「タイム」(2020)
- 監督:ギャレット・ブラッドリー
- 製作:ギャレット・ブラッドリー、ローレン・ドミノ、ケレン・クイン
- 音楽:エドウィン・モンゴメリー、ジェイミーソン・ショウ
- 撮影:ニサ・イースト、ザック・マニュエル、ジャスティン・ズウェイファッハ
- 編集:ガブリエル・ローズ
1990年代初頭に、武装強盗の罪で60年の実刑判決を受けたロバート・リッチ。彼の妻フォックス・リッチは、その執行猶予も保釈もないあまりに理不尽な判決に対し戦うことを決めた。
今作はギャレット・ブラッドリー監督が、そのフォックスさんを通して、一家の物語とアメリカ社会に根強い黒人への差別、不当なシステムを描いていくドキュメンタリー。
ギャレット・ブラッドリー監督はこれまでにもショートやドキュメンタリーを手掛けており、アメリカ文化における黒人の立ち位置や現れ方などを描いているようです。
今作はもともとは彼女が短編として製作していたもので、しかしフォックス・リッチさんから100時間を超える、18年分ものホームビデオのテープを受け取り、これを長編にすることに決めたそうです。
また今作は2020年のサンダンス映画祭で上映され、ギャレット監督はアフリカ系アメリカ人女性として初めて、ドキュメンタリー部門で最優秀監督賞を受賞。作品も非常に高い評価を受けています。
私も批評家関連のなかで、ドキュメンタリーのベストに見かけたことで知りましたが、日本でもAmazonプライムビデオで配信されていたので鑑賞してみました。
2020年はアメリカのBLM運動が逼迫した状況を見せ、ジョージ・フロイト氏の殺害、彼の「息ができない」”I can’t breathe”が世界に響き渡る言葉となりました。
アメリカにおける黒人への差別は、警官の暴力という形で現れ続けていますが、同時にそこからこの国が抱えるシステム化された差別構造をとらえていきます。
そんな社会のなかであるケースに切り込んでいった映画は多くあります。
劇画が多いですが、黒人の不当逮捕や警官の暴力は、「フルートベール駅で」や昨年公開された「黒い司法 0%からの奇跡」などで描かれています。
そして今作はそのシステムによって差別され抑圧され苦痛を与えられてきたある家族を映し出しているのですが、同時に家族のドラマでもありました。
ギャレット・ブラッドリー監督のこのドキュメンタリーは確かに社会を観察し問題提起するものではありますが、ただそこにある親密さは素晴らしく強く、これは紛れもなくリッチ一家の記録です。
個人のものであるのです。
ただこれが家族が抱える問題であるということを肌で感じるほどに、そもそもここまで一家を苦しめる不正といっていい司法制度に憤ります。
モノクロームの映像。白と黒という色彩が直接的に黒人差別を物語ることに加えて、時間、時代を取り払うようにも思えます。
モノクロ映像では、古い時代にも見える。ですがこれは今の闘い。こんなにも時代は変わっても、アメリカの白黒な社会は変わっていません。
収監された刑務所での非人道的な扱いに、面会の制限や嫌がらせ。
そもそもいくら武装強盗と言えど、死者もないなかで仮釈放も執行猶予も付けず60年の実刑とは。腹が立ってしかたがない。
司法制度とは罰するだけではないはず。社会への復帰をするための支援も含み、ひいては人間が罪に対して最大の自慈悲を見せる場ではないのか。
そこでギャレット監督は体制側を一切登場させません。
司法制度側は顔も見えず、電話口での声が聞こえるだけです。
ドキュメンタリーであれば、一つの撮影、取材クルーとして恐らくは個人レベルより強い力での接触が可能でしょうが、それを行使しません。
そこには、このドキュメンタリーがリッチ一家を越えないようにする想いが感じ取れます。
彼女たち一家と同じく相手も見えず、ないがしろにされ、ただ訴え続けるしかないその閉塞感を、観ている私たちに感じ取らせる仕掛けになっているのです。
そして今作の一番の強さは、そのタイトル通りに時間からきています。
ホームビデオの連続と、実際に時を経て成長していく子どもたち。過ぎ去ってしまい取り戻せない時間。それ自体が重く、家族の苦痛を見せていく。
劇画ではないのに、ワンカット挟んだ瞬間の時の経過にここまで感情を揺さぶられることは少ないですね。
そしてこの時間は、映画になったことで魔法になる。というより映画だからこそできる時間の操作がまさに魔法なんです。
この20年をたったの一時間半にまとめてしまうのが映画ですが、その時制をコントロールすることもできます。
最大の魔法はラスト。こんなにも美しい最後。
映画だからこそ、現実では絶対に戻ることのできない時間を逆転できる。
ロバートのいなかった時を遡り全てを逆行して、家族が揃っている瞬間に戻ることができます。
そして作品としてはこの逆行はロバートが帰ってきてから起こることで、彼がいる状態で始まりに戻るのです。
取り戻せないけれど、映画というメディアで家族をはじめからひとつに。
ドキュメンタリーとして誠実でありながら、映画であることを最大限に活かした癒し。
喜びや痛み、悲しみや怒りも全てを肌で感じさせながら、最後は映画という装置から愛で包んでいく瞬間に涙します。
素晴らしいドキュメンタリーであり、映画であり。これは本当にオススメの1本に出会いました。
たくさんドキュメンタリーは見たことがないですが、配信では劇場よりも公開が多くなりそうなので今後も色々と見てみようと思います。
今回の感想はこのくらいに。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
それではまた次の記事で。
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