作品解説

~あらすじ~

田舎町へ移り住んだ作家のグレースは、夫ジャクソンとともに新たな人生を歩み始める。
だが、待望の出産を境に穏やかな日常は一変。育児に追われるなかで創作活動は思うように進まず、孤独や焦燥感に苛まれていく。
さらに、現実とも幻覚ともつかない不可解な出来事が彼女を蝕み始め、心の均衡は少しずつ崩れていく。
愛する家族との生活のなかで、グレースは現実と幻想の狭間をさまよいながら、自らの精神と向き合うことになる。
感想レビュー/考察

8年ぶりのリン・ラムジー監督作が描く、母性と孤独
「ビューティフル・デイ」が2017年の映画で、今作は2025年と、実に8年ぶりの監督作となったリン・ラムジー。
前作でもシビアな現実の中、孤独や幻想とも思える映像美などが満載だった記憶があります。前作はとてもスクな作品だったので、久しぶりの監督作はかなり楽しみでした。
今回も原作を携えて、描きだしているのものは、、、
これは見る人によってとらえ方が変わるような物語だとおもいます。メインとして主には妊娠と主産後の鬱があるのかとは思いますが、ただそれだけで解決もできないような。
そこにはパートナー間の亀裂もありますし、酷い夫への非難もあり、そして人は番ったとしても孤独であるという掲示にも思えます。
ジェニファー・ローレンスが体現する、壊れゆく心のリアリティ
主人公を演じるジェニファー・ローレンス。自身の出産経験も合わせた挑戦であったとのことですが、素晴らしい演技でした。
体当たり演技なんてものは、もはや彼女にとっては褒められるべき要素ですらないくらいに、素敵な俳優なのですが、今作では危ない語り部、信じていいか不安になる主人公としての怖さみたいなものが絶妙です。
彼女の置かれている環境だけ見れば、妊娠と出産を乗り越えながらも、夫側の実家よりの場所に住まわされ、日夜赤ちゃんの世話をしている。
自分お話し相手は少なく、夫は家になかなか帰らず。しかもあの夫、しつけもしないで吠えまくる小さな犬を連れ帰ってくる始末。
ルーシー自身に休む間も、プライベートも、そして彼女側のつまり彼女自身の親や親友などが与えられていないのです。
これはかなり厳しい。
しかしただ可哀そうであるのではなくて、ルーシーの危うさがまたスリラーとして働きます。
赤ちゃんがいるところへ、普通に包丁をもって近づいたり、そばに置いたり。ただ、その行為に対して観客がどう感じるか、感じているその感情をもう一度客観的に見つめなおすことは重要かもしれません。

「悪い夫」では終わらない、ジャクソンという存在
夫側のジャクソンも、彼自身を眺めているとちょっとどうしようもない。けれど、今作ではなんだかんだでルーシーに寄り添って関係を繋ぎとめようとする。
完璧ではないにしても頑張ってはいるんですね。ロバート・パティンソンの中ではこれまでのカッコいい役どころよりも、「ミッキー17」とかの系統のちょっと頼りない感じの男性像がハマっていました。
またニック・ノルティやシシー・スペイセクといった名優が周りを囲っていますが、老いた二人には連れ添いながらも別れた二人の夫婦像が見えます。そして孤独。
グレースにとって二人は数少ないグレース本人に向けて会話してくれる人物だったのか。もしくは役目にハメられたままに生き、孤独になっていく”なりたくない姿なのか”。
ライフルをもって夢遊病のままに徘徊するパムの姿にも、グレースと共通する危うさは感じます。
母親という役割に飲み込まれていくグレース
グレースは小説家。彼女自身の世界とそのコミュニケーションをしてきた。
しかし、今やペンを持っても何も書けず、彼女自身のアイデンティティでもあるはずのインクには、母乳が混じってしまう。
グレースという一人の女性が、母親という役割によって濁り元に戻れなくなる様子。
不気味ながらも非常に切なく重要なシーンでした。
母親という枠にはまっていくには、彼女は創造的過ぎる。

幻想と炎が映し出す、女性の内なる叫び
グレースが見ている世界のように、この作品の映像は美しく、夜は黒ではなくブルーに染め上げられている。
幻想的なイメージは炎に包まれる森と、その中に入っているグレースの姿が印象的です。
解釈も分かれますが、彼女の自己破壊的な姿を示すようでもあるし、また妻とか母親とかの枠を超越して、彼女には止められない力がある性質を示すようでもありますね。
フェミニンでありつつその枠を壊す。不安定でスリリングな女性ですが、彼女をそこまで追い込んでいるのは間違いなく”自然と母になれ”という圧なのでしょう。
母性の神話を問い直す、静かで力強い心理ドラマ
リン・ラムジー監督とジェニファー・ローレンスが組み、また現代的な女性の物語をホラーテイストにも感じる風合いで描いた作品。
若干描かれすぎてきたような気もする、”母親像に押しつぶされる女性の姿”ではあるのですが、幻想的な映像や素晴らしい演技、そして非倫理的な行動を起こしてでも抗っていく姿自体は、フレッシュな帰結にも思えました。
万人向けではないですが、女性に関しての考察と生きる姿などが、実際の妊娠と出産経験、女性たちの視点と政策で作られているのは良いことだなと感じます。
公開規模は小さいですが、リン・ラムジー監督の久しぶりの作品ということでおすすめ。
今回の感想はここまで。ではまた。


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