「スーパーノヴァ」(2020)
作品解説
- 監督:ハリー・マックイーン
- 脚本:ハリー・マックイーン
- 製作:エミリー・モーガン、トリスタン・ゴリハー
- 製作総指揮:ヴァンサン・ガデール、メアリー・バーク、エヴァ・イエーツ
- 音楽:キートン・ヘンソン
- 撮影: ディック・ポープ
- 編集:クリス・ワイアット
- 出演:コリン・ファース、スタンリー・トゥッチ、ジェームズ・ドレイファス、ピッパ・ヘイウッド 他
俳優であり監督としてのキャリアも始めているハリー・マックイーンが、長年連れ添ったピアニストと小説家の終わりへの旅を描くロマンスドラマ。
カップル役は「英国王のスピーチ」や「1917 命をかけた伝令」などのコリン・ファース、そして自身も俳優ながら「ジャコメッティ 最後の肖像」で監督デビューしているスタンリー・トゥッチが演じています。
私はハリー・マックイーン監督のデビュー作になる”Hinterland”を観たことがないので、今回は初めての監督作鑑賞になります。
作品はサン・セバスティアン映画祭でプレミア後に予告を観ていて、何にしても主演二人に惹かれてみたいなと思いっていました。
昨今は公開延期やらがいろいろと多い中で、無事に7月になって公開され、早速鑑賞。規模的にもしょうがないですが、あんまり人はいませんでした。
~あらすじ~
ピアニストとのサムと、小説家のタスカー。二人は20年来のパートナーでありキャンピングカーでの旅行に出発した。
かつて二人で訪れた湖畔。そして山道を抜けた先に、サムの実家がありそこも訪ねる。
多くの友人や家族に囲まれて、昔のいい想い出を懐かしむ二人だったが、サムは心に不安を抱えていた。
タスカーは2年前に認知症の診断をされ、その進行が思っていたよりも早かったのだ。
来るべきその時を予期していながらも、何事もないかのように過ごすサムに対し、タスカーにはある秘密があった。
感想レビュー/考察
至極のラブストーリー
まず初めに、ちょっと穿った見方で心配していた自分がいたことを記します。それは今作が若年性アルツハイマーに罹患する人を描くこと。
自分としては「アリスのままで」のジュリアン・ムーアとか、最近だと「ファーザー」でのアンソニー・ホプキンスとか、認知症を患う人物を演じるということのなんというか、演技の見せどころ感を感じていた次第でした。(いずれもアカデミー賞で主演賞獲っています)
なので賞がらみなところでの設定もあるのかな?なんてちょっと斜めに見てしまっていた点があり、いい意味でそれが裏切られたことは純粋に喜びです。
今作でハリー・マックイーン監督が描いたのは純愛であり、至極のラブストーリーです。
そして、より普遍的な、人生という旅の終わりを予期したときの人間のあり様なのです。
二人のそれぞれの終わりへの旅
サムとタスカーは想い出巡りの旅に出ます。彼らが過去を過ごした素敵な場所への再訪問と、そして家族や友人たちに会うためですが、これは同時に別れへの旅です。
終わりが来ることを予期した上で、それぞれを胸に刻み別れるための旅。
サムは最後に、タスカーが場所や家族との想い出そしてサム自身を覚えている間に、最後の旅行をしたく思っていますが、一方のタスカーは人生の終わりとしての旅を心に秘めていました。
その二人の心境や相手を想うゆえの苦しみと怒り、悲しみがコリン・ファースとスタンリー・トゥッチの名演により繊細に描かれることとなります。
ちなみにコリンとスタンリーは実生活でも20年来の大親友らしいですね。間違いなくサムとタスカ―の自然な親密さに、この二人の俳優の友情が貢献していると感じます。
チャームで魅了するスタンリー
監督が制作を決め、配役した際、もともとはコリンがタスカー、スタンリーがサムの配役だったそうです。
しかし読みあわせを続けるうちに二人ともが役を交換した方が良いと考え、マックイーン監督に提案したとのこと。
確かに、冗談混じりでエネルギーあるタスカーには、スタンリーが似合っているように感じます。
冒頭のレストランでの意地悪なジョークや、サムの実家のベッドでのやり取りなど、どこか少年のようないたずら心を見せるチャーミングさは、スタンリーのおかげで本当に魅力的です。
絶えず瞳の中で感情を爆発させるコリン
そしてコリンは、タスカーの症状悪化から、忘れることなく残されていくサムを演じますが、そのリアクションが素晴らしい。
ジョークを笑えないと苛立つ感じの、仲の良い相手だからこその距離感も良いんですが、彼の眼差しが一番印象に残りました。
一目で、その目と表情で、抱え込む悲しみと怒りの混じりあいと漏れ出しそうな感情を表現できる。
コリンが内在させ続けた怒りってすごく大事に思えます。ただ憎しみはない。
その恨んでいない怒りこそ、真に相手を愛し想うからこそくるものです。
演出もサムの心を助長していました。レストランのシーンではサムの後ろにちょうど鏡があります。そこには向かい合っているタスカーが映る。
画面構成として、サムの心にとってタスカーの占める割合の多さが示されていると感じます。
また、のちには玄関のガラス越しでのショットがあり、そこではサムの顔がガラス枠の中に納められます。
それはもうどこかに逃げたり避難できない、今目の前のタスカ―を失うという現実を直視せざるを得ない状況を示します。
題材はとても悲しいです。
あのスピーチシーンでは涙が出ます。あそこで代わりに読むという構図が、タスカ―からサムへの言葉でありながら、サムがトムということで、お互いに向けての感謝に思えるようになっているのも巧いです。
胸の裂けそうなつらい選択。
目の前の愛する人が失われていく、それでも寄り添い続け、覚えている人間として生きること。
自分の生をコントロールできるうちに、パートナーへの愛ゆえに自分を殺めること。
それでもマックイーン監督は、役者二人の魅力を活かし、全体に暖かく親密な空気を作り上げます。だから心に残るのは、悲痛さよりもそれを超えていく愛です。
誰しもが愛する人と永遠にはいられません。残し、残される関係にある。最期だけは誰にも回避できないもの。
それに対してすごく主観的に今作はいろいろな視点をくれます。サムとタスカ―を通して、その生と愛の在り方を考えることができますね。だからこそ、映画の中では明確な答えを出さないのです。
逝ってしまう人の輝きのかけらが、必ず自分の一部に
終わりへの旅はまさにスーパーノヴァです。星の死の間際の輝き。
美しい思い出と愛情、友情がきらめく瞬間としての別れの旅。光は消えていく。でも、タスカ―の言う通り、それは確実に散らばって関わったみんなの一部になるのです。
残されていくことは避けられないけれど、逝ってしまう人の輝きのかけらが、必ず自分の一部になるはずです。
圧倒される演技と演出、深い深い愛情。珠玉のラブストーリーでした。すっごくお勧めの一本です。
あまり目立っていないかもしれませんが、ぜひ劇場での鑑賞をお勧めしたいです。
今回の感想はこんなところで。最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました。
それではまた次の記事で。
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