「オールド・ナイブス」(2022)
作品概要
- 監督:ヤヌス・メッツ
- 脚本:オレン・スタインハウアー
- 原作:オレン・スタインハウアー『All the Old Knives』
- 制作:スティーブ・シュワルツ、ポーラ・メイ・シュワルツ、ニック・ウェクスラー、マット・ジャクソン
- 音楽:ヨン・エクストランド、レベッカ・カリフォード
- 撮影:シャルロッテ・ブルース・クリステンセン
- 編集:マーク・エッカースリー、ペール・サンドホルト
- 出演:クリス・パイン、タンディ・ニュートン、ローレンス・フィッシュバーン、ジョナサン・プライス 他
「ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男」のヤヌス・メッツ監督が、数年前に起きた飛行機ハイジャック事件を再捜査し、内通者の存在を追い求めるCIA諜報員を描くサスペンス映画。
主演は「ワンダーウーマン1984」などのクリス・パイン、そして「ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー」などのタンディ・ニュートン。
その他ローレンス・フィッシュバーンがCIAチーム長として出演しています。
この映画はオレン・スタインハウアーが2015年に出した小説『All the Old Knives』を原作とした作品になります。
スタインハウアーは『嘆きの橋』や『ツーリスト -沈みゆく帝国のスパイ』、そしてCIA諜報員ミロ・ウィーバーシリーズなど、スパイ活動をメインテーマにした作品を多く手掛けているそうです。
今作も自身で脚本を執筆しています。
この映画は劇場公開ではなくAmazonプライムにての配信公開になりました。私も配信の新着に来ていたのでそこから鑑賞。
実は見る前には全然情報も得ていなかったので、見た後にヤヌス・メッツ監督作品だったと知りました。
「オールド・ナイブス」のAmazonプライムビデオ配信ページはこちら
~あらすじ~
CIA諜報員のヘンリーは8年前の事件の再捜査を命じられる。
それはウィーンの空港でのハイジャック事件であり、乗員乗客100名以上が殺害され犯人も自殺するという凄惨なものだった。
ヘンリーは当時のCIAの担当チームに接触しそれぞれの事件当日の動きを尋問する。
その対象の中には、ヘンリーの元恋人で会ったシリアも含まれている。
彼女とレストランで待ち合わせたヘンリーは、お互いの愛について思い返しながらも事件について質問していく。
最悪の結果を迎えた事件の裏で、シリアが会議中に離席したこと、通話記録、ヘンリーの失った情報源。
かつて愛し合った二人は互いに置かれた状況に苦しみながらも事件の真相へと話を進めていく。
感想/レビュー
慎重で抑制されたミステリー
大筋で言えば
- スパイ映画
- 恋人同士のエージェント
- 隠された真相を暴くミステリー
というジャンル分けになってはいますが、いわゆるスパイアクション映画ではありません。「裏切りのサーカス」とか「誰よりも狙われた男」とかの方がテイストが近いでしょうか。
この作品は派手ではなく、非常に抑えたトーンでゆっくりと進行するタイプ。
ストーリーはほぼ2人の人物の会話劇という形で展開されていき、画としての派手さは一切ないといっていいでしょう。
その慎重さに対して退屈だなとか地味だなと感じてしまう人は少なからずいるでしょうけれども、初めからそのタイプであるとわかっていれば問題ないと思います。
また、その地味さというのが果たして退屈さに繋がるかといえば、私は真相を追っていく中での途中に挿入される事件当時の緊張感の走る現場や情報源との接触などが効果的にスパイスとして効いていると感じました。
構造が謎解きと全体トーンの抑揚に効く
しかもその入れ子というか、構成を前後させるようなプロットの展開方法は、ただ飽きさせないための仕組みではありません。
むしろ、必然になっている。
ミステリーの展開として何が何の前に置かれているのかが非常に重要な作品なのです。
それは伏線という意味です。
その時点ではある意味を持っていたものが、ストーリーを進行していくにつれてまた別の意味合いを生み出し、その衝撃が観客に押し寄せてくる。
一度目の回想に映し出されるそれぞれの人物のアクション。その真意。
抱擁の意味。事件の際に逃げ去るように離れた意味。小さなところではバーでのワインの産地の話まで。
小さなディテールが積み重ねられ、裏の裏が見えてくるというところにはカタルシスと驚きがこめられています。
さらに今作は政策やミッションという側面に加えて、ヘンリーとシリアのロマンス、私情が絡んでいるのです。
たとえ今作がほとんど席について二人の人間が話しているだけであったとしても(ロンドンのパブでもおしゃれなレストランでも)、裏側にある緊張感と複雑に絡む感情、そして主演としてリードするクリス・パインとタンディ・ニュートンの力でぐいぐいと引っ張っていきます。
二人のスター性というものが大きな力になっています。
映画としてのダイナミズムを意識してなのか、接写も多用されていたり。
色彩についても抑えられたトーンで統一されていることは間違いないですね。
復讐と愛の物語
タイトルの意味合いとしてはもともとは1世紀ローマの作家パエドルスの寓話のなかの、
“All the old knives that have rusted in my back, I drive in yours”(私の背にある錆びついたすべての古いナイフを、君の背に突き立てよう)という言葉から来ているようです。
過去に蓄積された疑念や恨み、業がすべてこの一瞬に炸裂することを考えると納得のいくタイトルですが、こうしたことに馴染みのない私はパッとは分かりませんでした。
しかし今作がタイトルの通りに復讐の物語だとするとすこし複雑さがあるのが面白いです。
シンプルな復讐という点では、ロシアに売られて悲惨な結末を迎えてしまったイルヤスからヘンリーへの復讐です。
それは業を背負うことであり一つの種明かしとして機能しますが、もうひとつ、シリアがヘンリーこそ内通者であることを知っていた期間に注目しましょう。
CIAはこのハイジャック事件の背景に内通者がいることを知っていたということですが、問題はいつ知ったのかです。
おそらく時系列ではこの映画の直前だと思います。2012年時点ではない。
しかしシリアは2012年の時点で知っていた。そこで彼女はそれを黙って隠していたということです。
人だからこその苦悩と過ち
ヘンリーの当時の決断は愛をもとにしたものです。
そしておそらく、シリアの沈黙も愛ゆえだったのだと思います。
その愛という要素はひた隠しにされながらも、表に見えない強い力となってこの作品全体をロマンスにまで押し上げています。
諜報員は国家の利益や支局、政策のために動く。しかしその中でやはり人間であるがゆえに善行の向く先には揺れが出るのです。
ヘンリーはシリアを失っても情報提供を拒むべきだったのか。
シリアは2012年時点ですぐにヘンリーのことを告発すべきだったのか。
何が正解なのかはこの二人の会話を追ってきた終盤、不透明に感じます。
諜報活動の現場をリアルな描写で描きながら、人が善いことをしようと動く中で、人だからこその苦悩と過ちを犯すことを静かに伝える良作だと思います。
派手じゃなく会話ベースだったりで集中して見れるときの方が向いている作品ですが、Amazonプライム加入者で興味がある方はぜひ見てみてください。
今回は簡単な感想になりましたが以上です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ではまた。
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