「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」(2022)
作品概要
- 監督:マリア・シュラーダー
- 脚本:レベッカ・レンキェヴィッチ
- 原作:ミーガン・トゥーイー、ジョディ・カンター
『その名を暴け ―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―』 - 製作:デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー
- 製作総指揮:ブラッド・ピット、リラ・ヤコブ、ミーガン・エリソン、スー・ネイグル
- 音楽:ニコラス・ブリテル
- 撮影:ナターシャ・ブライエ
- 編集:ハンスヨルク・ヴァイスブリッヒ
- 出演:キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、ジェニファー・イーリー、サマンサ・モートン、アンドレ・ブラウアー、パトリシア・クラークソン、アシュレイ・ジャッド 他
2017年にニューヨーク・タイムズ紙が報じた、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ・性的暴行事件の告発。ピューリッツァー賞を獲得したこの報道調査を原作として製作されたのが今作。
監督は「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」のマリア・シュラーダー。
事件の全てを暴くため奔走したジャーナリストを、「プロミシング・ヤング・ウーマン」のキャリー・マリガン、「ビッグシック ぼくたちの大いなる目ざめ」のゾーイ・カザンが演じます。
その他ジェニファー・イーリー、サマンサ・モートンらがワインスタインの被害にあった女性たちを、そして実際にセクハラ被害にあったアシュレイ・ジャッド自身が本人役で出演しています。
おそらく多くの人にとっては記憶に新しいMeToo運動。
今なお、性的なハラスメントは職場や学校、公共の場にもあふれており世界中で問題になり続けていますが、その大きなムーブメントのきっかけになったのが今回の記事なのです。
映画というメディアになること自体に意義のある作品で、監督や主演にも惹かれて楽しみにしていました。
北米では昨年の賞レースシーズンに公開されましたが、全米で2,000館を超える規模で公開しつつも興行的には失敗したことがニュースになっていました。
別にだからといって観ないわけではないですが、日本ではどうでしょうか。
公開日のレイトショーで観てきましたが、そこそこ人はいました。
「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」の公式サイトはこちら
~あらすじ~
ニューヨークタイムズの記者、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーは、業界や職場でのセクハラについて取材を進めていた。
その中で、大物映画プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインが過去に何度もセクハラ被害で告発されており、しかしいずれも記事がもみけされ示談で落ち着いてることを突き止める。
被害にあったとされる女性たちへの取材を試みるものの、誰しもが過去について語りたがらず、そこには事件と示談についても秘密保持契約の存在があることを知る。
無くならないワインスタインによる被害だけではなく、その後性加害者を守るような法システムの存在を問題とし、二人は証言と証拠を集めようと奔走する。
感想/レビュー
実話の報道関係の映画。
昔から「大統領の陰謀」や新しいものであれば「スポットライト 世紀のスクープ」、「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」などが思い出されます。
それらは力強く、事実として知るべきものですが、問題なのは事実を観ることと映画という虚構を作り出すことに、しっかりと意義を見出すことだと思います。
多面的かつバランスの優れた映画
その点で、私はあらゆるバランスが素晴らしい作品であったと感じました。
今作は単純にハーヴェイ・ワインスタインを追っている作品ではないのです。
そこにはずっと我々の社会に付きまとっている性差別があり、そして職場のパワーバランスがあり、加害者に有利な法制度と再発を防ぐ気もないシステムがあります。
さらにここで、主人公たちの人生、被害にあった女性たちの人生までをもしっかりと刻み込むことで、女性映画としての側面も持ち合わせているのです。
描かれていく人生
とりわけ自分として感じたのは、女性映画の側面。
事実として、このハーヴェイ・ワインスタインの告発記事を送り出し、#MeToo運動に火をつけたのは、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイー、二人の女性です。
彼女たちはそれぞれ、仕事と同時にプライベートも描きこまれます。
導入時点でジョディは幼い二人の娘に手を焼いていますし、ミーガンもパートナーとの生活をしている。
作中の時間経過を描く手法としても同時に機能していますが、娘が成長していく様や、ミーガンの妊娠と出産がしっかりと入っているんです。
ミーガンははじめ、ドナルド・トランプ候補の取材をしているわけですが、そうしたプロフェッションを追いつつ、やはり妊娠~出産ではどうしてもキャリアを一時停止せざるを得ません。
ジョディも子どもと離れて仕事をしますし。
こうした点は従来の男性が記者として活躍する実話映画ではあまり見られなかった気がします。
女性として、妻として、娘たちを想う母として
彼らが正義と使命に燃えているとすれば、今作のジョディとモーガンは、それらを持ち合わせつつも、子どものことを想っていると思いました。
「その言葉は軽々しく使うものじゃない。」
ビデオ通話で娘と話すジョディは言います。そして、被害者の一人であるジェニファー・イーリーが演じているローラ。
彼女も「娘たちに性被害を”普通のこと”と思ってほしくない。」と涙します。
子どもの要素があまり見えない男性を主役としたジャーナリズム映画とは、根本的に様相や意図が異なっており、その面でも女性映画であると思うのです。
この二人の戦いは、ハーヴェイ・ワインスタインだけとのものではありません。
予告でも言われているように”システム”こそが敵。
もちろんワインスタインの実際の録音や、フィギュアとしての登場から彼自身を避難しますが、徹底した個人の攻撃にとどめていません。
権力を持ってハラスメントをしても罪を問われない構造を、今作は初めに示しています。
ワインスタインの調査よりも前に、ミーガンはトランプの取材をしています。
そこでは明らかに告発を受けながらも、相手を嘘つき呼ばわりして難を逃れ、大統領になってしまうシステムの機能不全があるわけです。
だからワインスタインから急にシステム側の問題になるのでもなく、はじめから社会を相手取っているのです。
声なきものに声を
システムは加害者を逃がすだけでなく守り続ける。
まさか秘密保持契約を持って相手を封殺し沈黙させるとは。そしてそんなことが可能だとは。
胸糞悪さとショックで気分が悪かった。
ミーガンはジョディと取材に望む前に言いました。「女優たちは有名だし発言の場がある。なら、声の届けられない人の取材をしたら?」
ただ実際には、女優たちはまさに自分たちのキャリアを始めていくそのスタートに、声を奪われていたのです。
服従したこと、声を差し出したこと。
それに罪悪感を抱え苦しみながら生きている。
子どもを気にかけ、親や夫にも話せず。
ミーガンとジョディの取材調査は真相を暴く以上に、多くの被害者に奪われた声を取り戻した。
真剣な姿勢と熱意の分かる製作体制
主演の二人の素晴らしさに、サマンサ・モートンの圧巻の存在感や本人役としてこの問題に真摯に取り組み出演した勇敢なアシュレイ・ジャッドに敬意を送りたい。
今作の製作にはブラッド・ピットのプランBが関わっていたりと、問題に対しての熱意と真剣さが伝わります。
本当に惜しくて仕方がないのは、今作が興行的に上手く行かず、そのせいか賞レースにもあまり関わっていないこと。
興行的な戦略については残念で、このような目立たない位置にあってはいけない作品だと思います。
記憶に新しい事件とは思いますが、NDAの件とかは知らなかったこともあり、知見と理解を深める意味でも重要な作品でした。
さらに世界中のあらゆる職場環境を改善する火種として、是非鑑賞をおすすめします。
今回の感想は以上。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた。
コメント