「助産師たちの夜が明ける」(2023)
作品解説
- 監督:レア・フェネール
- 製作:グレゴワール・ドゥバイ
- 脚本:カトリーヌ・パイエ、レア・フェネール
- 撮影:ジャック・ジロ
- 美術:トマ・グレーゾ
- 衣装:マリーヌ・ガリアノ
- 編集:ジュリアン・シゴ
- 音楽:ジョゼ・フェネール
- 出演:エロイーズ・ジャンジョー、ミリエム・アケディウ、カディジャ・クヤテ 他
若い助産師たちが出産の現場で直面する厳しい現実に戸惑いながらも成長していく姿を、リアルなタッチで描いたドラマ。
初監督作「愛について、ある土曜日の面会室」で高い評価を得たフランスのレア・フェネール監督の作品。
今作では俳優と助産師が参加するワークショップを実施し、その経験を基に脚本家カトリーヌ・パイエとともに脚本を執筆。撮影では、6つの病院を舞台に実際の出産シーンも盛り込み、現場の臨場感を忠実に再現しています。
出演は「危険な関係」のエロイーズ・ジャンジョーと「その手に触れるまで」のミリエム・アケディウ。2023年の第73回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で審査員特別賞を受賞。
監督の作品は初鑑賞になりますが、医療テーマの映画には興味があるので、評価も高いようで観に行ってきました。都内有楽町での朝の回で、人はそこまでいませんでした。
~あらすじ~
ルイーズとソフィアは5年間の研修を経て、ついに夢だった助産師としてのキャリアをスタートさせる。しかし、配属された産科病棟は深刻な人手不足を抱えており、新人への研修すら時間を取ることができない状態だった。
お産に立ち会った経験のあるソフィアは、効率的な動きや冷静さで先輩の信頼を得て様々な仕事をこなしていく。一方でルイーズはなかなか馴染めずに苦しさを感じていた。
しかしソフィアはあるお産で新生児が心肺停止に陥ってしまったことで、大きく心に傷が残り、仕事でも過剰な反応をしてしまうようになった。
仕事を回せるようになったルイーズだが、立ち直れないソフィアとの溝ができてしまう。
さらに、産科病棟には貧困から治療費の払えない人や、言葉の通じない移民なども流れ込み、助産師や医師たちは疲弊していく。
感想レビュー/考察
公開するときに、映画館での予告を見ていたので少し気にはなっていたものの、優先度低めで置いた作品。
「エイリアン:ロムルス」を見る前後で本当に都合よく時間があったので見に行ってきたわけなんですが、これを見逃さなくてよかったと思いました。
助産師、産科病棟の日々を、つまりは業務を映し出していく作品なのですが、とても素晴らしかったです。
ドキュメンタリックな手法で、バランス良く描き出されるフランスの助産師たち
実録のような、ドキュメンタリックな手触りからくる臨場感とか緊迫感、それは助産師の仕事の素晴らしい部分もとても過酷な現状もしっかりと伝えています。
さらにレア・フェネール監督はここに劇画として人物のドラマもうまく混ぜ込んでいて、主人公であるルイーズとソフィアがただの案内人ではなく、二人の友情もしっかりと描きこんでいます。
そのほかの助産師の登場人物たちも、それぞれが問題提起の役目をみせます。
でも、問題を象徴するためだけにいる存在ではない。個人としてそれぞれがしっかりと認識できて、寄り添っていくことができます。
さらにフランスにおける医療制度から、中絶や移民の問題までもがまとまっている。そして重要なのが、社会的な問題に対しての叫びでありながらも、助産師への賛歌であり命の誕生の素晴らしさや人のこころの温かさも核心部分に横たえているのです。
つまり全体のバランスが凄まじくいい。それは脚本の練りこみ具合も、その根底にある実際の助産師や病棟への取材、理解が貢献しているのだと思います。
実際に、40人の助産師に取材を行い、6人とは緊密な関係をもって映画のために詳細に話を聞いたそうです。そこからソフィアのキャラクター造形に繋がった方もいたようで、撮影や脚本にも協力があったとのこと。
現場を知る方たちとのこうした関係構築とアドバイザリーが、このように思慮深く現実を真っすぐ見据えた作品を生み出したのですね。
フランスの医療制度、公立病院での無償提供
今作の舞台は公立病院です。私立ではなくて、フランス政府が支援をしている病院。
だとすれば、国の支援もあるしゆったりとしていて充実しているのでは?と思いましたが、そうではない。正直言って、ブラック職場です。
このフランスの公立病院は出産費用を無償化しているのです。だから身寄りがなかったり経済的に困った人もここに駆け込んできます。映画の中でもそのような人が出てきますね。
フランスは出産費無料で社会保障が手厚くて素晴らしいという情報がありますが、今作はその裏、実際の現場の歪みをみせているのです。
医療行為だけではなく、幅広い支援と精神的ケアも行う助産師という仕事
さらに、助産師が途中で「暴行の跡がある。虐待を受けているのかも。」とDVや性被害についても考え、助ける役目を持っています。
その他避妊についても、また中絶についても。こうしたものは医療的なケアだけにとどまらず、難しい精神的な部分にも心労がある。
ルイーズが担当した妊婦は、心配性の母親がつきっきりで口を出してきていて、妊婦を落ち着かせ冷静に判断するために、母親を部屋から追い出す必要がありました。あのような判断や毅然とした態度も、助産師には求められる。
お産に立ち会うだけの仕事なんかじゃない。
避けられてきた出産シーンを真正面から映し出す
多くの女性たちに寄り添い、奮闘する助産師の姿には尊敬の念があふれてきます。その中で今作はお産のシーンを多く入れています。
監督自身がインタビューでも語っていてとてもいい記事がありました。監督はお産の映画での描かれ方に疑問を持ち、今作で撮影を許可してくれた夫婦に実際の出産シーンを圧影させてもらったのです。
確かに、映画では出産シーンはそのまま省かれてしまって、赤ちゃんを病室で抱いているシーンだけが出てきたり、出産の場面があっても役者の顔や助産師の顔を映す程度で赤ちゃんが出てくるところとかは映さないですね。あまりパワフルなシーンにしない。
しかし多くのビジュアル的に強烈なシーンがたくさんの映画に登場する中で、なぜお産が避けられるのか。
真正面から描きこむことで、現場も分かる以上に、この神秘的で喜びに溢れた瞬間に観客も立ち会うことができるのです。
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