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「憐れみの3章」”Kind of Kindness”(2024)

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「憐れみの3章」(2024)

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作品解説

  • 監督:ヨルゴス・ランティモス
  • 製作:エド・ギニー、アンドリュー・ロウ、ケイシア・マリパン、ヨルゴス・ランティモス
  • 脚本:ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリップ
  • 撮影:ロビー・ライアン
  • 美術:アンソニー・ガスパーロ
  • 衣装:ジェニファー・ジョンソン
  • 編集:ヨルゴス・モブロプサリディス
  • 音楽:イェルスキン・フェンドリックス
  • 出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー、マーガレット・クアリー、ママドゥ・アティエ、ホン・チャウ 他

「哀れなるものたち」のヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが再びタッグを組んだ作品。

愛と支配をテーマにした3つの物語で構成されたアンソロジーになっています。3つのエピソードが、独特のユーモアと不穏な空気感の中で描かれています。

キャストには、「哀れなるものたち」に出演したウィレム・デフォーやマーガレット・クアリー、「パワー・オブ・ザ・ドッグ」のジェシー・プレモンス、「ザ・ホエール」のホン・チャウ、「女王陛下のお気に入り」のジョー・アルウィンなどが名を連ねており、同じ俳優たちが3つの物語それぞれで異なる役柄を演じる点も特徴です。

また、ランティモス監督の過去作品「ロブスター」「聖なる鹿殺し リング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」でも共同脚本を手掛けたエフティミス・フィリップが本作でも脚本を担当。

2024年の第77回カンヌ国際映画祭では、ジェシー・プレモンスが男優賞を受賞しました。

まさか1年にランティモス監督の作品を2本も劇場で観ることがあろうとは。こちら「哀れなるものたち」のVFX処理の進行中に、撮影を移行していたそうで、だからこそ間を空けずにリリースされたようです。

楽しみにしていた作品だったので公開週末に見てきました。ある程度人は入っていましたし、若い人がそこそこいました。ランティモス監督の美術面とかが話題なのでしょうか。

~あらすじ~

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生活の全ても自身の身体すらも上司に支配される男が自らの人生を取り戻そうと奮闘する物語。

海難事故から生還した妻が別人のようになり、夫である警察官が恐怖と疑念から狂っていく物語。

奇跡の力を持つ女性を探し求める宗教団体に所属する女性の物語。

3つの物語が語られていく。

感想レビュー/考察

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最近の作品に比べて取っつきにくくなったが、ランティモス監督の集大成のような作品

「女王陛下のお気に入り」、そして「哀れなるものたち」で商業的な成功もおさめたランティモス監督。

もちろんビジュアルや撮影のセンス、音楽などは彼の持ち味として異彩を放った作品でしたが、そこまで難解でもなく、多くの人に楽しんでもらえる間口の広さがありました。

それに対し考えてみると、今作はより過去の作品のようなテイストを持っています。

「籠の中の乙女」や「ロブスター」に近いでしょうか。素直でないようで素直な、独自のルールが敷かれた世界で揺れ動く人間の様を滑稽に描き出しています。

いつも共通するのは愛情と支配でしょうか。また「聖なる鹿殺し」だと強く感じたような神と神の恩寵のための犠牲も入っています。

神との関係性は(作中でも”ゴッド”と呼ばれた、ウィレム・デフォー演じる博士がいた)「哀れなるものたち」とも通じています。愛を勝ち得るために何をするのかというのでは「女王陛下のお気に入り」に近く。

