「ロイヤルホテル」(2023)
作品解説
- 監督:キティ・グリーン
- 製作:リズ・ワッツ、エミール・シャーマン、イアン・カニング、キャス・シェルパー
- 製作総指揮:サイモン・ギリス
- 脚本:キティ・グリーン、オスカー・レディング
- 撮影:マイケル・レイサム
- 美術:リア・ポップル
- 衣装:マリオット・カー
- 編集:カスラ・ラスールザデガン
- 音楽:ジェド・パーマー
「アシスタント」の監督キティ・グリーンと主演ジュリア・ガーナーが再びタッグを組んだスリラー映画。
女性バックパッカー2人がオーストラリアのパブで働く中でハラスメントを受ける様子を描いた2016年のドキュメンタリー映画「Hotel Coolgardie」にインスパイアされ、オーストラリアの寂れたパブでアルバイトする女性2人に襲いかかる悪夢のような出来事を描いています。
ジュリア・ガーナーがハンナを演じ、「マトリックス レザレクションズ」や「グレイマン」などのジェシカ・ヘンウィックがリブ、そして「マトリックス」シリーズのヒューゴ・ウィービングがパブの店長を演じています。
「アシスタント」が素晴らしかったためにまたこの監督×主演コンビで作品が見れるのが楽しみでした。公開日に仕事帰りで観てきました。都内の小さなスクリーンでしたがある程度人が入っていました。
~あらすじ~
ハンナと親友のリブはオーストラリア旅行中にお金に困り、荒野に建つ古いパブ「ロイヤルホテル」で住み込みのバーテンダーとして働くことに。
しかし、彼女たちを待ち受けていたのは、飲んだくれの店長や粗野な客たちによるパワハラやセクハラ、女性差別の連続だった。
楽観的なリブは次第に店に溶け込んでいきますが、真面目なハンナは孤立して精神的に追い込まれ、2人の友情は次第に崩壊していく。
感想レビュー/考察
ハラスメントをスリラーに
キティ・グリーン監督が前作で描いたのは、映画製作のスタジオにおけるハラスメント。ドキュメンタリックなスタイルで、実際に会った女性たちからインタビューで得た経験を繋ぎ合わせた実直で真摯な作品でした。
私の2023年のベストにも選出したとても素晴らしい作品だったと思っています。
今作もピート・グリーソン監督によるドキュメンタリー「Hotel Coolgardie」を参考にしているということで、ここには事実に基づくことが描かれているんですね。
しかし、一方で監督はドキュメンタリックなテイストだけではなく、スリラーの才能があることも示しています。
田舎町にある凝集性とか抜け出せない感じ、とにかくここから出たいと思っても行くところが無い。そこで敵意に囲まれていく感じは個人的には「ウインド・リバー」のあの雪山の小屋での一連のシーンを思い起こしました。
物理的に息苦しく隔離された世界で、ハラスメントに直面する。ハラスメントそのものがスリラーの要素に。
女性を非難するような議論も、ハラスメントの基準の議論もしない
ここで本当にろくでもない男たちばかりがでてくるのですが、これをみて何が悪いとかおかしいとかを議論する気は、グリーン監督にはないのだと感じました。これらはすべて悪い。この男たちは皆悪いのです。それは変わらない。議論する必要なんてない。
直接的なセクハラ。「ディキンズ・サイダー」はつまりDick’s inside her.ということ。冗談ですむわけない。
助けてくれるように見えるティースでも、そして心を通わせてくれると思えたでも、結局は下心のみ。
同意もないままにとにかくハンナとヤリたいだけ。そしてティースはたしかにリブを助けてくれましたが、リブを”オレのもの”と発言する始末。そこですべてが幻滅する。
ハラスメントに対してみんなが同じく反応はできない
だからこそ、ここで大切なのはハラスメントに対してのリアクションだと思います。
私はグリーン監督が、ハラスメントに対する反応の違いや思考のロジックを様々に描くことで、被害者への批判を黙らせようとしているのだと感じました。
幾度となく繰り返される「そんな所に行った女が悪い。」「そういう格好をしているからだ。」という女性が悪いという論調。
