「サブスタンス」(2024)
作品解説
- 監督:コラリー・ファルジャ
- 製作:コラリー・ファルジャ、ティム・ビーバン、エリック・フェルナー
- 製作総指揮:ニコラ・ロワイエ、アレクサンドラ・ロウイ
- 脚本:コラリー・ファルジャ
- 撮影:ベンジャミン・クラカン
- 美術:スタニスラス・レイドレ
- 編集:コラリー・ファルジャ、ジェローム・エルタベ、バランタン・フェロン
- 音楽:ラファーティ
- 出演:デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド 他
「ゴースト/ニューヨークの幻」などで一世を風靡したデミ・ムーア主演、若さと美しさに執着する元人気女優の狂気と転落を描いた異色のホラーエンタテインメントです。
監督は「REVENGE リベンジ」で注目を集めたフランスのコラリー・ファルジャ。
2024年・第77回カンヌ国際映画祭ではコンペティション部門に出品され、脚本賞を受賞。さらに第75回アカデミー賞では作品賞をはじめ計5部門でノミネートされ、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞。
主人公エリザベスを演じたデミ・ムーア高く評価され、キャリア初となるゴールデングローブ賞・主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)を受賞。アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされました。受賞には至らずですが。
共演は、「哀れなるものたち」や「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」などで注目を集めるマーガレット・クアリー。
海外評時点で好評だったので楽しみにしていた作品で、日本公開は各賞レースが終わってからとはなったものの、そこまで待たされずに良かった。公開週末に早速行ってきたのですが、前評判が良いのでかなり混んでいて満員状態でした。
~あらすじ~
50歳の誕生日を迎えた元人気女優エリザベスは、仕事が激減し、かつての栄光を失っていく現実に苦しんでいた。そんな彼女は、若さと美しさ、そして完璧な自分を取り戻せると噂される違法薬品「サブスタンス」に手を出してしまう。
薬を注射した直後、エリザベスの背中が裂けるようにして現れたのは、若く美しいもうひとりの自分「スー」。スーは、若さと魅力に加え、エリザベスの長年の経験や知識までも備えた、まさに“アップグレードされたエリザベス”のような存在だった。
スーは瞬く間にスポットライトを浴び、再びスターの座へと返り咲いていく。エリザベスとスーの間には、「1週間ごとに入れ替わる」という厳格なルールが存在していたが、スーはやがてその取り決めを破り始めてしまう。
感想レビュー/考察
ルッキズムとエイジズムから女性を解放させる
ぶっ飛んでいる映画ってたまに出会うんですが、今作は宣伝文句でも使われているような”暴走”と”阿鼻叫喚”につつまれるすさまじい作品でした。
ゴア、コメディ、モンスターパニックなどマッシュアップされて、目をそむけたくなるようなボディホラーシーンでは気分が悪くなるかと思えば、笑ってしまうほどの豪快ゴア炸裂など、まさにエンタメって感じの作品です。
さて、今作はぶっ飛んでいてすさまじいという印象が強いですが、奥底には非常に根深くて悲しい問題が置かれています。
それは女性に対してのルッキズムであり、美と若さという特殊な価値によって苦しむ姿。エイジズムによる苦難です。
間違いなくフェミニズムの入っている作品ですし、それはジャンル映画っぽく見えていた監督の「REVENGE リベンジ」からも通じているものだと思います。
表層でも十分に楽しいですけれど、やはりメッセージ性の部分との両立が素晴らしく、そしてそこに今作では俳優のパワータイプすぎる圧倒的な入れこみがあるので、観ごたえは十分です。
今作は2時間20分というなかなかの長尺なんですが、3幕構成になっているそのどれもが面白い。
ちなみに分身タイプの映画というだけではなくて、ファルジャ監督はそこかしこにいろいろな作品を思わせるオマージュなんかをちりばめています。なのでその辺を拾っていくのもまた楽しみなところです。
「シャイニング」、「遊星からの物体X」、「ザ・フライ」などのホラー作品への目くばせにはドキッとしますね。
着想となった小説「ドリアン・グレイの肖像」
ちなみに作品の着想自体は、オスカー・ワイルドによる小説「ドリアン・グレイの肖像」だそうです。
自身の美貌をもって自堕落で奔放な生活の中、周囲の人間を大事にせず傷つけていった結果、青年は年を取らずともその肖像画は醜く変化していく。
最後はすべてが白日の下にさらされ、美しい青年の肖像画と醜い老人の遺体が発見され幕を閉じるようです。
