ほども言いましたように善人はいません。しかし、悪人もいないです。

このルーマニアのふたつの世代を時に衝突させつつも、その先の光を模索する。

原題は「卒業」ということで、確かに卒業式で終わるのですが、これはエリザが今作での事件を通して大人の世界を知ることであり、ルーマニア(少なくともこの先を担う世代)が、歪み不正の蔓延るルーマニアを卒業するという事でもあると思いました。

ムンジウ監督のスタイルはちょっと見たことある感じではありますが、描き出される綺麗で汚い社会は赤裸々で、ラストの彼らがまぶしくて感動的な作品でした。おススメです。

そんなところで終わりですね。ダルデンヌ兄弟っぽい作風だなぁ。ちょっとムンジウ監督の過去作も観てみたいです。それでは、また。

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