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「落下の解剖学」”Anatomy of a Fall” aka “Anatomie d’une chute”(2023)

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「落下の解剖学」(2023)

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作品解説

  • 監督:ジュスティーヌ・トリエ
  • 製作:マリー=アンジュ・ルシアーニ ダビド・ティオン
  • 脚本:ジュスティーヌ・トリエ アルチュール・アラリ
  • 撮影:シモン・ボーフィス
  • 編集:ロラン・セネシャル
  • 出演:サンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ、サミュエル・セイス 他

フランスのジュスティーヌ・トリエ監督が手がけた長編4作目は、2023年の第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で最高賞のパルムドールを受賞したヒューマンサスペンス。

視覚障がいを持つ息子が唯一の目撃者となったた雪山の山荘で起きた転落事故。夫殺しの疑惑をかけられた妻の裁判を通して家族や夫婦関係の秘密を暴き出していきます。

主人公サンドラ役を演じるのは、「さようなら、トニー・エルドマン」などで知られているドイツ出身のサンドラ・ヒュラー。非常に高い評価を得ている作品で、第96回アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされました。

前評判的にも聞いてはいたので結構楽しみにしていた2月公開の作品。公開週末に観てきました。結構混んでいました。

「落下の解剖学」の公式サイトはこちら

〜あらすじ〜

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人里離れた雪山の山荘。

視覚障がいを持つ11歳の少年が、血を流して倒れている父親を発見する。悲鳴を聞いた母親が救助を要請しますが、父親はすでに息絶えていいた。

当初は転落死と思われたが、その死には不審な点も多く、前日に夫婦ゲンカをしていたことなどから、妻であるベストセラー作家のサンドラに夫殺しの疑いがかけられることに。

息子に対して必死に自らの無罪を主張するサンドラだが、事件の真相が明らかになるにつれ、仲睦まじいと思われていた家族像とは裏腹に、夫婦の間に隠された秘密や嘘が次々と明るみに出ていく。

感想レビュー/考察

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夫の不審な転落死。口論をしていた妻。唯一の証人である視覚障害のあるの息子。

法廷劇として展開する今作はそんな設定を持っているからこそ、そして予告編などで謳われているためにミステリー映画だと思われるでしょう。

私自身映画館の予告を見てそう思っていました。おそらく来ていた観客のみなさんもそうだったように感じます。

しかし今作はミステリーではない。もちろん不審な転落死についてのあれこれを掘り返す作品ですし、なんとなく妻が怪しかったりもします。

ですが今作が本当に描き出しているものは、人間関係における限界とか、コミュニケーションの限界な気がします。

人は誰かを見て判断する時どのような要素を見るのか。自分が認識している自分と、他人が認識している自分とそのギャップ。

認知や偏見、自己認識。ある事象から人を見た時に、そこにどんな情報が追加されるとどんなふうに印象が変わるのか。

裁判を通して見えてくるのはそこだと思います。

不完全に置かれた山小屋。夫婦の関係性のように未完成で穴があり不足している場所を舞台に、自殺とも他殺とも取れる事件が起きる。

設定事項は見えていても、観客には事件の全容が見えません。序盤にはそもそも夫の姿も映らなくて、山小屋でインタビューを受けているサンドラと相手の女性だけがいる。

そこで聞こえてくるのは大音量の50centの”P.I.M.P”。インストverではありますが、のちの裁判でも指摘されるようにそれなりな内容の楽曲。

それが大音量で、妻が仕事のインタビューをしているのに流れる。終わってもまたリピート再生、しかも音量が上がる。

このOPだけでもおもしろい。まだ事件は起きてませんが、ここでも観客を巻き込んだ推し量り、判断を入れ込んでいます。完全に嫌がらせしていると思うでしょうし、観客としてもセリフが聞き取りずらいほどに音楽が大きく設計されています。

不快感はサンドラとインタビュアー同様に私たちにも感じられる。

見えない、つまり視覚を奪われて耳において相手を解釈すると、夫はなんとも身勝手に映ります。

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こういったフルのコミュニケーションではない、何かが欠けている状態での相手の解釈をする場面が非常に多くある作品です。

裁判ではもちろん夫の証言はないですし、再生される録音ではビジュアルがない。

それぞれが自分の解釈を持って証言していて、人を、事象を判断するのは難しくなっています。

しかも、サンドラはドイツ出身でありフランス語は母国語ではありません。裁判においても英語をよく使い証言する。

ここには言語の壁というコミュニケーションの障害も生まれています。

また息子は視覚障害を持っていてまさにビジュアルの情報を奪われている。表情も分からず、叩きつけられたものが何なのか、誰が投げたのかなどは音から判断するしかありません。

そしてそれらには情報が付与されるとさらに解釈は難しくなる。

ただ大音量で曲が流れているだけではなく、どんな曲なのかが考慮されます。

裁判ではサンドラのセクシュアリティも言及される。

インタビュアーと仲良くなろうとしている時、サンドラがバイセクシュアルであるという情報が、あるのかないのかでまたあの録音内容の解釈が変わってきますね。

夫の精神状態においても、医師の診断はたしかにプロのものですが、診察室での話。「彼がどんな人間なのかあなたに全て分かるの?」というサンドラの主張も分かります。

でも一方で、サンドラもすべてを理解しているわけではないはず。

息子は記憶が曖昧なのではなく、これまでに経験したことに対して裁判で知った背景を足し合わせることでまた解釈を変えているのかもしれません。

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焼け付くような夫婦間の崩壊のドラマに釘付けになりながら、人が他者を知ることの不可能さを突きつけてくる。

本当のミステリーは他人そのものです。角度を変え情報を追加するほどに真意もその人自身も分からなくなる。

サンドラが考えていた夫とは?ダニエルが感じていた家族の、両親の考えと関係性とは?

傍聴席の人々や証言台にたった人たち。裁判官に検察と弁護人。全てが推量なのです。

こんなにもコミュニケーションのツールに溢れていても、人間が根源的に他人を理解することはない。

それを夫婦という他人における究極の契約形態を舞台にして残酷なまでに浮き彫りにした作品。

台詞も多いですしかなり情報を浴びて疲れますが、お勧めの作品でした。

ではまた。

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