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「ムーンライト」”Moonlight”(2016)

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映画レビュー
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「ムーンライト」(2016)

  • 監督:バリー・ジェンキンス
  • 脚本:バリー・ジェンキンス、タレル・アルヴィン・マクレイニー
  • 原案:タレル・アルヴィン・マクレイニー
  • 原作:タレル・アルヴィン・マクレイニー “In Moonlight Black Boys Look Blue”
  • 製作:アデル・ロマンスキー、デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー
  • 製作総指揮:ブラッド・ピット
  • 音楽:ニコラス・ブリテル
  • 撮影:ジェームズ・ラクストン
  • 編集:ナット・サンダース、ジョイ・マクロミン
  • プロダクションデザイン:ハナー・ビーチラー
  • 出演:アレックス・ヒバート、アシュトン・サンダース、トレヴァンテ・ローズ、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス 他

珍事もあって、なかなか日本での事前認知も高かった、バリー・ジェンキンス監督の「ムーンライト」。本当は今月末公開くらいだったのですが、アカデミー賞作品賞の受賞からか、公開が前倒しに。

ある少年が大人になるまでを3つのチャプターで描いているため、3人が主人公を演じています。

助演にマハーシャラ・アリが出ており、アカデミー賞では助演男優賞を獲得。そういえばちょっと前に観た「ニュートン・ナイト 自由の旗を掲げた男」(2016)にも彼が出てました。また、「スカイフォール」(2012)などのナオミ・ハリスが主人公の母親役で出演。

先にあげた作品賞、助演男優賞のほか、今作は脚色賞も受賞しております。

公開日の夜はナタリー・ポートマンの「ジャッキー」を優先したのですが、ファーストデイでしっかり観てこれました。休み+ファーストデイだからか、映画の評判なのか、満員状態。でもね、この春休み時期には若い人って他の映画に行ってしまうんですよね。これは若い人も見てほしいです。

“リトル”というあだ名を付けられた、気が弱く恥ずかしがり屋な少年シャロン。学校の友人に追いかけられて廃屋に逃げ込んだ彼を、ある男が助けた。そのフアンという男は、リトルを自分の家に招き世話をしてくれる。

フアンは近辺で名の知れた麻薬の売人であり、ある夜客がリトルの母と共にヤクをやっているのを目撃する。

翌日リトルは母が薬をやっていることを知っていると言い、そしてフアンが売人であることも知る。少年の母に麻薬を売っていた自分が恥ずかしく情けないフアン。

リトルは何も言わず去り、月日は流れた。

うう。もしも映画というものが、その中に映され語られ描かれる者たちとのつながりであるならば、そしてそのフィクショナルな舞台と人間たちと共に愛し傷付き生きれるなら。

「ムーンライト」は全く物言わず、主人公シャロンその人のように静かな作品でした。私個人としての映画的映画そのもの。画面が、所作がすべてを語ってくれるような。

始めに言うのはマハーシャラ・アリの素晴らしさ。彼ってこの作品の、3幕ある中の初めにしか出ていないんですけども、フアンという存在がかなり印象深くそして彼の不在そのものがまた大きく働いていると感じました。アリが残した強いこだまと言いますか。それは私にとっては、「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」(2012)のライアン・ゴズリングの印象と似ていました。

頼もしい人って、画面にいないと喪失がつらいものです。

ナオミ・ハリスのボロボロ感もすごく良くて、またカットが切り替わるとブラックの胸に”Visitor”というシールがあるあの加減が心を突き刺すようでした。

主人公シャロンはホントに口数、台詞が少ない人物ですが、物言わずとも彼の事は分かるようになっていますね。佇まいや握りしめた手。

また彼の観る世界と望む世界が交差したような画面も印象的に思えます。あれはシャロンが聞きたいその人の声なのでしょうか。

願望を夢に見るほど、シャロンは逃げ場もなく愛のない環境で苦しみますが、リトルの頃にはフアンが、彼のガーディアンとして、必要であったはずの護り手の役目を。そしてシャロン時代にはひとときですがケヴィンが愛をくれた。

浜辺での2人のショット。多くのショットで、シャロンは他人と一緒に映らない。母ともカットバックで切り替わるし、いじめっ子の時は引いた撮影でした。

それがあの月明かりの下ではシャロンとケヴィンは並んで画面に収まる。そしてこの2人以外に世界が無いかのように、さながらフアンが海で泳ぎ方を教えてくれた時のように、2人の外を感じさせるものが消え失せます。

儚くも美しく、切ないシーンでした。

何度も映るシャロンのバックショット。小柄なリトルの背中、痩せていて骨格が浮き出たシャロンの背中。それが、ふとブラックに切り替われば、隆々とした筋肉の塊に。

ギラついた金歯に、戦争用の鎧のような肉体、高級車。シャロンの変貌に距離を感じてしまうかも知れませんが、私としてはこのブラックの登場シーンがとにかく辛くて辛くて・・・

こんな体にならなきゃ、タフにならなきゃ生き残る道が無かったんだ。

愛した人に殴られたとき、その痛みを消した氷。ブラックになっても同じことをしていますね。

まるで心も冷たくするためのように、そして心の痛みを感じないようにするために、氷に顔をうずめている。

シャロンのまま生きることができなかった。ブラックにならなきゃいけないまでに追い込んだ、この世界があまりに残酷で、そしてそうまでするシャロンが切なくて。

愛が欲しかった時に、それが無い。

支えが欲しいのに、何もない。

自分でいたいのに、世界がそれを許さない。

抑圧され、自由や人格を否定され、苦しみのなかにいながらも叫びもせずに生きたシャロン。この静かな痛みを優しく照らしてくれるのは、輝く太陽の光ではなくて、優しい月明かり。

彼の心も、境遇も、シャロンらしい語りで伝えている作品です。マイノリティ、弱者、静かなる者。私もしゃべる方ではないし、それでいろいろと言われたりもありました。また理不尽な環境に苦しむことも。誰しもそういうことは少なからずあると思います。

傷付いた魂を完全に癒すことはできなくても、フィクショナルな物語に自分自身の心を通わせて、少しでも救いをもらって、それを一緒に観るものとつながる。映画館で、映像を通して作品とそして観客と、押し殺してきた声を聴く。シャロンの静かな叫びがたしかに聞こえましたね。

賞がとか、同性愛がとか、もうどうでもいいです。

劇場で映画と、そして人と痛み分けを。裂け目のある心でも、月明かりなら焼けつくことも眩しすぎることもなく、静かに居られます。おススメの作品でした。すごく個人的なはずなのに、普遍的、素晴らしい。

これで終わりです。では、また。

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