「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(2017)
作品解説
- 監督:ショーン・ベイカー
- 脚本:ショーン・ベイカー、クリス・バーゴッチ
- 製作:ショーン・ベイカー、クリス・バーゴッチ、ケビン・チノイ、アンドリュー・ダンカン、アレックス・サックス、フランチェスカ・シルベストリ、ツォウ・シンチン
- 製作総指揮:ダーレン・ディーン、エレイン・シュナイダーマン・シュミット
- 音楽:ローン・バルフ
- 撮影:アレクシス・サベ
- 編集:ショーン・ベイカー
- 美術:ステフォニック・ユース
- 衣装:フェルナンド・A・ロドリゲス
- 出演:ブルックリン・プリンス、ブリア・ヴィネイト、ウィレム・デフォー、ヴァレリア・コット、クリストファー・リベラ、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ 他
全編をiPhoneで撮影した画期的な名作「タンジェリン」(2015)のショーン・ベイカー監督が、アメリカはフロリダのディズニーワールドの外側、貧困層の人々が暮らすモーテルでの日々を描いたドラマ。
主演するのは今作で高い評価を得た子役のブルックリン・キンバリー・プリンス。また彼女の母親役には、演技経験のないブリア・ヴィネイト。
多くのファーストタイマーに交じって、今作でゴールデングローブやアカデミー賞にノミネートされたウィレム・デフォーも出演しています。
去年海外で高い評価が聞こえてから、ホントにずっとずっと待っていた本作。公開日に早速見てきて、素晴らしさのあまりもう一回観てきました。
人の入りは少なくはないと言った印象ですが、非常に珍しい現象が観れましたね。2回ともなんですが、エンドロールが終わるまで誰一人席を立たなかったのです。
~あらすじ~
フロリダにあるアメリカを代表する夢と魔法の国ディズニー・ワールド・・・のすぐそばに、貧困層の人々が半ばアパートのように暮らしている安モーテルがある。
そんなモーテルで母ヘイリーと暮らす6歳の少女ムーニーは、夏休みの間同じくモーテルに住んでいる友達と遊びまわっていた。
アイスクリーム屋さんの前で待って、人が来たらお金を分けてもらいアイスを買う。旅行客が来たら何かと手伝いをしてチップをもらう。
カラフルな世界に、楽しさ見出して遊びまわるムーニーたちの夏の日々を追う。
感想レビュー/考察
クレジットにおいて、今作のすべてが彼らのおかげであるといっても良いのが、子供たちです。
まだまだ演技経験も浅い子役のブルックリン・プリンスはじめ、子役たちがもたらす明るさと活発さ、無邪気なかわいさが、主題としてはとんでもなく残酷でハードなこの作品に光を与えています。
環境ゆえに生意気で大人びて、躾なんてないほどに自由奔放ですが、この作品を観ていて飽きないのは、やっぱり子供たちを観ているだけで楽しいからだと思います。
彼らを観ていると、自然と自分が子供だった頃、このまま終わらないかのような日の長い夏を思い出します。
それほど実感のある切り取られ方をしていました。
実際にそこで生きている人の手触りは、全キャストのホントに魔法のようなアンサンブルから生まれているのです。
インスタグラムで発見されたブリア・ヴィネイト、地元出身のブルックリン・プリンスにターゲットストアで監督が見つけたというヴァレリア・コット。
非俳優と演技経験の浅い子役、そしてそこに唯一観客が馴染みあるウィレム・デフォーがいる。
しかし彼らが生み出しているのは、そんなふうに集められたとは思えない空気と関係性です。このパープルのモーテルに住む住民たち。
ドキュメンタリックに映し出される彼らをずっと見ていたいと思えます。
ムーニーとヘイリーの関係が、親子でありながら姉妹のようでもありステキでした。
また各賞にノミネートされたウィレム・デフォーもキャリアベスト級の演技をみせています。
彼自身も壊れた家庭を抱えている、いや家庭を失ってしまったことを挿入しつつ、モーテル全体の父として、彼なりにみんなを守っていました。
そして洗濯室の女性も、ヘイリーに「大丈夫」とハグをしてあげていましたね。
