「陽は昇る」(1939)

  • 監督:マルセル・カルネ
  • 脚本:ジャック・ヴィオ
  • 脚色:ジャック・プレヴェール
  • 音楽:モーリス・ジョーベール
  • 撮影:クルト・クーラン
  • 出演:ジャン・ギャバン、ジャクリーヌ・ローラン、アルレッティ、ジュール・ベリー 他

フランス映画の名監督、マルセル・カルネ作。

今作も脚本担当のプレヴェールと組んだ「天井桟敷の人々」(45)が有名ですね。「霧の波止場」(38)、「北ホテル」(38)も私は好きです。

今作はジャン・ギャバンの憂いと優しさなどを出す目がとても良く、陰鬱なドラマでありつつもどこか心地よい余韻が残ります。

とあるアパートの一室。中から男の怒鳴り声が聞こえ、一発の銃声が響く。中から男が出てくると、階段を転げ落ち絶命した。

住人の通報で警官が駆けつけ、部屋の中にいる男に出てくるように言うが従わずに発砲してきた。あたりは厳戒態勢になり、男の包囲網が形成される。

部屋にいるのは住人のフランソワ。彼は騒ぎの中、その殺人に至るまでを回想しはじめる。

すでにアクションは起こっていて、それを振り返って原因を掴む作りは、観ている側をしっかりつかんでくれますね。人物像や関係、それと並行して現実の警察の包囲が迫るので緊迫感が続きます。

メインは男2、女2の恋愛。嫉妬からのあてつけ、嘘、誠実な愛。

入り乱れるこの関係に、完全な人間がいないのはとてもいいですね。フランソワは真っ直ぐですけど、優しすぎて愚かでもあります。

クララはその嫉妬で他の男と付き合いますし、フランソワールだって二人の男を同時に愛する上に、ちょっと無垢を超えて思慮の浅い女性にも思えてしまいます。

とりわけジュール・ベリー演じるヴァレンティンはムカつきます笑 最低の嘘を「僕は想像力が豊かなのさ。」とかぬかします!

この映画のほぼすべての舞台、室内ですね。そしてこの4人のこじれた終わりの見えない関係。

出かけたりしないですし、開けた場所も自然も出てこない。彼らが会うのは部屋や店などの限りある空間です。そしてフランソワがこもる部屋も。閉塞感がつねにつきまといます。

この恋愛劇がとても窮屈であるのと同じく、人物たちは中に押し込まれているんですね。

たびたび窓に近づいたり、最後に窓から叫ぶ姿。外に出て解放されたいがそれができない。恋愛では愛する人を離れられない、現実においては外は警官に包囲されている。

割れたガラスの隙間から見えるフランソワ、まるで初めてフランソワールとキスした時言った「外の新鮮な空気」を求めているようでした。

凄惨な最期のあと、催涙ガスがまかれ部屋に煙がまう。その霧のような煙に包まれ横たわる画面は、そのまま観客をも眠らせ涙させるようでした。

静かにしかしたしかに余韻の残る作品。ギャバンのとても切ない目が良いです。楽しい気分で何度も見るような映画ではないですが、ずっと覚えている作品です。

そんなところでおしまいに。では、また~

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