「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」(2019)
- 監督:トッド・ヘインズ
- 脚本:マリオ・コレア、マシュー・マイケル・カーナハン
- 製作:マーク・ラファロ、クリスティーン・ヴェイコン、パメラ・コフラー
- 音楽:マーセロ・サーヴォス
- 撮影:エドワード・ラックマン
- 編集:アフォンソ・ゴンサウヴェス
- 出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ビル・プルマン、ヴィクター・ガーバー 他
作品概要
アメリカの巨大化学企業デュポン・ド・ムヌール。世界でも五本の指に入るほどの巨大なこの企業が作り出しているテフロン。
フライパンなどの加工に使われているこの化学物質を聞いたことのある人も多いでしょう。
その物質には非常に危険な有害物質があると知りながら実は隠蔽していた。また同時に、非人道的な人体実験すら行われていた・・・
ニューヨークタイムズに掲載された記事が明らかにしたのは、この事実と、それに対して数年にもわたり一人の弁護士が戦いを続けていること。
「キャロル」や「ワンダーストラック」のトッド・ヘインズ監督が、この今なお続く戦いを映画化。
主演には「スポットライト 世紀のスクープ」でも教会という巨大組織と戦った報道者を演じたマーク・ラファロ。
その他「ミスティック・リバー」などのティム・ロビンス、「シンクロナイズドモンスター」などのアン・ハサウェイが出演。
作品自体は2019年公開で、海外ではすでに当時話題になっており、トッド・ヘインズ監督の新作とも会って私は楽しみにしていました。
しかし待てども日本公開の話がなくて、一時は輸入盤ソフト買おうかと思っていました。なんとか2021年と2年越しに公開。
年の瀬いろいろと立て込む中で公開週末に行ってきましたね。小さな規模での公開でスクリーンも多くなかったですが、結構混んでました。
「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」公式サイトはこちら
~あらすじ~
1998年。オハイオにある法律事務所で働くロブ・ビロットのもとに、ウェストバージニアの農夫が現れ、自分の住む村で起きている環境汚染について調べてほしいと依頼してきた。
化学企業であるデュポンが埋め立てを行っている地域では、家畜の異常な病気や奇形、錯乱、死が相次いでいるため、農夫のテナントはデュポンが病気や危険物質をばらまいていると考えていたのだ。
ロブの法律事務所は大企業の弁護専門で、テナントの訴えは都合が悪い。ロブは調査報告書だけ与えることで騒ぎにならないようにとデュポン側に依頼をすることに。
しかし、その報告書に書かれている化学物質については何の説明もないことや、合衆国環境省による規制以前の危険物質に関する申告がないことに疑念を抱き始めた。
そしてなによりも、このウェストバーグに生きる人々の健康被害や、狂って人間を襲う牛を観たことで、ロブの中でデュポンの隠蔽と非人道的な行いは確信に変わる。
巨大企業であり事務所の顧問先でありながらも、ロブは戦うことを決意するが、その道のりはただ険しいだけではなかった。
感想/レビュー
トッド・ヘインズ監督の手腕が証明される
正直これまでのトッド・ヘインズ監督の作品歴から見ると、今作の題材チョイスに関しては意外性と驚きがありました。
監督の手腕自体は信頼しているものの、こうした実話、伝記映画的な作品を撮るというのが想像できなかったのです。
社会的映画でありまた告発映画であり、そして何にしても一人の小さな人間が巨悪と戦うという作品です。
この手のジャンルの映画というと結構前になりますが、「大統領の陰謀」とか「エリン・ブロコビッチ」があったりしますけれど、今考えてみると大企業VS一般市民(たったひとり)という構図自体はなんだか最近はみなくなっていた気もします。
もちろん体制と個人の構図というのはアメリカ映画においてよくあるものと思いますが、久しぶりにここまで実直な大企業との戦いを観た気もしました。
トッド・ヘインズ監督が今作に対するアプローチで効果的なのは、良い意味でエンタメ感を抑えている点だと思います。
時系列に関してもいじくり回すことがないために、過ぎ去っていく時のあまりの残酷さをそのままダイレクトに感じ取れます。
また、若干のポリティカルスリラー味も後半に入れ込んでくるのですが、それが過剰にはならずに抑制され、だからこそかなり嫌な感じにリアルにロブの苦悩や不安、恐怖を共有できるようになっていました。
