「悪なき殺人」(2019)
- 監督:ドミニク・モル
- 脚本:ドミニク・モル、ジル・マルシャン
- 原作:コラン・ニエル『Seules les bêtes』
- 製作:シモン・アルナル=スロヴァク、カーリーヌ・ベンジョー、バルバラ・レテリエ、キャロル・スコッタ
- 音楽:ベネディクト・シーファー
- 撮影:パトリック・ギリンジェリ
- 編集:ロラン・ローアン
- 出演:ドゥニ・メノーシェ、ロール・カラミー、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ダミアン・ボナール、ナディア・テレスツィエンキーヴィッツ 他
作品概要
「ハリー 見知らぬ友人」などのドミニク・モル監督がコラン・ニエルの小説を映画化した作品。吹雪の中の女性失踪事件を中心に、それにかかわる人物ったちそれぞれの視点で展開されるミステリー。
主演は「ジュリアン」や「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」などのドゥニ・メノーシェ、「レ・ミゼラブル」のダミアン・ボナール。
その他ロール・カラミーやヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ナディア・テレスツィエンキーヴィッツなどが出演。
巧みなミステリーと絡み合う人物たちそれぞれのストーリーから、本国フランスで高い評価を得た作品で、2019年の東京国際映画祭でも上映(当時のタイトルは原題に近く「動物だけが知っている」)があり、その際には最優秀女優賞と観客賞を獲得。
その後日本での一般公開についてはあまりニュースがなかったのですが、タイトルを変えてようやく一般公開されることになりました。
後悔された週末には行けなかったので翌週に。それでも結構人が入っていてにぎわっていました。年齢層も幅広く意外なところでした。
~あらすじ~
フランスの山奥。雪が降り積もる小さな村で女性の失踪事件が発生した。
警察が創作と聞き込みをするが有効な情報がつかめない。
山奥の高原には一人の青年ジョゼフが暮らしている。仕事で彼の支援をしている女性アリスは彼と不倫関係にあった。
ジョゼフのほうはアリスにあまり興味がなく、犬と倉庫を気にしている。さらにアリスの夫はなぜか食事に戻らず、仕事場である農場の執務室にこもる。
数日後夫は忽然と姿を消し、アリスは警官と彼を探す。
疾走した女性の過去にもどる。そこにはマリオンという女性がおり、二人は不倫関係にあった。
マリオンと女性の関係とアリスや夫、ジョゼフには何もかかわり長く思えるが、実はフランスから遠く離れた場所でこの事件の全てが始まっていた。
感想/レビュー
的確な展開
複数の人物の視点を次々に展開しながら、それぞれのピースが呼応するように真実が明かされていく。
それは「羅生門」のスタイルをとった語り口でありながら、真実とその陰に潜む現代の私たち全員にはられた罠を明らかにしていきます。
ドミニク・モル監督はこの一つでありまた複数の物語から、いま私たちが気づかずに囚われている落とし穴を描きます。
私はこの作品をクライムミステリーとは思いません。
むしろ現代のミスコミュニケーションが抱える闇がもっとも危険な形で表れてしまった悲劇だと思いました。
ふとした部分が交差するストーリー展開。
ここでは的確な順番からその話が展開されていました。アリスの時点でおおよその事件の、ある種外部的な視点を与えながら、今作の根底にあるテーマにも触れています。
アリスのかなり一方的な愛情。アリスからジョゼフへの転換によってそれは明確になるのですが、ここが肝心です。
この作品の5つのストーリーは、それぞれに愛をもっています。言ってしまえばラブストーリー。
ただし、それらはすべて一方通行であり、幻想であり個人の身勝手な願望であるのです。
その根本をしっかりと見せながら、脚本はその時観客に必要な情報だけを与え、謎の部分に関してはあまりもったいぶらずにヴェールを取り払っていきます。
だからこそ人物が切り替わろうとも散ってしまうこともなく見ていけました。
動物たち
各チャプターにはそれぞれその時点においては意味のなさない謎が残されていき、次のチャプターで別人物視点になることでそれらは真の意味を映し出す。
繋がっていくにつれて思うのは、恐ろしさではなくてむなしさです。
それぞれが理由や勝手さはあるにしても愛を原動力に動きていった結果がこの事件なのでとてもやるせないですね。
アリスから与えようとする不要の愛。死者への一方的な所有。
異なる愛の重さと、愛のために中身のない”愛してる”を送ること、そして衝動的で欲望が先行した愛情。
相互に作用しないコミュニケーション。
今作でアリスもマリオンもそしてミシェルもそうなのですが、一方的な訪問しかしかません。招かれるシーンのない中でただ自分の中の幻想を頭に詰め込んで相手を追いかけていく。
迷路のような道の先に何を見つけるのか。
この作品のもとのタイトルはシンプルに言うと「動物たちだけ」という意味で、これはまたは「ただの動物たち」という意味にも取れます。
今作の5つの愛情は全く対話を通さない本能的なものであることから、まさに動物のような人間たちを指しているとも思えますね。
随所に農場や犬、ヤギなど動物が挿入されるのは、ここで行動する登場人物たちと照らすためでしょうか。
「愛とは自分が持たないものを与えること」
彼らはどうでしょう。自分が持っていないものを埋めようと、相手に愛情を求め続けただけではないでしょうか。
SNSではすごく象徴的ですが、それ以外の場面でもミスコミュニケーションは起きています。
結局この話の全員が、話の全体を観ることはなく終わっているのですから、俯瞰などできないのです。
はじめから冷静になり対話する態度を取らなければ、私たちはすでに張り巡らされている罠にただ落ちていくということです。
ドミニク・モル監督と素晴らしい演者たちのアンサンブルから、興味深いミステリーと人間の足元に常に敷かれた落とし穴が描かれました。
ミステリーとして見ごたえも十分ながらしっかりと現実の問題提起にもなっているなど楽しめました。
劇場公開規模はそこまで大きくないのですが、この年末年始期間の鑑賞候補として一ついかがでしょうか。
というところで感想は以上になります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ではまた。
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