「恐怖のメロディ」(1971)

  • 監督:クリント・イーストウッド
  • 脚本:ジョー・ヘイムズ、ディーン・リーズナー
  • 原案:ジョー・ヘイムズ
  • 製作:ロバート・デイリー
  • 音楽:ディー・バートン
  • 撮影:ブルース・サーティース
  • 編集:カール・パインジター
  • 出演:クリント・イーストウッド、ジェシカ・ウォルター、ドナ・ミルズ、ジョン・ラーチ 他

クリント・イーストウッドが贈る、スリラー映画。今作は彼の初監督作品でもあります。師匠であるドン・シーゲルと良く組んでいた、ブルース・サーティースも撮影に参加し、この後もイーストウッドと長い関係を持っていますね。またシーゲル監督自身もカメオ的に出演しています。

主演はイーストウッド本人。初めから監督と主演を兼任していたんですね。今作の印象的人物を演じるのは、ジェシカ・ウォルター。

私が小学生の時に初めて観て、衝撃が強く今でもかなり印象に残っている作品です。あとで言及しますが、とにかく先進的な作品でもありまして、インパクトはすさまじいものだったでしょう。

ラジオのDJをしているデイブは、仕事帰りの行きつけのバーで飲んでいる時に、イブリンという女性と出会う。彼女はデイブのラジオで”ミスティ”を何度もリクエストしていたリスナーだった。

出来心から、彼女と一夜限りの関係になるデイブ。

ほんの遊びだと思っていたデイブだが、イブリンはその後、彼のアパートにやってくる。自分で調べてきたという彼女は、その後もしつこくデイブに会いに来るのだった。

そして、デイブが恋人のトビーと再会すると、イブリンの執着は異常さを見せ始めた・・・

端的に言えばものすごく前衛的、先進的な作品であること。

シーゲル監督から引き継いだような乾ききった雰囲気に、イーストウッドが持ってきたのは、これまたアンチテーゼというか脱構築というか。スリラー作品としての設定としても、これまで気味の悪い男がつきまとう(しかしそれでも大抵は恨みが理由で)映画は「恐怖の岬」(1962)などがあったものの、この作品は女性が男性を苦しめるものであり、またその理由が歪んだ愛情というのも非常に面白いものですね。

クールな男というのは、大方何人かのヒロインやらをはべらせ、女を捨てるという事はよくある物語。まあ本当に付随するものとしての女性です。

しかしこの作品で真の主導権を握っているのは、間違いなくジェシカ・ウォルター演じるイブリンですね。デイブはマッチョな男で、遊びで女を抱くのですが、これがとんでもない事態を招いてしまう。

その点、この時代もそして今も思うのは、とにかく女の復讐映画に見えてくること。

イブリンは異常者ですが、しかし突き詰めていえば遊びで人を抱くからこうなったのでして。

まあきっかけは置いておくとしても、このストーカーという言葉すら今の意味を持っていなかった、そもそも概念すらなかった71年に、ここまで的確に描写しているのは本当に驚きです。

豹変する逆上型の性格。ただの加害者ではなく、被害者のような面まであり、それは意図的なものであること。イブリンは自殺未遂を図りますけども、ここも設定を非常に巧く活かしていますね。女性ですから、力づくでデイブを押さえつけることはできないわけです。それを知っているからこそ、彼女は罪悪感や良心に付け込んで、心を束縛するのです。

仕事も人間関係も、社会的に破滅に追い込んでいく展開。そして全く対応ができない警察というのもまた皮肉にも今現在にも通じるほど的確な描写です。

そんな題材にしてもやはりどこかドライなのは、イーストウッドがシーゲルから継いだスタイルだからでしょうか。淡々としつつ、それが不気味で。初監督作から、これまた奇妙なものを撮るイーストウッド。常に既成概念の破壊と再構成をしているのですね。

個人的なトラウマ映画の一つ。この作品が今見ても納得し、普遍性を持っているというのがなによりの皮肉ですが、是非一度観てほしい先進的な作品です。

そんなところで紹介は以上。それでは、また。

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