「リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界」(2023)
作品解説
- 監督:エレン・クラス
- 製作:ケイト・ソロモン、ケイト・ウィンスレット、トロイ・ラム、アンドリュー・メイソン、マリー・サバレ、ローレン・ハンツ
- 製作総指揮:クレア・ハードウィック、フィノラ・ドワイヤー、トーステン・シューマッハー、クレア・テイラー、ジュリア・スチュアート、ローラ・グランジ、レム・ドブス、リズ・ハンナ、ジョン・コリー、ジェイソン・デュアン、クリスティーン・ジャン、ジョン・ハンツ、ビリー・マリガン
- 原作:アントニー・ペンローズ
- 原案:レム・ドブス、マリオン・ヒューム、ジョン・コリー
- 脚本:リズ・ハンナ、マリオン・ヒューム、ジョン・コリー
- 撮影:パベウ・エデルマン
- 美術:ジェマ・ジャクソン
- 衣装:マイケル・オコナー
- 編集:ミッケル・E・G・ニルソン
- 音楽:アレクサンドル・デスプラ
- 出演:ケイト・ウィンスレット、アンディ・サムバーグ、アレクサンダー・スカルスガルド、マリオン・コティヤール、ノエミ・メルラン、アンドレア・ライズボロー 他
モデルから報道写真家へと転身し、第二次世界大戦下のヨーロッパを記録した実在の女性リー・ミラーの波乱に満ちた人生を描く作品。
監督を務めたのは、「エターナル・サンシャイン」などで撮影監督として知られるエレン・クラス。本作が長編映画の監督デビュー作となります。
「アンモナイトの目覚め」などのケイト・ウィンスレットが主演と製作を務めています。彼女は本作の演技で、ゴールデングローブ賞(ドラマ部門)最優秀主演女優賞にノミネートされました。
リーの親友ソランジュ・ダヤンをマリオン・コティヤール、恋人でありアート界の重要人物でもあるローランド・ペンローズをアレクサンダー・スカルスガルド、そして編集者デイヴィッド・シャーマンをアンディ・サムバーグが演じています。
注目していた作品ながら公開した週には行けず、その次の週で地元で鑑賞。なかなかに混雑していました。
~あらすじ~
1938年、南フランスでアーティスト仲間たちと休暇を過ごしていたリー・ミラー。
イギリス人芸術家ローランド・ペンローズと出会い、恋に落ちる彼女だったが、間もなくしてヨーロッパ全土に第二次世界大戦の影が忍び寄り、彼女の穏やかな日常は一変した。
やがてリーは写真家としての活動を本格化させ、アメリカの雑誌「LIFE」でフォトジャーナリストとして働くことに。
編集者デイヴィッド・シャーマンとコンビを組み、女性でありながら最前線へと赴くことに
1945年、従軍記者として戦地を取材していたリーは、次々と歴史的瞬間をカメラに収め、そしてヒトラーの自死が伝えられたその日、ミュンヘンにある彼の私邸の浴室で、自らの姿を撮影。
その写真は戦争の終焉を象徴する象徴的な一枚となった。
感想レビュー/考察
シビル・ウォーの女性写真家のモデルとなった実在の人物
今作を観たきっかけとして、アレックス・ガーランド監督の「シビル・ウォー アメリカ最後の日」があります。
あの作品でキルスティン・ダンストが演じていた、伝説の戦場報道カメラマンリーこそ、今作のリー・ミラーをモデルにした人物なのです。
わりとしょうもない理由で鑑賞を決めた作品でしたが、ロザムンド・パイク出演の「プライベート・ウォー」にも似た重厚さがある作品で、エンタメというよりも、かなり過酷な現実に打ちのめされる作品でした。
独特の構造を持ってはいながらも、間違いなくリー・ミラーという人の人生を追った作品でありながら、第二次世界大戦における恐怖と人間の業の深さを探求する作品。
全体の撮影も、華やかなフランス時代は彩度が高く色彩も豊か。しかし反面、戦争の奥深くへと進むほどに、色が失せモノクロ映画のようになりますね。
多面的で視野が広いが、ケイト・ウィンスレットを軸にしっかりした作品
そしてさらに報道と民衆の関係性までもが織り込まれていて、そしてものすごく個人的な関係性についても振れるような、多面的で視野が広いのにそれを素晴らしくまとめている作品です。
広い要素を持っていながらあちらこちらに散乱しなかったのは、脚本や構成の良さもあるでしょうけれど、やはり中心になっているケイト・ウィンスレット。彼女の演技の力強さです。