よく組んでいる撮影監督エドワード・ラックマンの画づくりについては、スタートの90年代後半のオハイオから、どんよりとしていて悲壮感に染まったかのような寒色のウェストバージニア。
時代の空気をざらついた画面に投影しながらも、その年数表示がまるで我々の現在へのカウントダウンのように近づいていく。
今だからこそ注目すべき、今も続く闘い
皮肉にもこの話が痛烈なのは、まさに今も起きていることである点でありそして、ここで描かれているロブが戦う企業というのが、現代におけるアメリカや世界の在り方にも響いてくる点です。
何かと工作や汚職、不正がはびこった際にもそのカウンターとして使われる”陰謀論”という言葉が、事実ではなくてその陰謀論の検証に議論をスイッチさせている。
ロブもはじめはテナントのことをその手の陰謀論者だと思ってしまう点もあり、また巨大な企業体や組織が様々な他の組織と利権を共有、結託して小さなものを踏みつぶしていく様は観るに辛いものです。
主演のマーク・ラファロの持ち味が光る
そこで主演のマーク・ラファロは、孤独にも戦い続けることを選ぶロブを熱演します。彼自身が興味を持った題材というのもありますが、かなり良かった。
特に、彼自身のなんというかいい意味での弱々しさと、それでいてすごく頑固そうなところがはまっています。
彼自身小さめのボディもありますが、常に猫背で肩をすくめたような縮こまったスタイルをとり、決して超敏腕だとか何かカリスマ的な存在だとかは感じさせません。
それでもラファロはどこかにとてつもない根気とか正義感を感じさせてくれます。だからずっと観ながら応援しちゃうし尊敬します。
ロブ・ビロットという人を描く上で、スーパーマンにせずに実直に言ったスタイルとラファロの演技は作品の芯として素晴らしかったと思います。
他にもティム・ロビンス他手堅い俳優陣を集めたことは功を奏していますね。
情報差を起こさない丁寧かつ遅延のない語り
そして連なるのが語りの巧さでした。
OPが「ジョーズ」みたいな構成になっていてホラー感、恐ろしいものがそこにあるという煽りに関してもうまいのですが、あそこで具体的に1975年と出ますよね。
そのあとがロブの出てくる1998年。この時点でその不穏な何かはすでに23年間も放置されているわけですよ。
そして私的賢すぎ語り口は、ロブが真相にたどり着く瞬間の部分です。PFOAについての謎が明らかになると同時に、ロブから妻サラへの説明になります。
ここはもちろん、ロブがこれから闘っていくためにサラの支えが必要で、サラもまたロブが何をしていくのかを理解するシーンですが、ここでこれまでの総括と言わんばかりに要点がまとめられていく。
いったんこの時点で環境汚染の実態について区切りをつけるにしても観客の知識レベルを整えるにしても、巧い語りでした。
私たちの物語へ
上映時間は過ぎていき、映画の中でも年数が経っていく。しかしデュポン側の時間稼ぎと戦略的なリタイアの押し付けは悪質かつ卑劣。
それでもロブは前進を続けようとする。
今作はそこにある犠牲を浮き彫りにしていきます。正義を追求することで彼の支払う代償。家族との時間は消耗し、多大なストレスと生命精神的な不安が襲う。
この苦しさを観客も味わっていく。
それは知っているからだと思います。企業の不正もテナントの悔しさも、ロブの恐れも知っている。
何が起きているのかを知ること、そしてそれをもとに人々がつながっていくこと。ロブとテナントは正義の心で繋がり、そこから企業弁護士事務所のスタンスまでもが変わりました。
残念ながら、現実がそうであることから、この作品には勝利も終わりもありません。
しかし、エンドクレジットには、今なお続くロブの闘いが記されています。そして、闘いの中に立ち上がってきた方々本人と99%の文字が現れる。
ここでこの作品はフィクションではなく、観ている私たちの物語になるのです。
何も知らずにいることや人を隔絶してしまうことは、巨悪をはびこらせることになるのかもしれません。
テフロン加工の危険性について知ることももちろん、今作はそこで闘うロブ・ビロットを教えてくれました。
知識と繋がりによって映画が現実に働きかけ、私たちに行動を促す仕組みに。普通に事実と人物を伝える語りとしても素晴らしいですが、最後にぐっとまた一つ上の次元の作品に変身していてすごく感動しました。
年の瀬に観に行ったのですが、見逃さずに正解です。
年末年始のお休み期間、またそのあとでもチャンスがあれば是非とも見てほしい作品でした。
というところで今回の感想はこのくらいになります。
最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました。
それではまた次の映画の感想で。
コメント