そこで二人の女性の反応を元にして、そうした声を叩き潰すのです。
OPのシーン。楽しんでいるシーン。
船内のクラブで遊んでいるハンナとリヴは、男性たちから次々に声をかけられます。
みんな「君は〇〇人?」と自分の母国語で話しかけてきて、きっかけ作るという分かりやすいナンパの数々。
それを切り抜けて、クレカが使えなくなってしまったリヴがハンナに相談する場面が印象的です。彼女たちの旅路に影を落とすように、巨大な橋が頭上に現れとてつもない圧迫感を与えてきます。
その後すぐ、ハンナとリヴはワーキングホリデーの斡旋所で仕事を受ける。ここでのリアクションでも、すでにハンナとリヴの違いが描写されています。
楽しむために受容と我慢をみせるリヴ
ハンナは危機に敏感で慎重、遠方の田舎町での住み込みのバーテンダーという仕事に嫌悪感を示します。しかしリヴは問題なく、これも楽しめると考えて楽観的に見える。
その後もバーでの初日、ハンナたちをcunt呼ばわりする店主に対しても、ハンナは許せないとキッパリ言いますが、リヴはこういう文化なんだと受容する。
その差異がどんどんと表面化していくと、どちらに寄り添うかに拠ってもう一方の見え方が変わっていきます。
リヴに寄り添えばハンナは厳格すぎるのかもしれません。楽しむためには溶け込んでいったり挑戦しなくてはいけない。
反対にハンナに感情移入すれば(基本的にはハンナを主人公に進むのでこちらが多いでしょう)、リヴはとても軽率で無防備に思えるでしょう。
でもこれが肝なのだと思います。
ハンナだけではダメだし、リヴだけでもダメ。このスリラー、ドラマは2人がいて完成していると思うのです。
ハンナをみるのは簡単です。ハラスメントに対して堪えず声を上げていく。嫌悪感を表に出すし、最終的には戦います。
分かりやすい。
しかしリヴは複雑に感じました。誰しもがハラスメントに同じように反応できないのです。
受容したり我慢したり、その場ですぐに拒否できなかったり。
リヴはどうしても旅を楽しみたい。楽しくしたい。
どうして女性が遊ぶときに、我慢を強いられるのでしょう。ただシンプルにナイトライフを楽しむとか、知らない土地で冒険できないのでしょうか。
性的搾取を受け入れなければ楽しめない。そこで旅を楽しむことを選ぶのがリヴ。搾取を受け入れないのがハンナ。それだけに思えます。
ただもちろん現実には、リヴのハラスメントへのリアクションは危険です。ハンナが反応し、そして斧を持って反撃したからこそ、最初の誘拐は免れました。
でも最初に来ていたジュールスには保護はなかった。初日の大騒ぎで、彼女はだいぶ盛り上がっていますが、勝手に触ってきた男にははっきりと怒っています。でもそこまで。
ミソジニーの温床であり、システムを地上から消し去る
実際のところ人身売買に関わっていると思えるドリー。一度だけジュールスからバーに電話がかかってきますが、焦っていて様子のおかしなジュールスがドリーを探しています。
電話口の奥では「Get off. 触らないで」という叫びが聞こえますし、ジュールスの背後では男の喘ぎ声が漏れている。
れよりも前のシーンで、電話が来るとすぐに切ってしまうティミーを観ると、この人身売買はバーと客がグルなんでしょう。
バーが完全に女性の差別と搾取の温床になっている。正当な対価も払わない労働に、犯罪行為まで。
だからこそ、ただの脱出では意味がない。それでは、議論は「女性が気をつけるべき」で終わってしまうのです。
存在を許さないという強い主張が、最終的にこのバーを焼き払うまでに帰結していると思います。この地上にこんなものがあってはいけないのです。
キティ・グリーン監督のスリラーの手腕を楽しみながら、クレバーな脚本は二人の女性の友情と変化を見事に埋め込んでいると思います。とてもいい作品でした。
今回の感想はここまで。今後もグリーン監督の作品に期待ですし、ぜひ、グリーン×ガーナーで名コンビとして続いてほしいとも思います。
ではまた。
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