「インスペクション ここで生きる」(2022)
作品概要
- 監督:エレガンス・ブラットン
- 脚本:エレガンス・ブラットン
- 製作:エフィー・T・ブラウン、チェスター・アルジャーナル・ゴードン
- 製作総指揮:キム・コールマン、メロニー・ルイス、アダム・ルイス、デヴィッド・パラダイス、クリス・キントス、レジーナ・スカリー、ジェニファー・ウィルソン、ジェイミー・ウルフ、ガブリエル・ユニオン
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音楽:アニマル・コレクティヴ
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撮影:ラクラン・ミルン
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編集:オリアナ・ソッドゥ
- 出演:ジェレミー・ポープ、ボキーム・ウッドバイン、ガブリエル・ユニオン、ラウル・カスティーロ 他
「Walk for Me」など短編作品を手掛けてきたエレガンス・ブラットン監督の初長編デビュー作品。
ゲイであることから16歳で家を追い出された青年が、アメリカ軍海兵隊の新兵訓練に参加し、過酷な差別に立ち向かうドラマ。
今作は監督自身の実体験をもとに映画化されたものになります。
主演は自身もゲイであることを公言しており、たぐいまれな才能からエミー賞ノミネートなどをしているジェレミー・ポープ。彼は今作での演技において、ゴールデングローブ賞にもノミネートを果たしています。
ちなみに原題のインスペクションとは、”検閲”や”調査”といった意味ですね。
これは軍の新兵育成施設内での同性愛者やムスリム教徒ではないかという検閲の意味があるのかと思います。
小さめの作品ですが、地元の映画館でやっていたので気になっており、公開週末は逃したものの、次の週に鑑賞してきました。
~あらすじ~
16歳で家を追い出されホームレス生活を続けてきたフレンチ。
彼はある決意を胸に家に戻る。それは海兵隊に入るための出生証明書を母から受け取るためだ。
母はフレンチに冷たい。触れることすら嫌うほどに。
それは彼がゲイであることに理由がある。母は息子を受け入れず、失ったものとして拒絶していたのだ。
フレンチは出生証明書を受け取り新兵訓練キャンプへと向かう。
そこでは苛烈な訓練が待ち受けていたが、それ以上に、彼がゲイであると知った他の新兵や教官からの加虐が彼を追い詰めていく。
感想/レビュー
個人的記憶から普遍性を
監督自身の体験をもとに作られた今作は、その成り立ちからとても個人的な作品になっています。
しかし同時に、ここには現代の我々に対しての普遍的なメッセージも込められていると感じられました。
自身の記憶を遡るような映像は、そこに写実性を感じます。
OPの夜の町並みやバスの中など、早朝の空気を吸うような切り取りが素敵。
訓練に関しても変に盛り上げたりもせず。数少ないファンタジックな映像は、根底の変化はしていないことを示すような、フレンチの欲求の映像のみです。
遠い場所の異なる時間の別の誰かと繋がる
実直な場面はドキュメンタリーのようにその場にいる感覚を、そしてイマジネーションは感情をフレンチと共有させる。
作りとして観客と切り離さないものになっています。
遠い国の、マイノリティの、そして過去(2003年)の話。
そこに時間も場所も超えて観客を繋げ、感情を与えて現実世界にも影響する。
すごく映画の良いところ、素晴らしいところを感じられる作品なのです。
フレンチを待ち受ける試練は苛烈です。
昼夜を共にし、訓練をこなしていくことで彼の苦しさが分かる。ゲイであることが決定的になった際の集団暴行。
侮蔑的な他の新兵や教官。
彼の味方もいますが、これはかなりしんどい。
自分でいることを否定され続ける者
そんな中で、ブラットン監督はフレンチにだけ議論をとどめずに他の問題にもフォーカスを当てています。
共感が露骨に憎悪を見せているのは、イスマエル。イスラム教徒であり礼拝を欠かさずに宿舎の中で黙々と行っている新兵。
じっくりと彼を見つめる共感が怖いんですよ。
名前も呼ばずに別称を向けてくる仲間や教官に対し、押しつぶされていく。
そんなイスマエルにフレンチは寄り添う。同じく自分でいることを否定され続けてきた者として寄り添うのです。
今作でフレンチを演じたジェレミー・ポープ。
ゲイの男性としての周囲からどうしても浮いてしまう雰囲気みたいなものを出しつつも、苦しい環境下で耐え抜いていく様が素晴らしい。
内包していく、抱え込んでいく中にほころびすらも感じながらも強さを得ていく。
エモーショナルなのに抑えが効いた演技が本当に見事です。
自己の否定というもの。
逆に言えば肯定をどこに求めていくかということになります。
フレンチもイスマエルも逆境の中で、そこで耐え前に進むことで次第に周囲の認知と肯定を勝ち取っていく。
そしてさらに、それは自身の尊厳を得ていくことになります。
自分自身を誇れ
では、周りから認められることが最上、最良なのか。「それは違う」と、この作品でブラットン監督は伝えている。
最終幕、母との会話。
そこにすべてが詰まっていました。相容れないというのは残酷ですが、それも事実である。
冷たく突き放したようにも感じられますが、一方で私はこれでこそ真に自分の尊厳を得ているのだと思うラストでした。
母に受け入れられなくてもいい。自分自身の存在価値や承認を他者に求めなくていい。
誰かに依存して、赦しをもらう必要なんてないのです。
自分は自分であり、それでいい。自分を信じ愛する。
それは現代においてつい、他者に自己承認を求めてしまう我々にも響いてくる普遍的な素晴らしい意識だと思いました。
初監督作品として、自分にとって非常に大事で個人的なストーリーを語りだしたブラットン監督。
今後、どんな物語を作っていくのか楽しみですが、今のところ次回作はジャズ界メインストリームで有名な黒人アーティストを描く「Hellfighter」だそうです。
今回の感想はここまで。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた。
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