「アイズ・オン・ユー」(2023)
作品解説
- 監督:アナ・ケンドリック
- 製作:ロイ・リー、マリ・ユーン、J・D・リフシッツ、ラファエル・マーグレス
- 製作総指揮:スチュアード・フォード、ザック・ギャレット、ミゲル・A・パロス・Jr.、アナ・ケンドリック、イアン・マクドナルド、ジョー・ペナ、ポール・バルボー、ショーン・パトリック・オライリー、マシュー・ヘルダーマン、ルーク・タイラー、アンドリュー・ディーン、スティーブン・クロフォード
- 脚本:イアン・マクドナルド
- 撮影:ザック・クーパースタイン
- 美術:ブレント・トーマス
- 編集:アンディ・キャニー
- 音楽:ダン・ローマー、マイク・タシーロ
- 出演:アナ・ケンドリック、ダニエル・ゾバット、ニコレット・ロビンソン、オータム・ベスト、ピート・ホームズ、ケリー・ジェイクル、キャサリン・ギャラガー、トニー・ヘイル 他
アメリカに実在した連続殺人鬼ロドニー・アルカラが、全国放送のデート番組にも出演していたという実話を描く物語。
同番組に出演することになった女優、またロドニーの犯行の被害者たちの目線から犯人の残虐性と、70年代当時の公的機関の機能不全や女性蔑視にまで切り込んでいきます。
監督は、「ピッチ・パーフェクト」シリーズなど俳優として活躍するアナ・ケンドリック。彼女にとっての初めての監督作品となります。
殺人鬼ロドニー役には、ダニエル・ゾバット
その他ニコレット・ロビンソン、オータム・ベストらが出演しています。
こちらはNetflixでの製作公開となっており、劇場公開はされずに配信にて公開されています。
ちなみにタイトルの”Woman of the Hour”というのは日本語では”時の人、今話題の人”という意味です。ここでWomanと女性が使われているということは、少なくともこの話題の人は殺人鬼ロドニー・アルカラではないのです。
もともと存在に気づけていなかった作品でしたが、ネトフリの新着リストに手見つけたので鑑賞。アナ・ケンドリックは俳優として好きですから、監督デビューということでかなり興味が出ました。
〜あらすじ〜
1970年代のロサンゼルス。
俳優をとしてのキャリアを目指すシェリルは様々なオーディションを受けるものの、女性にはセックス・シンボルとしての役目しか求めない製作側に嫌気が差しており、なかなかいい役を得られずにいた。
そんな中で、彼女のエージェントがあるデート番組への出演を取り付ける。
断ろうとするシェリルだったが、過去にも下積み時代の俳優が出演していたことや、広く顔を知ってもらうための宣伝効果と割り切って出演することに決めた。
番組には相手役に3人の男性が呼ばれていたが、観覧席からその中のひとりを観た女性があることに気づく。
その男は彼女の親友を暴行し殺害した逃亡犯だったのだ。
この男ロドニー・アルカラは、写真家として女性を狙って近づいては暴行し殺害するという犯行を繰り返しており、死ぬ前の写真をおさめるという異常犯罪者だった。
感想レビュー/考察
連続殺人鬼を扱いながら、搾取的でない
昨今に限る話でもないのですが、実在の連続殺人鬼を巡る作品はたくさんあります。
それを追った刑事のドラマでも、新聞記者の記録でも。ただ目立って印象を受けるのはその殺人鬼に深く切り込み、彼らを理解しようとする作品です。
センセーショナルな内容であることもあり、批判も集まりやすく注目されますが、一方で少ないのは被害者たちにフォーカスを当てる作品です。
今作は後者に位置していて、アナ・ケンドリックが監督として持っている視点は非常に貴重なものに感じました。
この映画でも殺人鬼であるロドニー・アルカラを描いてはいますが、そこに同情や共鳴など一切なく、というか理解しようとすらしていないくらいにクールに取り扱っていると感じます。
犯人については残虐さが主な焦点です。決して性的暴行や殺人のシーンを搾取してエンタメにしたりしません。
シーンの前後から、ルックや人物の所作から、何が起きたのかが分かるようになっており、この推し量ってしまう恐怖がより非道さを強く感じさせてきます。
被害者の女性たちの視点を重視
複数出てくる彼の犯行シーンでは、常に視点は被害にあう女性側に置かれていて、犯行の残虐性は、犯人の異常心理という以上に、被害者が受ける恐怖から生み出されていると感じます。
この視点は男性と女性の70年代当時の関係性や、警察やTV関係の管理側への不信と批判にも絡んでいきます。
作品の冒頭で映画の中での最初の犯行が行われます。女性が真っ直ぐに映し出され、彼女が心に傷を負った状態であることが語られます。
音楽だけが不穏な空気をじわじわと広げていく中で、女性に同情した次の瞬間には、ロドニーによる凶行が始まる。
対峙し、何かがおかしいと感じ緊張が走る。