今作は過去を振り返っていくような形式で展開され、現在地は年老いたリー・ミラーが若い記者(やはり素晴しいジョシュ・オコナー)からインタビューを受けているところになります。
リーの仕事としての写真撮影の活動や、それだけではなく彼女自身の人間関係にまでフォーカスが及ぶそのインタビューはなかなか特殊。
通常はいわゆるワーク。成し遂げてきた偉業たる撮影について、聞いていくものです。
もちろんその面でもリー・ミラーの成し遂げたことを、緊迫感も持って見せていくのですが、同時にリーに対しての人間関係のインタビューにもなっているのは風変わりです。
ただ、この変わった仕組みと構成には後半のある仕掛けにつながる意味があります。
時代はかなり遡って30年代のいわゆるインテリの集まりにいたところのリーが映し出されます。まだヒトラーがおかしな弱小政党で、完全に舐められていたところですね。
そこでリーという人間の鋭さとかは示されていきますが、恋仲になっていくローランドとの一幕や、マリオン・コティヤールやノエミ・メルランが演じる仲間たちの風景。
これらはのちの惨状との対比や変化を見せる上で必要ですし、リー・ミラー本人もまた個人のレベルで傷つき、多くを失ったことを実感させます。
だからこそ必要なピースであるといえますね。
女性にあった壁を乗り越え、見過ごされる女性にカメラを向ける
そして第二次世界大戦中となれば、彼女らしい根性と機転で戦火へ飛び込む抜け穴を見つけていく。
アンディ・サムバーグ演じるシャーマンとの関係性も見せられていき恐怖を共有することになる。
戦場での過酷な日々と撮影こそがワークの部分ですが、ここでもリーという人を覗かせています。
特にケイト・ウィンスレットがボロボロになりながらも体現していたのは、女性としての戦争との対峙だったと思います。
戦火で収められる男性たちの負傷や戦死もすごく重要なピースですが、同時にリーは女性たちの側を写していました。ほのかにフェミニズムもみえる作品です。
外部ではアンドレア・ライズボローが演じた編集側の奮闘があり、内部ではドイツ兵に利用された女性や、筆舌に尽くしがたい凄惨な仕打ちを受けた幼い少女も映されていきます。
そんな彼女たちに、視線を向けていくリー。
あの少女を安心させるために、自分のブランドの長髪を見せ、女性だといって安心させる所作だったり、細やかな演出も見事。
もちろんリー自身が直面する女性に立ちはだかる障壁もあります。イギリス側の規則では女性は報道官でも戦場への同行ができないとか。
リーは、そこで正しいことのために枠を超える人です。アメリカ側からなら規制がないということで切り抜けますからね。
険しい顔つきで、ただ戦争写真家としての熱意以上の何かを感じさせるリー。彼女がなぜここまでして写真を撮るのか。それが明かされるときにはとても心が痛みます。
リー自身が、わずか7歳でレイプ被害にあっていたこと。
そのことを誰にも言えずにいたこと。女性は被害にあっていても、見られず知られず。だからこそ、リーは戦争の影にいる女性たちにカメラを向けたのでしょう。
髪を刈り上げられる女性たちの存在をリーが撮らなければ、その存在もなかったことにされていたかもしれません。
女性の存在をカメラに収めたその写真家を、またフィルムに収める
そして、そうした偉大な仕事をつづけたリーに対して、エレン・クラス監督とケイト・ウィンスレットがカメラを向け、映画として世界に知らしめていく。
そこにもまた、見られない女性へカメラを向けたプロの女性たちの姿があるということです。
ネタバレになってしまいますが、終幕に見えるのは、このインタビューの主がリーの息子であること。そしてリーの姿はあくまで息子が見つけた写真の数々を通して、母からのメッセージを読み説いていたこと。
だから、リー・ミラーのプロとしての映画でもあり、そしてすごく個人的な母親への愛の話でもある。
もちろん、この最後の展開にはちょっと無理なところとか、変に感じるって声も分かりますが、それでも、私はこの構図を通して観客もまたリー・ミラーに感謝や愛を伝えられるような体験になっていると思い、好きでした。
広い視点やむずかしい題材に対して、とても丁寧で思慮深く作られた作品だったと思います。おすすめでした。
今回の感想は以上。ではまた。
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