「デトロイト」(2017)

  • 監督:キャスリン・ビグロー
  • 脚本:マーク・ボール
  • 製作:キャスリン・ビグロー、マーク・ボール、ミーガン・エリソン、マシュー・バドマン、コリン・ウィルソン
  • 製作総指揮:グレッグ・シャピロ、ヒューゴ・リンドグレン
  • 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
  • 撮影:バリー・アクロイド
  • 編集:ウィリアム・ゴールデンバーグ
  • 出演:ジョン・ボイエガ、ウィル・ポールター、アルジー・スミス、ジェイコブ・ラティモア、ジャック・レイナー、アンソニー・マッキー 他

「ハート・ロッカー」(2008)や「ゼロ・ダーク・サーティ」(2012)のキャスリン・ビグロー監督が描く、アメリカ、デトロイト暴動の中で起きたアルジェ・モーテルの惨劇。

デトロイト暴動から50年の節目を迎えて公開された本作は、批評面でも観客からも高い評価を受けておりました。日本公開は年を跨いでしまったものの、待っていた甲斐はありましたね。

出演するのは「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」(2017)等のジョン・ボイエガ、「レヴェナント 蘇りし者」(2015)のウィル・ポールターら。

公開した週に観たのですが、人も多く、また観客が無言で重々しい空気の中退場していくのが印象に残る作品でした。

1967年、アメリカ第5の都市と言われるデトロイトで、大規模な暴動が起こる。

高圧的で人種差別の行き過ぎた警察への不満が爆発したのだ。街は炎と瓦礫に溢れ、略奪や暴行事件が多発。デトロイトの警察だけでなく、州警察なども動員され鎮圧を図っていた。

音楽業界での成功を夢見るラリーは、友人のフレドと共に、暴動から離れてアルジェ・モーテルに宿泊していたのだが、モーテルからの銃撃があったと、警官隊がモーテルを襲撃する。

警官たちはモーテル内の人を廊下に並べ、そう呼ぶにはあまりに惨い尋問を始めるのだった。

一切救いのない、ただただ現実を叩きつけてくるタイプの強烈な作品。

映画でもシーンとしてありますが、私としては若干吐き気すら覚えました。怖くて悔しくて、おぞましくて。一切の正義も贖罪も断罪もない。しかしそれ故に自分が今生きているこの現実そのものをみせられているようで、重くて息苦しかったです。

非常に現実的なのは、もちろんその撮り方からも伝わってきています。

あっさりと教科書的に、アメリカという国で黒人がどう生きてきたのかをみせると、作品はデトロイト暴動に突っ込んでいき、観客を当時のこの街へ放り込むのです。

この辺りを観ていた時、クリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」(2017)ぽいなぁと思っていました。全体に俯瞰するよりも、現場に投げ込まれることでの混乱や恐怖がすごく伝わってくるのです。

バリー・アクロイドによる撮影は、現場からの中継のようで、けっこう入ってくるズームが私は好きでした。その場にいて、何かが起きている時に、しっかりそれを残そうとするようなズームイン。

また演出の面でも、容赦がないですね。

もちろん尋問シーンの惨さもありますが、割りと冒頭のでトロイとの街の様子をみせている流れに、女の子が窓から外を覗くシーンがありましたよね。あれね・・・何の説明もその後も見せず、当たり前のこととして流れていきますけど、怖すぎる。しかしアレがまさしくイラクなど戦場における通常でしょうし、実はアルジェ・モーテルからの狙撃への過剰とも思える対応の伏線にもなっていて、上手い組み立てをしていると感心しました。

尋問シーンでは、モーテルの胃の痛くなるシーンもさすがでしたが、警察署でのシーンも怖かったです。

警官の態度もそうなんですが、あの部屋の壁です。座った人の手元にある手錠でつなぐためのパイプ。そして、ちょうど人の頭の位置にある、赤茶けた血の跡。

想像もしたくないことが繰り返された部屋です。こういうディテールまで非常に素晴らしい。

描かれているのは強烈な人種差別なんですが、これを悪として描いていない。

いや、差別は残酷な悪であることを伝えているのですけども、この1967年デトロイトにおける黒人への扱いと言うものが、今でこそ完全な人権侵害ながらも、当時としては通常であるとして描いているのです。

ウィル・ポールターが演じる、実際はまあ悪役なクラウスという警官がいますが、彼にはどこかこのデトロイトで警官を務めるがゆえの正当さみたいなものがあります。彼自身としては悪意を持って黒人を差別しているのではなく、むしろ善意からの行動であるようにすら見えました。

それだけ、人種差別がナチュラルに、気付かずに行われている。

繊細な演技で、少し引いた視線を持たせてくれるジョン・ボイエガ演じる、ディスミュークス。彼はもはやこの権力構造に抗うのではなく、そこで生きる覚悟をした人でしたが、彼の努力に対する白人の行為。コーヒーの差し入れ、白人警官へのフォロー。それらを踏みにじる最低の結末。吐き気がする。でもこれがアメリカにおいて黒人であることの現実なのです。

「どうして暴力に訴えるの?」という問いかけに、ふざけらながら演劇をみせる若者たち。あれが物語る、権力による絶え間ない疑い、監視、管理の怖さ。

ただ無垢な若者が死に、夢をつぶされ、一生怯えて暮らす。

1967年デトロイトの暴動。そこから踏み込んでアルジェ・モーテル。

しかし、この作品が現場を捕えた記録映像のようである手法は、さらに作品と観ている観客の現実を繋ぎます。

歴史の振り返りビデオではなく、今も起きている惨劇として伝わってくるんです。まだ世界では、白人警官によって(無抵抗、もしくは拘束されている)黒人が撃ち殺される事件が絶えません。尋問シーンを見ながら、私はオスカー・グラント氏のことを思い出したりもしましたよ。

キャスリン・ビグロー監督の見事な手腕で描かれる緊迫と恐怖。それは私たちの今であるからこそ、余計に恐ろしい。

無力に感じる中でEDに流れるThe Rootsの”It Ain’t Fair”が悲しい。でも、ラップ部分での怒りやパワーも感じるのは、少しだけでも希望かも?

観なくてはいけない作品と言うのはこういうものでしょう。気分は悪くなるし、楽しくはないです。スリラーとして満点ですが、何度も観たくない。でも現実でこの渦中に落ちるよりマシです。だから観ておきましょう、正しい判断ができるように。

レビューはこんなところで終わります。それでは、また。

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