要するに、ここにきてヨルゴス・ランティモス監督は集大成を迎えているのかもしれません。

「哀れなるものたち」も1つの到達点ではありましたが、理不尽さを取り戻してまたまとめ上げたのが今作と感じます。

俳優を同じくして生まれる妙なつながりと連鎖

3つのエピソードからなるアンソロジーですが、役者がどのエピソードでも共通しています。

そして役に関してもなんとなく繋がりを感じるような部分があったり、出てくるアイテムやモチーフも実は似ています。

不思議と一貫した話に見えてくるのは、根底のテーマが同じというだけではなく、エピソード事に配置された物事が共鳴しているからです。

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支配からの脱却と愛の繰り返し

こうすると、3つのエピソードは独立しながらも実は人間が繰り返してる、人間らしい愚かな行いや支配と自由、愛の渇望だと言えます。

様々なことを引き起こし、経験しながらも、結局はまた同じことをしている。

3章を眺めて、誰もが何らかの支配と虐待的な構造を持っていながらそこから脱却しようとしたり、もっと支配しようとしたり。

全権支配に通じると、まさに神の御業です。神になろうという人間の驕りとも言えます。

1章目はウィレム・デフォー演じるボスがまさに神のような支配を敷いていて、ジェシー・プレモンス演じる男は支配からなんとか抜け出ようとします。

それでも、気になった女性が次の支配対象になったと知り、結局は自分自身がボスの言いつけどおりに人を殺してしまう。

また第2章では遭難していた妻が帰ってきたが、それが妻のふりをした別人だと疑う夫の様子が描かれます。ここではジェシー・プレモンス演じる夫をなんとか喜ばせるために自らをどんどん犠牲にする妻がいます。

支配の中で、妻は文字通り身を削って夫に尽くすのです。

そこに愛があるのかは曖昧ですが、人間同士なのに神格化した対象に必要以上のことをするという点で共通したテーマですね。

自由意志とは?

またランティモス監督がこれまでの自身の作品でずっと描き続けてきたのは、自由意志についてです。自分自身で判断し決定し、自分の人生のコントロールを得るとは?

自分の自由に選択して生きていると、多くの人は感じているでしょうが、本当にそうなのか。この作品でも誇張はされているものの、かかっている制限はありふれたものです。

上司に気を使って何か自分としては進んでやりたくないことをする、もしくはしない。パートナーのために、多少イヤでも犠牲を払う。

自分のためと言いつつも、ある組織団体のために無茶をしていることも。

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超拡大、過剰描写したに過ぎない、私たちの支配、依存の世界

ものすごくオーバーに描き上げているだけで、このような社会的な、もしくは家庭的な、そして信念においても、支配と依存の関係性はあるものです。

極度にクロースアップしたからこそ異常な光景にも見えますが、実は人間の日常風景。

物事をものすごく拡大して観ているというのは、クローズアップされるオレンジやキスなどでそのまま表現もされているので、分かりやすいものかもしれません。

支配と依存の関係性は、人間が求めているもの。リズが語る犬と人間の世界では、犬に反抗するのではなく、一定に手に入れることのできるチョコレートに甘んじた。それが楽だから。

生き抜くことは大変であるが、支配というモノは時に救いでもあるかのようです。支配されているということは自由意志を失うことですが、厄介な自由意志からの解放は安心と安全でもある。

与えられる側になれば、渇望したり枯渇することへの不安を拭い去れるからです。

RMFこそが真の神

この3章の中で、俳優たちは役を変えていくのですが、共通項としてずっと同じ人物が一人だけ存在する。それはR.M.Fです。

1章では車にひかれて死ぬ、2章ではリズを助け出したヘリのパイロット、そして3章では死から蘇り、サンドイッチを食べる。

彼だけがこの作品の中で章ごとに同じ人物で、そして支配にも被支配にも属さない。超越した神としてこの映画自体を眺めています。

独特な距離感と、セックスやら人間の行いを滑稽に切り出す姿勢。スタイリッシュな美術や色彩にカメラなどランティモス監督らしさがあふれている作品。

ハマらない人にはおもしろくすらなくて、笑いもない感じで厳しい3時間になりそうですが、系譜としては間違いなくランティモス監督ファンにはハマるはず。

癖は強いけれど楽しめた作品で、個人的にはおすすめです。

今回の感想はここまで。ではまた。

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