「バットマン」(1989)
- 監督:ティム・バートン
- 脚本:サム・ハム
- 原案:ボブ・ケイン
- 製作:ピーター・グーバー、ジョン・ピーターズ
- 製作総指揮:ベンジャミン・メルニカー、マイケル・E・ウスラン
- 音楽:ダニー・エルフマン
- 撮影:ロジャー・プラット
- 編集:レイ・ラヴジョイ
- プロダクションデザイン:アントン・ファースト
- 美術:テリー・オークランド・スノー、ナイジェル・フェルプス、レス・トムキンス
- セット:ピーター・ヤング
- 衣装:ボブ・リングウッド
- 出演:マイケル・キートン、ジャック・ニコルソン、キム・ベイシンガー、ロバート・ウール、マイケル・ガフ 他
今や知らない人はいないヒーロー。ゴッサムのコウモリにして闇の騎士。
バットマンの実写映画としては、実質初と言ってい良いのがこのティム・バートン版バットマン。
そしてまたバットマンが今知られるようなダークなテイストとして進むきっかけとも思います。
続編も多く作られていますが、まあクルーニーになったりいろいろとスターは出てるのに微妙な印象。今回は最初の1作目です。
これはキートンの意外なハマりっぷりと、そして何より素で演じているようなニコルソンジョーカーの魅力が有名ですね。
犯罪が多発する危険な都市ゴッサム。ギャングや異常者が歩き回り、警察は腐敗し市民は恐怖の中に暮らしていた。
そんな街に、謎の怪人が現れる。コウモリのようなマントを翻し、真っ黒なボディスーツを纏うもの。夜になると犯罪者たちを締め上げ、自分の存在を知らしめるように言い残す。
その名はバットマン。
ゴッサムに表れたこの怪人は正義の味方か、あるいは新たな異常者なのか・・・
このバットマンは、映像化作品としてはドラマ版以来のものでしたか。
ヒーローと言えばそのヒーロー役者。今回はマイケル・キートン。彼はコメディ案としての印象が強かった当時、今作の持つコミック映画という要素に合わせて、格好の批判と懐疑の対象でした。
しかしながらこの作品、キム・ベイシンガーの急遽の参加も合わせ、とにかくキャスティングに奇跡を観ているような感覚があります。
この先バットマンとジョーカーの2つの項目ばかり話してしまうので、ここらで言っておくと、脇役のヴィッキーやアルフレッドらも良いものですね。
ヴィッキーはもろにヒーローもののヒロインとばかりに叫んでは助けられの繰り返しなんですが、それでも度胸や知性そして非常に人間らしい限界を見せてくれます。
あとボブ!ジョーカーの右腕の手下なんですが、印象強い。しゃべらないし何者かわからないですが、好きですw
本作はバットマンが誕生するまでを入れず、彼に関する情報は最低限であり、説明的なものはかなり少ない。とにかくミステリアス。
ブルースを演じるキートンは目立たず華に欠け、本編を観ていてもこの男があのバットマンだとは信じがたい。バットマンのほうが先に登場しているのに、いざブルース・ウェインを観ても同一人物なのか悟れない。
この意外性は非常に大きいもので、驚くとともに「何がこの地味な男を蝙蝠の怪人に変えているのか。」という疑問が、観ている側の中で膨らむよう思えます。
そんなバットマンに対し、本作はコミックでも最大の敵であるジョーカーをぶつけています。
ジャック・ニコルソンの怪演は、本人登場というほどに気味悪く恐ろしい。
彼はコミカルなことをやっていても、それでいて威圧や狂気じみた怖さを潜ませることのできる人だと思うので、ジョーカーという人物にピッタリなのではないでしょうか。
また今作全体がゴシックな雰囲気で、陰惨になりすぎないようにしつつ、ジョーカーがしっかり殺人をしているのもきちんとした描写に感じます。
バットマンとは変わり、このジョーカーには多くの説明がなされおり、オリジンに当たる部分まで丁寧に描かれます。
対照的なアプローチで見せられるヒーローとヴィラン。実はこの関係が私がこの89年版バットマンが大好きなところ。
というか、”観客がバットマンにどんな要素を期待しているのか”と、今回バートン監督含め制作側がバットマンを新定義する上で、”どんなキャラクターとして確立させるのか”が結構一致していたのではないかと思います。
バットマンの簡単な説明だけ聞いても、とてもまともな人間とは思えないです。地下に潜って武器や装備を作り、夜な夜な蝙蝠の姿のスーツを着て悪人を裁く・・・
完全にサイコパスじゃないか!任務使命の妄執をもった秩序型の精神異常者、それがバットマン。
オープニングすぐの、強盗を引きずるときの目のカット。マスクからのぞいているキートンの目は、なにか個人的な恨みでもあるような、そして脅しをかけるシーンではそれ自体を楽しんでいるような危うさが出ています。
キートンのバットマンの何がすごいかといえば、怖いところ。笑うところなんか心底恐ろしい。
こんなバットマンに対して、完全に初めから個人的な恨みで突き進んでくるジョーカー。極悪人でありながら、限度を失くしたコメディアン。彼の場合はみてすぐにわかる狂人っぷり。
つまりこの映画では、描き方が直接的かそうでないかだけの違いで、二人の狂人の戦いを描いているのだと思います。
憂いを帯びて押し殺したキートンの、内包された狂気。そして全身で体現されるニコルソンの狂気。
バットマン側にもジョーカーへの個人的な動機が見つかってしまったときに、彼が知らずに狂人へと堕ちるのか。
屈指の名シーン、ヴィッキーが愛想をつかしそうになるところで初めてほんの少しブルースが心を見せるところ。「なぜだかわからない。でもやらなきゃ。ほかにだれができる?」
話の着地点としてはとてもヒーローらしく好きなのです。一人の狂人であった男が、敵を通して人間味を確立し、鏡を打ち壊す。そして街のヒーローになる。雄大な音楽に合わせて照らし出されるバットサインのラストショットは気持ちのいいものです。
もちろん言わなければならないところはもっとあります。デザインに美術、素敵なものです。
ゴッサムの街並みもコミックからしっかり抜き出したもので、バットモービルやバットウイングの秀逸さも素晴らしい。丸みもあるフォルムで継ぎ目を感じさせず変質ともいえるバットマンのこだわりが見えてくるデザインです。
バットウイングが宙返りするところで、月をバックにバットサインになるなんて外連味ある演出も好きですね。
スーツデザインに関しても私はどの映画版よりも好きです。
全体にコミックの味わいとゴシック、実写ならではの物の質感というバランスが絶妙に思えます。
そして絶対にはずせないのはダニー・エルフマンによる音楽。聞けば分かる素晴らしさ。
やはり「スーパーマン」(1978)での成功を意識したキャストやら構成で、ヒーローの活躍をおしげなく見せるところは嬉しい。
そしてそちらにはないバットマンのフェティッシュな趣を活かし、ダークファンタジーのような世界観で包んでいます。コミックキャラをダークに現実味を持たせようとしつつ、それでいてファンタジーであることとその楽しさの本質を忘れず。
今ではノーラン版、そしてDCEU版とありますが、私のバットマンはこの89年版のまま。こちらのバートン版もみなさん是非チェックを。
それでは、また。
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