「ズートピア」(2016)

  • 監督:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア
  • 脚本:ジャレッド・ブッシュ、フィル・ジョンストン
  • 原案:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア
  • 製作:クラーク・スペンサー
  • 製作総指揮:ジョン・ラセター
  • 音楽:マイケル・ジアッチーノ
  • 主題歌:シャキーラ ”Try Everything”
  • 編集:ファビアンヌ・ローリー
  • 出演:ジェニファー・グッドウィン、ジェイソン・ベイトマン、イドリス・エルバ、J・K・シモンズ、シャキーラ 他

もう言わずとも、映画ファンでなくとも注目するディズニーによる3Dアニメーション。

しかし、今回はなぜか2月公開(北米)の本作。2月ってあまりこう、ファミリー向けアニメとかが公開するイメージないですよ。まあこれは素晴らしいヒットになりましたけど。

豪華な声優陣を揃えて、かわいい動物が、その本質的な野性を見せずに楽しめるこのズートピア。しかしながらかなり現代世界、そしてアメリカの問題に触れまくるのです。

ちなみに字幕版のみ鑑賞。吹き替えはどうかわかりませんが、台詞回しのギャグなんかはそのまま楽しめます。あれを訳すってのはけっこう大変かも。

今回もテーマ曲があり、シャキーラの歌う”Try Everything”も素敵な歌です。

捕食者と獲物。本能に従い狩り、殺す。・・・そんな動物の世界は昔の話。

今では文化を持ち、多種族が共存し生活する世界。そんな世界にウサギのジュディがいた。彼女の夢は警察官になり、この世界をより良いものにすること。

ジュディはウサギという小柄な動物ながら、努力と知恵で夢に向かって進み、ついに初のウサギの警官に。大都市ズートピアでの仕事が始まった。のだが、与えられたのは違反切符係。ほとんどお飾りの状態。

そんな時、アイスが買えずかわいそうなキツネの親子を見かけ、親切心で助けてあげる。しかし実はそのキツネは詐欺師であり、そして今ズートピアで多発している肉食動物行方不明の手がかりだった。ジュディは巧みにこの詐欺師のニックを説き伏せ、捜査協力させるのだった。

アニメにおいてかなり重要視しているのが、その作品全体の色彩です。

そのテーマ性に沿ったところで、その色が出ているのか。その点でこのズートピア、色彩の豊かさは抜群です。

そもそもこのズートピアという大都市は、多種多様な動物が共存しているという設定ですから、色のダイバーシティというのも納得のカラフル具合です。

このズートピアの街を眺めているだけでもずいぶん楽しそうです。

人間世界をそのままに、人を動物に置き換えたような世界で、ファンタジーでなくかなり現実的な文化や市政が見受けられます。動物がスマホいじってたり、アイス食べたりドーナッツ食べたり、スターだっています。実に楽しい。

今回、動物たちを現実の比率で登場させていますから、ある意味嘘がない。

ジュディが上京?する時の電車、出勤やら町の歩道やら、それぞれの種族のサイズに合わせたものが多くあります。それを観て、これはあの動物用か、あれはずいぶん大きいな、なんてワクワクしながら観てました。

また、映画全体がユーモアあふれるものになっているのが素晴らしいです。

個人的なツボは「ゴッドファーザー」のドン・ヴィト・コルレオーネ完コピのMr.ビッグ。ブランドっぽいしゃべりに台詞までなぞらえて、おかしくて仕方なかった。結婚式に断れない申し出まで、とにかくネタが良いですね。

実は笑える要素が多い中、それぞれがかなり深い意味合いを持っていたのが特徴的に思いました。

計算が得意というのも、ウサギ故(人口メーターが常に動いている)ですし、やはり役所は時間がかかるのをナマケモノでうまいことギャグにしています。海賊版DVDがディズニー作品っぽかったり、また結構えげつないアナ雪ネタまでありました。

動物の種族を活かしたユーモア。サイズで笑ったり、実際の動物のイメージらしくておもしろかったり。・・・しかし、ここで笑わせるのも、実は今作の根底的なメッセージがある気がします。

ユーモアはほとんどこの作品のテーマに触れ、それをいじったものが多いのです。

それは人種や差別の問題。多種多様な動物の暮らす大都市の抱える影の部分。

キツネはずるがしこく、うさぎは非力。ジュディもニックも被差別者です。

このズートピアは、ユートピアとは言い切れない闇があるのです。ステレオタイプに悩まされたニックの廃れてしまった感じがなんとも悲しい。

ていうか、アイスはキツネに売らないなんて、黒人お断りの店やバスから直接来てるくらい厳しい差別です。おかしいことが、この世界にも残っているんですね。

そもそも私たちは種族にイメージをくっ付けがちです。それは映画業界でも問題になりながら、しかし物語の運び上今も繰り返されています。

それこそ、「ファインディング・ニモ」のサメトリオはそれを逆手にとったギャグだったんですが、やはりサメ=悪役の固定観念。「ピノキオ」でもキツネは詐欺師。オオカミなんてかなりの場合で悪役です。

こういったフィクションの役割なんかが、そのまま差別へとつながり、知らずのうちに勝手なイメージを生み出してしまう。そのせいでニックはそのステレオタイプに生きることを選んだんですね。

キツネというだけで、まともな職もなく、社会からは冷たく扱われる。ジュディもまた、所詮はウサギ。そうして飾りみたいに、違反切符の仕事しかもらえないのです。

今回の事件は肉食獣と草食獣という対比を利用したものでしたが、これも絶対に変えられない、生物的な要素を比べるものです。

まさに人種と同じ。こういった科学的、生物学的な要素での違いは、だから絶対なんだという勘違いを生みやすいもの。差別のための、真っ当な理由のようにはき違えてしまうのです。

その苦しい中で、バディもののように協力するジュディとニック。

夢破れたニックが救おうとしたウサギ警官。一度は都会にもまれ、帰京するジュディの見た、変わることはできるという証明。

この二人が本当に素晴らしく、あの橋の下で胸の内をさらけ出すシーンは最高に泣けますね。

影の中で泣きながら、自らもキツネ(もとい肉食獣)に対して偏見を持っていたことを謝るジュディ。そして光の下で、ニックに抱きしめられる。あの人参ペンやら伏線の活かし方も上手いですし、最高のハイライトシーン。

「ニンジン」とか「ウサギ」呼びだったニックが、「ジュディ」と名前を言うところ、卑怯すぎだろ、泣くわ・・・

また、最後まで騙す行為を貫いてくれたのも嬉しい。

キツネは騙す。それを直そうとか、正直になるとかではなくて、騙すことを善きことに。

キツネはキツネなんだから、それ以外になる必要はないんです。ですがそれはジュディに言ったような、否定的な意味ではありません。自分が何者かをそのまま出し切り、そしてそのままでなりたい自分になる。

世界をより良いものにする。それがジュディの夢。そのためにしなければいけなかったのは、自分を変えること。自分の中にある差別や偏見を知り、超えていく。

サクセスストーリーとしても、バディムービーとしても、社会問題提起としても、また一つ上のレベルで提示して見せた作品でした。

今作の投げかけるものは、直接私たちの課題。我々の社会、世界が抱えているものです。

私たちも変わらなければ。このジュディとニックの生んだ変化、このズートピア。これこそ私たちの世界があるべき姿だと感じました。

かわいくておもしろい。それを入口として大切なことを学んで行ける作品。是非鑑賞を。おススメです。

長くなりましたが、これでおしまい。それでは、また。

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