弱者の寄り添いあい。ムーニーの暮らすコミュニティは暖かいのですが、対比的に彼らを守り援助すべき側の冷たさが際立ちますね。
子供たちが暮らすのは、途中で出てくる観光客が「ここはイヤだ」というような環境です。
犯罪は多く、喧嘩や暴行もあり、エレベーターはおしっこ臭くて水道水は飲めない。
しかし彼らの目線に合わせた低い位置のカメラと、少し引いた35mmの柔らかい印象の撮影は、この魔法の国の外側が、彼らにとってのマジカルワールドであるように映し出しています。
小さな子供たちが、画面の端から端まで歩く背景に、大きなお店を映しこむショット。
変なオレンジの形のスーパー、大きな魔法使いのオブジェが乗っかったお土産ショップ。
全てが大きくて、彼らの目線では、テーマパークそのものです。ここには何でもあって、楽しさに満ちている。
建物を含めた鮮やかなパステルカラーに、フロリダの抜けるような青い空。カクテルみたいな色の夕暮れ。画面の色彩としても非常に明るく楽しそうです。
そんな風に明るさをもって暮らす子供たちも、自分達の状況を理解しています。大人が考える以上に子供たちは世界を理解しているのです。
自分が6歳の頃、大人が泣く瞬間が分かったでしょうか?少なくともムーニーは分かる。分かるようになるくらい、大人が泣き出す瞬間を見てきたのですね。
ディズニー・ワールドはすぐそばにありながら、子供たちはそこへは行けない。
虹がかかる青空。
しかし虹の麓を目指して走っても、ムーニーたちがたどり着くことはありません。
ショーン・ベイカー監督が切り出したのは、アメリカの隔絶した貧富の世界。そして監督は常に貧しい人の側に寄り添い、彼らが日々もがいている事を、そして私たちとなんら変わりない人間であることを示しています。
今作に悪役はいません。
こいつをどうにかすれば良いとか、これを乗り越えれば良いとかの解決策はありません。
“どうしようもない”というのが答えとして横たわり、現実のままであるから辛い。
ムーニーは確かにイタズラが過ぎる。でもとても無垢です。
ヘイリーも母親失格でしょう。でも自分の生活も苦しいのに、ムーニーのために頑張る。彼女は一度も子供に当たったりしませんよね。
誰も悪くないのに、貧困から抜け出す術はない。
映画なら簡単に救いを用意できるのに、そうはせずに、ネオレアリズモのように徹底して現実を描いた監督。その姿勢がとにかく素晴らしいです。
彼らはただ、ムーニーの好きな木のように、”倒れているけど育っている”のです。
子供たちがアイスを分けあって食べるシーンが多いですよね。そしてiPadでゲームをするときも、交代して遊んでいます。
何かを共有し、分け与える。
魔法の国へ行く途中にいる彼らに、私たちは何も分け与えようとしない。ジャンシーのいうとおり、虹のふもとにいる妖精たちは、彼らの金貨を分け与えようとはしないのです。
それでもムーニーたちはその環境に楽しさを見つけて、明るく生きているっていうのが切なくも美しい。
ブルックリン・プリンスに圧倒されるラスト。そしてそこから、ムーニーたちにとってはそれ以外にない完璧なエンディングへ。
マジカルエンドが始まる瞬間、ローン・バルフの”Celebration”が流れ出したあの瞬間がうまく言葉にできません。
それまでは結構ステディカムだったのが、手持ちでのかなり揺れてフワフワした映像に。
本当に魔法のようでした。あのシーンは嬉しくて切ない感情が押し寄せてきて、ただ涙を流しました。
彼らの未来は私たちの今にかかっています。いつしかアイスを分けうことを忘れてしまった私たちにとっては痛烈な作品です。
今年のベスト、いや人生のベストにも来るような勢いです。
何もかも奇跡のような夏の日々。ショーン・ベイカー監督、ブルックリン・プリンスにウィレム・デフォーに・・・とても大切なものをもらえました。是非劇場で観てください。オススメです。
これがアカデミーノミネートなしっておい!
最近、アンドレア・アーノルド監督の「アメリカン・ハニー」とか、サフディ兄弟の「グッド・タイム」など、アメリカの描かれてこなかった人に迫る作品は素晴らしいものが多い気がしますね。
感想はおしまい。それではまた!
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