「グッド・タイム」(2017)
- 監督:ジョシュア・サフディ、ベニー・サフディ
- 脚本:ジョシュア・サフディ、ロナルド・ブロンスタイン
- 製作:パリス・カシドコスタス・ラトシス、テリー・ダガス、セバスチャン・ベア=マクラード
- 製作総指揮:ジャン=リュック・デ・ファンティ
- 音楽:ワンオートリクス・ポイント・ネバー
- 撮影:ショーン・プライス・ウィリアムズ
- 編集:ロナルド・ブロンスタイン。ジョシュア・サフディ
- 美術:サム・リセンコ
- 衣装:ミヤコ・ベリッツィ、モルデハイ・ルービンシュタイン
- 出演:ロバート・パティンソン、ベニー・サフディ、タリア・ウェブスター、ジェニファー・ジェイソン・リー、バーカッド・アブディ 他
「神様なんかくそくらえ」(2015)のジョシュア&ベニー・サフディ兄弟による最新作。
主演にはトワイライトシリーズ、「奪還者」(2014)などのロバート・パティンソン。またベニー監督自らが、弟役としても出演しています。
その他「ヘイトフル・エイト」(2015)のジェニファー・ジェイソン・リーや、「キャプテン・フィリップス」(2013)や最近だと「ブレードランナー2049」にも出ていたバーカッド・アブディも出演。
11月初めの公開ラッシュでは見逃したのですが、1周遅れで鑑賞してきました。朝早くの回でしたが、そこそこの入りだったかな。渋谷のHTCでしけど、どうやら今は「IT/イット」がすごく人気みたいでしたね。
ニューヨーク。大都市の下層部で貧困の中に暮らす兄のコニーと弟のニック。弟のニックには知的障害があり、医師は彼を特別な施設へと入れようとするが、コニーはそれを許さない。
ある時コニーはニックと共に、銀行強盗をするのだが、警官との追走劇の末に、逃げ遅れたニックだけが逮捕されてしまう。
その後ニックが刑務所で暴行を受け病院へ搬送されたことを知ったコニーは、弟を救い出すために病院へ侵入するのだった。
「奪還者」(2014)に続いて、ロバート・パティンソンには驚かされます。目を見開き、その場その場でなんとか生き抜く最底辺男を、しかし同情してしまう哀れさを持ち合わせて演じています。
この決してクズだからといって見放せない感覚は、彼が容姿が良いこともあるのかもしれないですが、どこかに自分を感じたりするところがあるからかと思いました。
コニー含めて、登場人物たちは皆、その場での思い付きで行動していく。ただその時を生きるのに精一杯なのです。
映画自体も脚本なしでただ一人の犯罪者を追っているかのように、一方通行で先が読めずにドライブしていく。本当にどこへ行き着くのか、そして作品の、コニーのゴールすらあやふやになるのです。
だからといって散漫だとかではなく、逆に行き場を模索して焦燥のなかに次どうするかを観て、コニーと共に混乱を感じることが非常にスリリングで飽きませんでした。
銃とかモロに恐怖の対象となるものを出さずに、ここまでハラハラさせてしまうのは本当にスゴいことだと思います。
コニーとニック。巻き込まれた少女と出所したての男。もはや登場人物すら行き当たりばったりで出てきたような本作ですが、みんな必死。
“I’m so fucked up!”と何度も言いますが、まさにその通りで、誰も全体像をつかめていないし、何をどうすれば上手くいくかも分からない。
そのカオスをよく表しているのはカラーリングが特徴的な画面です。
OPすぐの防犯用塗料にはじまり、色彩がレッドやブルー、ピンクなど強いコントラストで刺激的です。
トリップ感覚もありますが、焦りすぎて世界がちゃんと見えない。
また何か異世界に閉じ込められてしまったような感覚を引き立てていると感じました。部屋の中を移動するところでも、青に染まったテレビがついた部屋から出れば、そこにはレッドライトがあり、また女の子の部屋へ移っても、そこはピンクに彩られています。
どこへ行っても異常事態になっている。
そんなカラーリングに対して、撮影の仕方や人物の描写はスゴくドキュメンタリックでリアルなので、余計に解離が生じてカオスさを増していました。
コニーたちの状況もカオスなら、画面色彩も異常事態。
またスコアも特徴的でした。
エレクトリックであり聞いている人の頭のなかに入ってくるような、コニーの頭のなかに響く音のような。コニー観客を一体にする面でスゴく良く働いていたと思います。
思い付くままにその時をやり過ごしていく。
しかし、悪いほうへ悪いほうへと動いていってしまう。
何がどうなっているのか。
自分はどこにいて、何をすれば良いのか。
観客までも混乱させる今作を、私は非常に切ないものとして受け止めました。
即興のように見えて、かなり計算されたお話。
ここには確かにどうしようもない犯罪者ばかり出てきます。とにかく利用できるものは利用して、奪えるなら奪い嘘をつき。
しかし私に悪党として映ったのは、彼らを追い詰める警官や権力側でした。
途中で見えるTVでの警官をおったドキュメンタリー番組。一切の間も開けず突撃し拘束する。それは今作でも繰り返されています。
血を流し倒れている男に、まずは手錠をかける。まだ中学生くらいの女の子でも、とにかく尋問からはじめる。(ここには若干人種差別も匂います)
彼らには徹底的に弁明の機会が与えられません。
何がどうして今の状況に陥っているのか。
それを観客だけにみせていることで、いたたまれない気持ちにさせてきますね。
コニーだって好きであの状況に突っ込んでいった訳ではありません。私は彼の側にたって説明したい。確かにロジックはおかしい奴ですが、弟思いで、決して冷酷ではない。
自分のサバイバルで必死な中でも、「その子は知らない。見たのは男だ。」と言うコニーを嫌いになれませんよ。
しかし現実世界と同じく、他者の背景なんて知ることはできない。私たちはただニュースで犯罪者をみて、悪いやつだなと思うだけなのです。
最後に行われるゲーム。海外ではよくやったのを思い出しました。
その人を知ろう。どんな経験があるのだろう。何を考えているのだろう。
何が好きで、どんな思い出を持っているのだろう。
この作品のなかでは、一切グッド・タイム(楽しい思い出)は出てきませんが、その場を生き抜く彼らに、つまりは社会のクズと呼ばれてしまう人間にも、必ず良かった頃があったはずと思わせる。
監督たちは遍在する視点としての観客に対してだけ一部始終を追わせることで、人への共感を見事に引き出していると感じました。
こんな感じで感想は終わります。パティンソンスゴい役者になっていくなぁ。次作も楽しみです。
それでは~
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