確かに、今作で途中から暴走する”完璧な分身”スーは、利己的な行動と醜いエリザベスへの嫌悪から酷い行動をとっていきます。
圧倒されるデミ・ムーアの演技
主演を務め、今作のキックオフをするのはデミ・ムーア。
そういえば子どもの頃に「ゴースト/ニューヨークの幻」をTVで観たなという感じで、しばらく私自身は彼女の仕事を観ていない気がしました。
今作ではエリザベスという元トップ女優を演じていますが、エリザベスが50歳になるというシーンから始まる作品で、実際のデミ・ムーアは60歳を超えているんですね。
トム・クルーズといい、なんていうか勢いが収まらない、底力がすごい俳優世代です。今作では圧巻の演技を、ヌードシーンも特殊メイクも含めて見せつけています。
女性にとって、年を取るということ
誕生日というのは本当はおめでたいものですが、しかしエリザベスの場合には違います。彼女は女優、見られる側の人間で、見た目も資本の一つです。
だからこそ誕生日というのは年をまた一つ重ねることに繋がり、そして年を取るということがもはや仕事柄マイナスだと言われてしまう。
おめでとうと言われるたびに、お礼は返すけれど、エリザベスの表情は硬く見えました。
そして彼女が女子トイレが故障しているからと男子トイレに入るとき、つまり男性側の領域に物理的に入るとき、そこに後から入ってきたプロデューサー(デニス・クエイドが演じる今作の本当のモンスター)がとんでもなく失礼できもいことを吐き散らかす。
それを聞いたエリザベスは、男性からの本音を聞いたということ。残酷な鏡にそこから何度も向き合うことになるのです。
若さや美しさこそが思考であり価値であり、人格や実績などどうでもいい。
ニコラス・ウェンディング・レフン監督の「ネオン・デーモン」では圧倒的な美を持ち合わせた少女とそれに対して嫉妬する女性たちのドラマがホラーとして展開されましたが、今作では同じテーマながら逆を行っていると思います。
監督が目指したのはそういった価値観からの女性の解放と、エンパワーメントなんだと思います。
今作の真のモンスターはグロテスクな男性の目線
一番のモンスターは、ハーヴェイというプロデューサー。
女を商売用の道具に見ている大物の男で、劇中でセクハラはしていない感じですが、しかしハーヴェイという名前・・・ワインスタインを意識しているでしょうね。
実はレイ・リオッタがもともとはキャスティングされていたそうなのですが、2022年に亡くなったことからデニス・クエイドに変更。彼が全力でこの最低最悪の形で現れた男性という怪物を演じています。
誰しもの印象に残るのは、エビを食べているシーン。高級なレストランで文字通り食い散らかしながら、エリザベスに言い放つ「女は50歳になると終わるんだ。」。
ぐちゃぐちゃと咀嚼し、口からこぼれ、ソースを散らかし皿の上は大惨事。全く不快なものを大スクリーンで観るとは、映画とは良いものだ。
このシーン、可能な限りグロテスクに海老を食べるというミッションのもと、デニス・クエイドはとにかく納得できるまでエビを食べ、結果として2キロもエビを食べたそうです。
忘れないで。あなたはひとつ
世界は女性たちに無言の圧力をかける。ハーヴェイのように露悪的ではなくても、しかし若さと美しさには価値が置かれています。
エリザベスもスーも自分自身ではあるのに、しかしスーは自己嫌悪を体現するようにエリザベスを酷く扱う。すべては自分が絶頂でい続けるために。
結局その美への執着や不自然な形での若さへのこだわりは、自分自身(エリザベス)を取り返しのつかないほどに醜く変貌させてしまいます。
周囲、世界から求められる基準に答え続けようとするほどに、自分自身が内側から腐っていく。自分で自分を傷つけ、そして殺す。
とてつもない怪物になっても、やはりそれは自分。自分はひとつ。それがこの作品のキーワードです。それは分身を作った後の双方に対しての注意喚起として語られます。
どちらかがどちらかを支配しようとしたりしてはいけない。あなたは一つ。
ただ、その言葉”Remember. You are One.” というのは、「あなたという存在はたったひとつなの。」という風にも取れます。周囲や社会の期待に合わせた自分なんてない、あなたはたった一人、そのままでかけがえのないものだと。
ボディホラーとしてすごく楽しいんです。笑ってしまうほどのぶっ飛び方も見れます。
しかしそれでも、何でしょうかね。とっても暖かさを持った作品だったと思います。
自分を素直に見てくれるかもしれない、昔の同級生とデートに行こうとするシーン。
誰しもがエリザベスのように、鏡に映る自分を気に入らず、何を着てもどうしても人前に出れないと感じてしまうことがあると思います。ただ何度も何度も鏡の前に立って、そして失望する。
そんな苦しさからの解放をくれる超劇薬映画でした。すごくおすすめです。
今回の感想はここまで。ではまた。
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