これから獲物を仕留めるという視点ではなく、今この誰もいない場所で、どうやって目の前の脅威から逃げようかというあの怖さがしっかりと描き込まれていました。
居心地の悪い無音と逃げ場のない画面フレーム
アナ・ケンドリック監督が使いこなしている要素の一つが、無音だと思います。
スリリングな音楽での盛り上げも使いますが、あえて無音の状態を作り、普通ならカットをかけて次のアクションを起こすような場面で、静止する。
カットが割られず女性の視点でじっと目の前の事象を見つめるその居心地の悪さがかなり効果的だと言えます。
さらに撮影面でも意図的で描写に抜け目がないですね。
最初のロドニーの犯行シーン。
被害者の女性は画面のフレーム内で左へ逃げるも、ロドニーは同フレーム内ですぐに追いつき彼女を押し倒す。
残酷にも一度締め上げて窒息させると、蘇生を施して再度殺す。
画面のフレームを使って、女性の逃げ場のなさを見せていました。
ここでの画面フレームの使い方は、後のシェリルが駐車場でロドニーに追いかけられる点にも共通します。
真っ暗で無人の駐車場で画面の中央を歩くシェリル。
あえて結構引きのショットで取っていますから、シェリルのシルエットはすごく小さく置かれて、彼女の孤独がぐっと強く感じられます。
フレームの右側にはしっかりとロドニーが入ってきて、シェリルが足を速めても追いついてフレームから出ていかない。
逃れられない恐怖が画面構成から語られている秀逸な描き方です。
直接女性を見ず獲物として見ている男性
また女性への視線についても、男性が何を見ているのかが組まれていました。
シェリルを応援している男性がいますが、アパートで彼と会話する際にはあまり直接的な視線のやり取りがないです。
鏡を通して見ているんですよね。真っ直ぐに女性を見ていない。
凶悪な男の犯行に交差して、シェリルのデート番組への出演の流れが見えてきます。決して望んだわけではない出演。
オーディションでも番組でも、平然と容姿を判断され、ヌードや胸について話をされる。
当時のハラスメントの現場を見せていますが、今も変わっていないとも言えるようなやり取りでした。
他にもTV番組の観覧席に、親友を殺された女性がいてロドニーを認知します。彼女は訴えを起こそうとしますが、まずは彼氏?に否定され、次に警備員にからかわれ、警察でもまともな取り扱いがないのです。
女性側の訴えるという行為自体をかなりぞんざいに扱う。
まともに女性を観ていないという点が、この相談先としての対応から実際に何かスクリーン越しで観るという行為にまで徹底して表現されていました。
結局男性は、女性を性的な対象とか、獲物としてしか見ていないのです。
女性から見た男性の二面性
女性と男性の対話における距離や目線の違いはかなり意識的に入れ込まれていますね。
男性が女性自身をみていなくて、あくまで対象物として見ていることに対して、女性からは男性が見えないことが強く感じられます。
見えないというのは、その男性の本性が分からないということです。特に連続殺人鬼については分かりやすく二面性が強調されています。
人当たりが良くて女性思いであるような見た目の点は、デート番組での回答から見えています。だからこそ、シェリルはロドニーを選んでしまうしそれはかこの被害者女性たちもみな同じです。
しかし、優しい顔の裏には怪物がいる。
実はこの二面性はロドニーだけに描かれてはいません。
シェリルを応援している男性については、先ほど言っていたように、シェリルは純粋にキャリアを応援してくれている友人と見ていたけれど、実際には彼女と(性的に)関係を持ちたかったことが分かり、一気に警戒してしまいます。
また、デート番組の司会者は表面ではコミカルで、独特なトーンを作って喋る紳士的な様相です。しかしカットがかかれば悪態をつきながら女性蔑視の発言を連発。聴いていたシェリルも唖然としています。
このように、今作に出てくる男性はほとんどが二面性を強調して描かれています。
これが女性の見ている世界であり、女性から見た男性。
1つの殺人鬼の事件から、女性たちにとっての不条理な世界を描き出す
実在の連続殺人鬼をあくまで題材に使いつつ、残虐性をみせながらもフォーカスは被害にあった女性に合わせる。
彼女たちの恐怖を描きこみ、そこから広く女性が受けている被害や見えている不平等で機能していない世界についてまで明らかにしていく。
音楽も撮影も巧みに活かされていますし、俳優アナ・ケンドリックの監督としての抜群のセンスと手腕が見えた素晴らしいデビュー作だと思います。
もともと俳優としても好きな方ですが、これから監督としても本当に注目の方です。こちらの作品はNETFLIXで配信されていますので、観れる方は是非。
今回の感想はここまで。ではまた。
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